82話「魂を刻む」
数日後のガーネの私室は別の意味で騒がしかった。
「アンタねっ!アタシは特級指定医師なの!忙しいの!えっらそーに、アタシの事往診に呼びつけるだなんて!アンタが来なさいよ、アタシのところに!!」
「お前は『わかってる』と思ったから呼んだんだけどな?現に来たじゃねーか」
「はぁー!?何様のつもり!?」
「国の中の序列的には俺の方が俄然偉いんだろ。なら大人しく従えよ、お前が」
「キーッ!!これだから顔の良い奴は嫌いなのよっ!!」
「俺の顔は別に普通だろ」
「…………」
ラズリはひくりと頬を引き攣らせた。ラズリは顔のいい人間が嫌いである。
女王を筆頭に、目の前のこの男も『生意気』という以外にも『顔がいい』という理由で無条件に嫌いのカテゴリに組み込まれていた。
挙句目の前のこの男は、医者である自分の安静の指示を無視して動くわ喚くわ暴れるわと患者の風上にもおけないクソガキ代表である。
とは言え、わざわざ往診に来たからにはやるべきことは決まっている。
ラズリは盛大な舌打ちを漏らしながらガーネのシャツを脱がせ、包帯を外して傷口の様子や骨の具合を確認していく。
「……ここは?痛い?」
「痛いに決まってんだろ馬鹿かよ医者の癖に」
「はい、腕上げてーっ!」
「いてててて!!お前ざけんなわざとだろ!!」
無理矢理に腕を上げさせられ、完全に接合しきっていない肋骨がみしみしと妙な音を立てる。
「あーら、ごめん遊ばせ。……ていうか、カルセから聞いたけどアンタ、この一週間全く顔見せずに引き篭ってるんだって?」
「仕事はちゃんとしてんだろ、文句言わせんな黙らせとけ」
「黙らせんのはアタシじゃなくてアンタの仕事でしょーがっ!心配してるんだからって意味だよバカチンがっ!」
「……お前、ちょっと特殊なちゃんとした医者ならわかんだろ。アイツらうるせーんだもん、視界の方調整したら聴覚が派手にズレたんだ」
ラズリは怪我の方は特に異常は無し、あとはとにかくこれ以上の無茶をしないでさえいてくれれば問題無いだろうと判断してシャツを投げ渡すと、近くの椅子にどっかりと腰を落とした。
「あのね?」
「なんだよ」
「普通はね?『普通は』!魂の境界のズレなんて、そんな力技で無理矢理どうこう出来る事象じゃ無いんだけどね!?」
「出来ちゃったんだから仕方ねーだろ、くだらねぇことぬかしてないで働けババア老けるぞ」
「ぶち殺されたいの!!?」
無事に一週間引き篭って、新月の日だった。
夜の空は星の明かりのみが主張する暗い夜で、異常な程にしんと静まり返っていた。
「失礼します」
「……来たか、待てはきちんと出来たようで何よりじゃ」
「はは、じゃあご褒美ください」
「浅ましい犬め」
着いてこい、と顎でしゃくるようにして立ち上がったディアマントは、真っ黒なドレスの裾を翻して執務室の棚に触れた。
触れた手先で魔法陣が浮かび上がり、隠し通路が現れる。禁書庫の鍵と同じような仕組みかとガーネはぼんやりと眺めながら促されるままに彼女の後ろを着いて歩いた。
「今日はドレス黒いんですね」
何となく無言に耐えられず、比較的どうでもいい事を呟いた。ディアマントは階段を降りながらチラリと振り返り、どこか挑発的な目を向けた。
「嫌いか?」
「いえ、どっちかと言うと好きですね。けどこないだの赤いドレスの方が好みです。脚出てたんで」
「フン、脚だけで言っておるわけでは無かろう」
「バレました?」
ガーネの妙な緊張を察してか、くだらない戯言にも特に怒るようなことも無く返答するディアマントの華奢な後ろ姿を眺めて、ガーネも肩を竦めた。
