78話「駄犬の言い訳」
「来たか、そこに座れ」
「失礼します」
部屋に入ったガーネは、ディアマントの指し示すソファへ歩み痛む脇腹を押さえながら座面に静かに腰を下ろした。
その様子を目を細めながら見つめたディアマントは、珍しく真っ赤なドレスを纏ってガーネの正面にどっかりと腰を落としいつものように気怠げに足を組んで背凭れに深く寄りかかった。その反動で、ドレスの裾に深く入ったスリットから彼女の白い肌がするりと覗いてドレスの色との対比が妙に扇情的だった。
隠すこともなくガーネはその足元に視線を向け、ディアマントは肩を震わせて笑った。
「お前は存外正直な男だな」
「まあ、年頃の健康健全な男なんで。出されたら見るでしょう普通は。というか、貴女に対しては見ないほうが失礼では?」
「フン、『不敬』という言葉を知らぬようだな」
「はは」
互いに顔は笑っているが、目は全く笑っていない。
「ガーネ、一応聞いておこうか。此度は何故怪我をした」
「あー、まあそうですね…『どこを』言えばいいですか」
ディアマントの『質問の意図』を的確に理解したガーネはわざとらしく首を傾げてどこか挑発的に笑っていた。
「ふ、一応と言っておるだろう。そういう時は建前から話すものだ」
「向こうさんが馬鹿力だったのと、思った以上に左肩が痛くて」
「なら『本音』の方は?」
「戦闘中に『調整』が間に合いませんでした、感覚ズレてたんでガードも全部ズレました。そうでもなきゃ、あんな格下の雑魚……初撃の一発で殺してます」
「正直でよろしい、…で?お前、最中に随分と面白いことを申しておったな」
「芸人じゃないんでそんな面白さに全振りして生きてないんで、どうですかね。サイフィルの方がまだ面白みあると思いますよ、馬鹿なんで。まあ、『使える』から手元に置いてますが」
「ほう、お前がその判断をするとは少し意外でおったわ」
「何を言ってるんですか、貴女が俺の下につけたくせに。スメイラは頭は悪くないですし、して欲しいこと先回りでやってくれるんで重宝してますよ。カルセは…正直最初は使えない女だなとも思いましたけど、本人も言ってますが『伊達に聖女ではない』ですね。どっちも口やかましいのだけが難点ですけど。…アレら、『俺と同じ』でしょう。ああ、ラズリもですかね」
ぴくりとディアマントの眉が動いた。金色の目が淡く月の光を反射し輝き、その双眸はまっすぐにガーネの顔を捉えた。
「…ガーネよ、妾はずっと気になっていたことがあったのだが」
「なんでしょうか」
「妾は、いつお前のものになった?」
それはガーネの発した『アレは俺のだ』という発言をなぞっているのだろう。ガーネは何を言うのかと思えばと思わず肩を震わせて笑った。
────可愛い。
本当に、この人は可愛い。
ガーネは改めてディアマントへ深紅の瞳を向け、まっすぐに視線を絡ませた。
「お前は俺のだろうが。違うとは言わせねーぞ」
「ふ、ふ…ふふっ、はは、はははは!」
たまらず声を上げて笑い出したディアマントは、ゆっくりと組んでいた足を正して立ち上がり二人の間に置いてあるローテーブルにその足をかけて身を乗り出した。腕を伸ばし、ガーネの首元に細い指先を這わせてからネクタイを掴むと容赦なく引き寄せる。
「…っ首、絞まるんですけど」
「妾の首を絞めた分際で何を申すか。ガーネ、お前のその『ズレ』…妾が治してやろうか」
ガーネは初めて、視線を揺らした。
「……お言葉ですが、『出来る』ならもっと早くして欲しかったんですがね。いらん怪我増やしたのは飼い主の怠慢ですよ」
「馬鹿め、前にもお前には言ったはずじゃ。妾は国の女王であって医者ではない。美しく愛らしい見目をしていることは否定せぬが、万能ではない」
「左様でございますか、なら治して下さい。『仕事』になりません」
ディアマントはガーネの深紅の双眸を見下ろし、その目に自分の姿が映るのを確認した。そのまま胸ぐらを掴んでいた手を頬に滑らせ、右耳朶を飾る柘榴石の小さなピアスに触れてそこに唇を寄せた。
「……今日は駄目じゃ。『日が悪い』」
「出た、『日が悪い』。貴女そうやって俺で前遊んだじゃないですか」
「あの日の日の悪さと今日の日の悪さは種類が違う。アレは妾に不敬を働く愚か者が出ると予知した故、お前の実力を図るのも兼ねての命令じゃ。まあ遊んだのは否定はせぬ」
ガーネの片膝の上に跨るように腰を下ろし、至近距離でガーネの顔を見つめ愉快そうに笑うディアマントを冷えた目で一瞥したガーネは、盛大に溜息を漏らした。
「いつなら良いんですかね」
「次の新月。────そこまでお預けじゃ」
「ッいってぇ…俺、女に噛まれる趣味は無いんですけど」
首元に噛みつかれて痛みに眉を寄せたガーネは、ディアマントが満足そうにその血を舐めるのを見た。
ガーネの視線がその瞬間、僅か一瞬ディアマントを見つめる目に本気の色が籠もった。
「期待させて悪かったな妾の犬よ。さて、待ては上手に出来るかな」
「期待っつーか、組み敷かれたいならそう言ってもらえませんかね」
「は、ぬかせ。お前にはまだ早い」
*****
「ねーねーガーネ!昨日女王に怒られた!?叱られた!?ねぇねぇ!!」
「朝からキャンキャンうるせーな!射撃の的にすんぞ!」
「怖い!いつものガーネだ!」
翌朝、妙にいつも以上に騒がしいサイフィルをどついてから珍しく書類仕事に取り掛かるガーネに、スメイラは珍しいものでも見るような目でその様子を見つめた。
「……ガーネくんが進んで書類仕事するなんて…そんなに陛下にこっぴどく叱られたの?」
「あ?なんで?」
朝食のハムサンドを頬張りながら、ガーネは少しきょとんとした顔で聞き返した。
「だってガーネ様、陛下の悪口お言いになって呼ばれたんでしょう?」
「あー…ああ」
そういう設定だったな、と思い返しながらオレンジジュースを流し込むと、何も説明するつもりはないものの何を言えばいいやらと少し考え込んだ。
「はっ、ま、まさかお前…女王陛下にまで手を出して…!?」
サイフィルの突飛な勘違いに室内はしんと静まった。
「や、やめてよサイフィルくん…お手付き相手にそんな」
「お手付きじゃねーよ、まだ」
「ま、まだ…!?」
「いやですわ、どういうことですのスメイラさん」
サイフィルだけでなく珍しくカルセまで動揺した様子で食い下がりガーネは面倒そうに溜息をついて視線を書類に戻した。
「だって、キスはしてるんでしょ。唇にべったり口紅付けちゃってさ」
「……いつの話しをしてんだお前は。俺からするわけねーだろさすがに」
「…、……いや、ガーネくん。シャツのボタン、閉じた方がいいよ」
「シャツ?…………あの女」
外に出るわけではないからと比較的ラフにシャツのボタンを開けていたガーネの首元には、あからさま過ぎる程の小さな噛み跡がしっかり残っていた。




