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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第十一章『境目』

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71話「仮面応対」

翌早朝、四人は王都の主要駅から一本の汽車へ乗り込んだ。

「わー、すげー!一等車両の個室じゃん!」

一人浮かれたように車内ではしゃぐサイフィルを一瞥すると、喧しいとでも言わんばかりにガーネは個室に入りドアをぴしゃりと閉めた。

「なんで閉め出すの!?ねえなんで!!?」

「ガーネ様…」

「はは、入れてやれ」

カルセがすぐに苦笑いをしながら扉を開けてやり、笑いながら椅子に腰を落としたガーネを見てスメイラは小さく笑みを零した。

「ひどいよガーネ!スメイラさんまで笑って!」

「いや、ごめんごめん。私はガーネくんに笑ってたの」

「はぁ?なんで俺」

「私は君のそういう年相応な所見ると安心するよ、って話し」

「そうだよ!お前結構ガキっぽいんだよ!モテねーからな!」

「お前よりはモテるっての一緒にすんな」

「なんでこんな男がモテて僕はモテないの!?ねぇなんで!!?」

「…走る練習でもすれば」

入れたら入れたで喧しいなとガーネはサイフィルを一瞥すると面倒そうに視線を逸らした。

ガーネの言葉を受けて少しきょとんとした一同は、言っている意味がわからず目を見合わせた。

「走る練習って、どういうことですの?」

「どういうって、足速いとモテるじゃん」

「……そんな、義務教育の低学年じゃあるまいし…」

「え、ガーネってさ、自分がモテる自覚ある?」

なにかズレた回答をするガーネに、サイフィルはたまらず隣に座るガーネに視線を向けた。

「…俺がモテるっていうか、色々フィルターあんじゃねーの。昔から足は速かったし、今は警察官だし。官職ってだけで目の色変える女は一定数いるしな」

多分そうではない、それもあるがそうではない。全員がそう思いはしたが、ガーネの顔からして『本気でそう思っている』ことが伺い知れて何も言えなくなった。

根本、彼はズレているのである。

「そ、そう言えばさ〜個室なんて奮発したねスメイラさん!」

サイフィルは無理矢理話題を切り替えるようにガーネの正面に座るスメイラへと目を向け直した。

スメイラもそれを受けてガーネをちらりと見て肩を竦めた。

「まあ。ガーネくんのお金だし、別にいいかなって」

「なんだそれ。別にいいけど個室くらい。…変な気回すなよ」

スメイラが、固定が外れたとはいえ未だ完治はしていないガーネの左肩を気にして個室にしたことは気付いていたようだった。

「ところでガーネ様、わたくしひとつお聞きしたいのですが」

「なに」

「喧嘩を売られた、と…仰っていましたが」

「ああ」

そう言えばまともに説明もしていなかったな、とガーネは昨日の夕刊記事を目の前に備え付けられた机にバサリと放り投げた。

丁度そこの記事を正面にするように折りたたまれていたため、三人は身を乗り出して記事に目を通した。


────コラム:『赤い円環の果実』

『統計によれば、今年の西方の領地はかつてない果実の豊作だ。

 裁量の難しい「太陽の林檎」も、今年は出来が良いらしく、

 官公街の露店には、赤く熟した瑞々しい大玉が並んでいる。

 顔を近づければ、芳醇な甘い香りが鼻先をくすぐり、その魅力

 を、あえて言葉にするなら「大地の祝福」そのものだろう。

 出荷作業に追われる農夫たちの、誇らしげな笑顔が目に浮かぶ。

 せわしない日々の疲れを、この一口が優しく癒やしてくれる。

 民の誰もが、この待ちわびた報せに胸を躍らせているのだ。

 衆人が集う食卓へ、分け隔てなく実りの喜びが届くこと

 を、切に願わずにはいられない。たとえ社会の空気が少し

 殺気立っていたとしても、旬の味覚を心ゆくまで楽しむ

 すべさえあれば、明日を生きる活力は湧いてくるはずだ。』


「…?なにこれ?何の変哲もないコラムじゃん」

