79話「テリトリー」
「……お前ら存外俗だな、そんなに人の色情事情に関心あんのか」
「だってガーネだよ!?」
「……」
サイフィルの言う『だってガーネだよ』の意味は全く理解出来なかったが、面倒臭くなる前にどう黙らせようかと考え、記憶を抹消するか物理的に黙らせるか以外の方法が思い浮かばず舌打ちを漏らした。
「あー、魔導師でも雇おうかな」
いっその事、魔法使いによって記憶封じをと思いぽつりと呟いた言葉を、カルセがしっかりと拾った。
「まあっ!わたくしというものがありながら!」
────コイツも、めんどくせぇな…
ガーネはうんざりとした顔で盛大に溜息を吐く。
「……お前は『魔法使い』じゃなくて聖女だろうが」
「そうですけれどもーっ」
「何に嫉妬してんのか知らねぇけど、不本意ながらこの『チーム』は全権俺に裁量があるんだよ。人事配置も任命も俺の一存で決める。あんまりめんどくせぇことぬかすなよ、それ以上は言わなくてもわかるな?お前も馬鹿じゃねぇだろ」
「……わかってますわ」
「よしよし、いい子」
すっかりガーネに転がされたようで不本意だったのはカルセの方だったらしく、珍しく拗ねたような顔で頬を膨らませていた。
「あ、じゃあさ、魔導師採用面接とかしちゃう?」
「オーディションとかもいいかも」
空気を読んだらしいスメイラとサイフィルが企画を立ち上げようとしているのを放置しながら、その喧しさが喧騒となって聴覚を刺激した。
音が入る前に意味が理解され、意味の無い音が響いたと思えば次の音が入る頃に意味が遅れて通ってくる。
音に酔う感覚は、久しぶりだった。
ガーネは目を伏せていつものように合わせにいくものの、視覚情報では無いために聴覚は物理的に耳を塞ぐか寝るかしか難しそうだった。
女王の言う新月まで、あと半月ある。
これでは本当に仕事にならないと、ガーネは片付けた書類をスメイラのデスクへ投げ置いて立ち上がった。
「えっ、何これ」
「終わった、出しとけ。仕事にならねぇから部屋で寝てる」
「え、具合悪い?顔真っ青」
「そう見えるなら少し寝かせろ」
すっかり『自室』と称して違和感を感じなくなった部屋のベッドに雑に転がったガーネは、天井をひと睨みしてから表情を険しくしたまま目を閉ざした。
特務室内での先程の光景を思い出し、呆れ半分安堵半分といった様子で溜息が漏れた。
「──── 堕ちてんのは、俺だけじゃねーか」
だけど、堕ちるのは自分だけでいい。
他が堕ちていたらと考えると、異常に腹立たしい。
「……魔法使い………『魔女』、か」
先程つい呟いた名称を無意識に反芻した。
色々と確認すべき事もすべき事も山積みで、ガーネは再びうんざりしながら意識を傾けた。
*****
「ヘルソニア様、少しよろしいですか」
数刻昼寝をして幾分かスッキリしたガーネは、たまたま王城の廊下の先を歩いていたヘルソニアを見つけ声を掛けた。
「おや、ガーネ。珍しいな」
妙に含みのある言い方をしつつガーネの首元の歯型に視線を向けたヘルソニアは肩を竦めて小さく笑った。
「……あなたまで、妙な勘繰りやめてくださいよ。陛下の戯れですよ普通に痛かったんですから」
「似合いの首輪ではないか。……場所を変えよう」
楽しそうな顔で踵を返したヘルソニアの後ろを着いて歩く。
「さて、其方は今日はどんな戯言を私に言うのかな」
「戯言かどうかは知らないですけどね。まだ『答え合わせ』ってしてくれないんですか?それならそれで全然いいんですけど、俺は非効率な事大嫌いなんで方向性の確認の為に中間自己採点の結果だけ貰いたくて」
「……ふむ?以前より、マシな事を言うようになったな」
ガーネは案内されたヘルソニアの執務室のソファに腰を下ろし、正面の飄々とした女の顔を見つめた。
「純真無垢で何も知らない幼気な男をとっ捕まえて、何も説明しないまま意味深なヒントだけ残されてりゃしょうがないと思いますけどね」
「ジュンシンムク?イタイケ?ふ、其方言葉の使い方を覚えた方が良いな。……して、本題は?」
「単刀直入に。────ヘルソニア様も陛下も、俺の事どこまでご存知なんですか」
ガーネの核心をついた問いかけに、一瞬空気が冷えた。
ヘルソニアはさすがと言うべきか普段の薄い笑みは崩さずにガーネをまっすぐに見つめると、値踏みするようにその瞳を覗き込んだ。
「……其方が自覚して把握している事は全てと、其方が知らないことと封じられていることも全て。とだけ、今は申し伝えようか」
「成程、ではもう一つ。あの時あなたが仰っていた『俺と同じ祝福の持ち主』……あと二人で、認識に相違は無いですか」
「さあ?それはどうかな」
「ははは、ダメですよヘルソニア様。これはディアマント様もポロッと顔に出したんで、間違いないはずです」
「……傲慢な男め。私相手に腹芸か」
「やられてばっかりは俺の性にあわないのでね、ありがとうございました」
「……もう良いのか?」
「だって、これ以上はあなたも陛下も教えてくれないでしょう?ちょっと別件で至急確認すべき事案が出来ましたので、俺は少し出ます」
失礼します、とガーネが部屋を出て閉ざされた扉を見つめるヘルソニアは、満足そうに再び笑みを零した。
「ディアマント様が、独占欲を露わにするのもわかるな。飽きない男だ」
「おい、二日くらい出掛ける。しばらく頼むわ」
ヘルソニアの部屋からまっすぐに特務室に向かい、横柄な態度で室内に声を掛けた。
「え、また急にそんな……準備しなきゃ」
「いや、お前らは留守番だ」
「えっ……そんな!僕たちいつも一緒じゃん!」
「うるせーな何コイツ」
「ガーネ様、護衛も伴わずにお出掛けだなんて、事と次第によっては許可出来かねますわ」
「なんで俺がお前の許可を元に動かなきゃいけねぇんだ、黙って留守番してろ」
「……せめて、場所だけでも」
しつこい女だな、とガーネは肩を竦めて振り返った。
「ちょっとした『帰省』だよ、二日もあれば戻る」




