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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第十二章『帰属』

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80話「知らなくていいこと」

翌朝一番の汽車に乗り込んだはずが、到着した頃にはすっかり日が沈み掛けていた。

ものの見事に半日がかりでガーネは凝り固まった身体を伸ばして深呼吸をした。


「あーっ、……つっかれた…『行き』は寝台だったからなぁ…」

軽く腰を捻ると関節が乾いた音を立て、私服の身軽な状態で慣れ親しんだ街へと足を踏み入れた。

王都から北東の、辺境にほど近い中規模都市『ノードースト』。ガーネがかつて生活していた街である。


「さて、と」

あまり時間も掛けていられないが、多少の懐かしさを味わうようにわざと少しだけ遠回りをして元々の配属先である警察署へ向かった。

「どーも、お久しぶりです先輩」

警察署に入り、見知った顔を見つけては『普段の』顔で先輩で同僚の男数人に声をかけた。

「あれ!?ガーネ!お前急に異動したかと思えばどうしたんだよ!」

「バカお前知らねーのかコイツ今めちゃくちゃお偉いさんだぞ」

「はは、やめてくださいよ。……署長、います?」


あの『招集』から数ヶ月しか経っていないはずなのに、妙に懐かしい気持ちが持てる。

────大丈夫、『これ』はまだズレていない。


何かを思い出させるように脇腹と肩が痛み、思わず小さく舌打ちを漏らした。

「……ガーネ、どうした?女王陛下ん所、クビにでもなったか」

「────は?冗談だろ、伯父さん」


街の警察署長でもある伯父の退勤を待ち、久しぶりに一緒に暮らしていた家へと戻る。

ドアを開け、どこか懐かしい匂いと景色に小さく息が漏れた。

「ただいまーっと」

「……良かったのか?せっかくの帰省なのに外食じゃなくて家で飯で」

「あんまり時間ねーんだよ。今日カノジョは?」

「出張だよ。……しかしお前、数ヶ月で随分男前になったな。肩と脇腹どうしたんだ」

「……伯父さんさ、撃たれたことある?めっちゃ痛てーから気を付けろよ」

「あるわけねーだろ!」

伯父は長らく付き合っている女性がいたが、内縁関係を続けており籍を入れたりはしないまま四十代も後半になっていた。

この女性の存在もまた、ガーネの懸念の一つであった。

「飯、何でもいい?」

「お、なんだ久しぶりにガーネが作った飯か。そりゃ楽しみだな、ありモンでいいよ」

「おー、じゃあちょっと待ってろ」

食材を確認し、意外と手際良く料理をするガーネの後ろ姿を、伯父は目を細めて眺めてから新聞に目を落とした。

「…しかしお前、随分出世して随分有名になって随分な怪我して…『女王名代』に『統裁官様狙撃で重傷』やら『統裁官様の民衆のお悩み解決・民情聴取会開催』、新聞すげーぞ」

「うるせーな、特にその『名代』の話しはやめてくんない」

まさかこんな地方にまでそんな話しが伝播しているのかとげんなりしながら適当に野菜を刻んで煮込み、バターを溶かしたフライパンに卵をほぐし入れてオムレツを作った。

「おら、碌なモンねーからこんなんしかできねーぞ」

「一人で作るより十分だよ、お前の飯うまいもんなァ」

「…伯父さんの彼女料理下手くそだもんな」

「ははは、じゃあ食おうか。いただきます」

有り合わせで作った野菜スープとオムレツとパン。『食事をしに来た』わけでも『ホームシックで帰省をした』わけでもない。これで十分である。

少しの間は無言で食事を摂り、ある程度食べ進めたところで伯父が手を止めた。

「…で?話しがあんだろ。どうしたんだ」

「おー、さすが。よくわかったな」

「馬鹿にすんなよ、誰がお前のことをそこまで図体も態度もデカく育てたと思ってんだ」

「間違いなくアンタの背中見てだな。………今後に関わる、『今日は』はぐらかし無しで話してもらいたいことがある」

「なんだ」

「…俺の生まれのこと、伯父さんは何処まで把握してるのか確認したい」

「………律衡家…位相管理官の家の生まれってのは、俺も遠縁ながら親戚だしな。さすがに知ってるよ。まあでも遠縁過ぎてどういう家なのかまでは正直詳しくは知らんけど。『お前の両親が均衡教徒に殺され』て、引き取り手になった俺の兄夫婦も『均衡教徒に殺された』のは、身内だから把握はしてる。それ以上のことは正直知らん、なにせこの情報は『女王権限の箝口令』だ。これ以上のことは知る由もないし…まあ、まだガキだったお前にそんな話ししてもなと思ってたのはある。けど、まあ…俺も警察官の端くれとしてはな、『遠縁ながらも親戚の子供』は守ってやりたいっつー親心みたいなもんは一丁前に持ったわけだよ」

「ほーん、結婚しねぇのも俺のためか」

「いや、それは違う。いいかガーネ、『結婚』だけが全てじゃないんだ。万が一色んな方面で何かあってみろ、離縁するのも簡単じゃねぇんだ」

「…ずっとはぐらかしてたくせに、今日は随分とペラペラ喋るじゃねぇの。まあ、嘘じゃないのは知ってるけど」

機嫌が良さそうにグラスに酒を注いで傾けると、からんと氷のぶつかる音が小さく鳴った。


「知ってるかガーネ、俺の初恋の相手はお前の母親だ」

「…………それは…初耳だし、あんまり知りたくなかったかもしれない」

楽しそうに酒を飲みながら笑い飛ばす伯父の顔を見て、『これ以上引っ張れる情報は無いな』と確信する。

「俺は俺なりに、お前のこと守ってやりたかったんだけどな。見つからないように、隠しておいて。『あの人』の大事な一人息子だし」

「残念ながら色んな所に見つけられて目ェ付けられてんだよ」

「ははは!それでそんな男前なのか!いやぁ…鈍くせーな!何したら撃たれて肋折られるんだよ雑魚が!俺はそんな育て方した覚えねーぞ!」

「ハイハイどーもすみませんでした」

怪我に関しては自分で自分が一番苛ついているため、無理矢理話題を切る。

少し冷めたパンを齧り、スープで流し込んでからまっすぐに伯父に目を向けた。

「俺には『やらなきゃいけないこと』がある。伯父さん、『預かりもの』────持ってるだろ。アレが必要だ」

「……お見逸れしたよ、統裁官様。そこまで調べてわかった上で俺の所来たか」

「そうだよ、半日かかったんだから酔っ払って寝落ちする前にさっさと寄越せ。明日の朝イチで王都に戻る」

「やれやれ、ハイハイ。ちょっと待ってろ…お前に渡すのは俺が死ぬときかなと思っていたんだが」

立ち上がってガーネが所望した『預かりもの』を取りに別室へ向かった伯父の背中を見つめ、皿に残ったオムレツを掻き込んだ。

「…俺はアンタが知り過ぎていなくて、安心したよ。知り過ぎてたら面倒だった」

ガーネが小さく呟いた言葉は、別室にいた伯父には届かなかった。

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