「西方の領地の林檎がいい出来ですねという記事にしか読み取れませんが…ガーネ様、林檎お嫌いですの?」

「バーカ」


スメイラが紙面を凝視し、小さくぽつりと呟いた。

「…統裁官顔を出せ民衆を殺す」


「え?」

ガーネはスメイラだけが気付いたことに純粋に感心し、スメイラもカルセとサイフィルにもわかるように新聞記事の文字をとんとんと指差した。

「…た、縦読み」

「随分舐めた喧嘩の売り方してくれたもんだろ。お望み通り顔出してボコしてやろうかと思ってな。…寝る、着いたら起こせ。余計な事考えると酔う」


いつも通り腕を組んで目を閉ざしたガーネに、スメイラは視線を向ける。

「…私、たまに君が怖いよ」



*****



数時間後、目的地である領地の主要駅に到着し、一行は汽車を降りた。

「ガーネくん平気?汽車でも酔うならもう何も乗れないじゃない」

「…いや、……うん」

馬車ほどではないとは言え相変わらずの乗り物酔いにガーネはその場でしゃがみ込み青い顔を両手で押さえた。


────あっちを『調整』すればこっちが『ズレる』


手の中で小さく舌打ちを漏らし、指の隙間からカルセを一瞥する。

カルセもその視線を受け了承した様子で簡易的に祈りを捧げた。

「…俺が酔う前にやれよ」

「まあ。何度も申しますが、聖女は酔い止めではなくってよ」

「お前も口うるせーな、『俺付きの聖女』なら俺の為に祈ってりゃいいんだよ」

「んまぁー!亭主関白なんて、今日び流行りませんわよ!」

そうは言ってもどこか満更でもない顔をするカルセに、ガーネは一瞬冷えた視線を向けた。

「おし、じゃあとりあえず…」

乗り物酔いの症状がマシになって立ち上がったガーネが仕切り直そうと駅を出たところで、数人の妙に身なりのいい男達に出迎えられた。

「ようこそお越しくださいました、統裁官様。当領を預かっております、ジートリード・オビスト・バウエルにございます。このような鄙地にまでご足労賜りましたこと、領主として誠に光栄の至り────……本来であれば、相応の儀礼と設えをもってお迎え申し上げるべきところ、ご来訪の報を頂戴しましたのが昨夜も更けてからでございましてな。ささやかな準備すら整えられませなんだ。不行き届きがございましたら、すべて当方の不徳とご寛恕いただければ幸いです」

ガーネは隠しもせずに一瞬『ものすごく面倒そう』な顔をした後に、表情を整え直してからわざとらしい程ににっこりと笑みを携えて返した。

「過分なお出迎え感謝いたします、バウエル伯。もっとも、此度は儀礼的訪問ではありませんので歓迎の労をお掛けするつもりは元よりございません。昨夜の急な通達で十分です。余計な準備に時間を割かせずに済みましたから。本件はあくまで私的裁量による処理です。領政にも、伯の責務に関与する性質のものではありません。どうぞ通常通り職務をお続けください────…我々のことは、お気になさらず」


一瞬、二人の間に何かが走る。

ガーネは伯爵の表情を冷えた目で見つめ『多分違うな』と即座に切り捨て、同伴していた二人の男に目を向けた。その視線に気付いた伯爵は慌てて紹介した。

「ああ、失礼いたしました。こちらは私の秘書と、屋敷を取り仕切っております執事でございます」

「お目にかかれて光栄に存じます」

「どうも。……昨日の夕刊で、コラムを拝見しまして。少々気になる記述がありましたので」

「ああ、あの記事ですか。領地の宣伝になればと弟に任せて書かせたものなのですが」

ガーネの言葉に、地方紙の夕刊に掲載されたコラムまで目を通しているのかと意外そうな目を向けた伯爵は小さく頷きながら返答しスメイラたちへと視線を向けた。

「……して、そちらのご同伴の方々は…?」

「本日は私的訪問とはいえ、行動は全て統裁官権限下です。随行員の内訳や役割を開示する必要はありません。お気遣いなく────案内を」

有無を言わさないガーネの圧に、伯爵はついに『この若造が』とでも言わんばかりに口元をひくつかせた。しかしそれを口にするわけにもいかない分別はある様子で、冷ややかな空気の流れる中で屋敷へと案内された。

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