元々、威圧的でもあるし高圧的でもあることは違いないが、かといって理不尽に自分の機嫌で叱責したりする暴君では無い。そういう所は、王として純粋に尊敬すべき点かと考えながら到着したひとつの部屋は、妙に白く、体感でもわかる『無』に近い空間だった。
「…なんだここ、『何も無い』…?」
「ふ……さすが、この場所の性質が理解出来るか。律衡────位相管理の血は、伊達では無さそうじゃ」
「そりゃどうも」
部屋の中央に仰々しく用意された魔法陣の中央に座らされ、ガーネはその魔法陣を眺めた。
「……思ったよりも冷静じゃな」
ディアマントはガーネの正面に座り楽しそうにその顔を眺めた。
「まあ、正直3割くらいしかこの魔法陣理解出来てないですけどね」
「ほう?意外じゃな、お前が『あの女と死別』した時点ではかなり幼かったであろう。そこまで叩き込まれたか」
「死別、ね。まあ、叩き込まれてる分もありますけど俺こう見えて結構真面目なんですよ。自己学習の賜物ですかね。とは言えさっきも言った通り、普通に3割程度も理解出来てないですよ。そこの式が『固定』で、向こうの式が『位相』。そのくらいしか読めないです」
「それだけわかっておれば十分じゃ。何をするのか一目瞭然、そうだろう?」
「なるほど、コレの為にこないだ俺の血取り込んだんですか。痛かったなぁ噛まれて」
「肩を撃ち抜かれるのと肋を折るのに比べたら些細な痛みじゃろう。いかがわしい目で妾を見つめおって」
くすくすと肩を揺らして笑うディアマントは、懐から装飾の施された小刀を取り出し自らの掌に刃を滑らせた。
刃の軌跡に沿って皮膚が薄く裂けると、真っ赤な血が滲む。
「……今からお前の魂を『固定』する。連中側ではない、『妾の所有物』として」
ぽたりと魔法陣に血が滴ると、一気にその力の強制力のようなものでガーネの意識となにかが強制的に押さえつけられるような感覚に身体が揺らいだ。
「ガーネよ、しばし耐えろ。お前の『魂』に直接妾を刻む儀式じゃ、しかと光栄に妾を見つめよ、妾に乞え、妾を欲しろ」
「────ッ、む、ちゃ言うなよ…この女…!」
意識が飛びそうになるのを必死に堪えながらも、ガーネ自身も本能で今この瞬間は耐えなければ自分の意識の外で『何処に固定されるか』わかったものではないと唇を噛んで痛みで自我を保った。
千里眼で人を観察して娯楽に興じる姿でもない。
予知をして、面倒な仕事を押し付けてそれすらも余興として楽しむ姿でもない。
彼女がこの国で長く女王として君臨する、その性質と本質の片鱗を見た気がした。
「…っいっこ、聞きたいんですけど」
「集中力の無い小僧じゃ」
「……お前、力封じられてんじゃねーのかよ…!」
「封じられておる。しかし、『この程度』造作もない。連中もお前も、妾を見縊りすぎじゃ」
ゆっくりと立ち上がったディアマントは、ガーネの口に血の滴る指先を押し込むと冷酷に笑みを携えてその姿を見下ろした。
「ディアマント・クレイス・ウェルトの名において────『ガーネ・ソフラト・グリーチェウト』の魂を此処に固定する」
────なんで、この女、『俺の真名』を知ってる
身体の内側に氷が張ったように一瞬冷えた。
ガーネはそのまま、その圧倒的な力の強制力に抗えず意識を手放し倒れ込んだ。
「…ふふ、ははは。逃げ場を失ったなガーネ。安心せよ、壊してはおらぬ…使える形にしたまで。────…ああ、聞こえてはおらぬか。しかし…これでようやく、お前は妾のものじゃ」




