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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第十一章『境目』

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70話「挑発の招待状」

消毒液の匂いに満ちた、白い空間。

そして目の前にはその空間に似つかわしくない、黒を基調としたロリータ服の上に白衣を纏った『少女』の見た目の医者。

ラズリはシャツを脱いだガーネの素肌に触れ、珍しく少し真剣な眼差しで縫合した箇所の内側の筋肉の修復度合いを確認する。常人よりも明らかに治りの速度が早いことに、ラズリは顔を引き攣らせた。

「……アンタは化け物の子か?」

「分類上は、人の子のハズだけどな。お前と違って」

「アタシだってパパもママも人間だよっ!殺されたいのクソガキ!」

そう言いながら、以前言っていた『気休め程度』の治癒魔法を掛けてラズリはガーネの肩から手を離した。

傍で控えていた看護師がいつものように固定具を手にするも、ラズリはそれを制止した。

「あー、もうしなくていい」

「まじか、治った?じゃあこんなとこ二度と来ねーよあばよクソババァ」

「こっちだってアンタみたいなの来て欲しくないし医者的にも『二度と来ないでいてくれる』方がいいに決まってんでしょ!バカも休み休み言いなクソガキが!」

半分冗談半分本気のガーネの返しを真に受けたように真正面から返しながら、看護師にシャツの袖を通されボタンを嵌めたのを確認した所でラズリは腕を組んだ。

「…アンタ、ちょっと出てな」

「はい」

ラズリは看護師を退出させると、改めてガーネに向き直った。

「固定外して良い。でも勘違いしないで、治ったわけじゃない。骨も腱も異常なし。固定期間長いとアンタみたいに若いのは動かさなきゃ固まるから動かすだけ。激しい運動も重いもの持つのも論外、中でまた筋肉裂傷して縫直し。わかった?」

「激しい運動をしなければいい、と」

「……アンタほんとにわかってんの?ていうか、アタシが気付いてないとでも思ってんのかもしれないけど、その中身と身体のズレ治さないともっと大怪我するよ」

「………いつから気付いてた」

「アンタが転倒して麻酔から起きた後、かな。アタシはただの医者じゃなくて魔障霊障の専門特級医なの。境界のズレくらい把握出来るわ。…とは言え、『ソレ』は魔障でも霊障でも何でも無くて…うーん、『座標のズレ』…とでも言うのかな、要は異世界に干渉されてるみたいな感じかしら。それはアンタ、自分でわかってるんでしょ」

「おー、そうだな。あの鍵でなんかこじ開けられてそっからおかしい。けど、多少は自力で修正してるつもり」

「そのようね。けど、油断するとズレるし引っ張られるよ」

「わかってるよ、女王にも釘刺されてる」

ガーネは官服に袖を通すと立ち上がり、左腕を上げて肩を回し可動の具合を確認する。

「だからっあんまりブンブンするんじゃないわよ!!全然わかってないじゃない!!」



「ただいま」

「おかえりガーネくん。あれ?固定外れた?」

城のいつもの部屋に戻ると、スメイラが身軽になったガーネの姿に気付いて声をかける。

ガーネは多少身軽になった肩を動かしながら官服を脱ぎ椅子の背もたれに雑に放り投げた。

「おー、二度とあんな病院行ってたまるか」

「ぷぷ、そんなこと言ってー、病院通いのおじいちゃんじゃん!」

「言っとくけどお前らの中で一番若いんだけど俺」

「ヨボヨボで僕でも勝てそうだし〜無理しないで座ってたら?ははは〜」

いつものよくわからないサイフィルの煽りに多少の苛つきは覚えるものの、最早恒例行事のようなものなのでさほど深く相手にする気も起きずに正論だけピシャリとぶつけたが、良くも悪くも空気の読めないサイフィルの口撃にガーネは腕を組んで自分より背の低い男を真顔で見下ろした。

「……ほー。言ったな」

「え」

「いい機会だ。思うこともあるちょっとツラ貸せ」

「え、え」

「ガーネ様、あまり無理なさってはいけませんわよ」

「そんな!カルセちゃんスメイラさん助けて!」

「ごめんね私忙しいから」


王城内の練兵場へとサイフィルを連行したガーネは、適当な訓練用の木剣を二本手に取り一本をサイフィルへと投げた。

「ほ、ほんとにやるの?」

「ハンデでお前だけ真剣にしてやってもいいけど、真剣の方が重てーしそれでいいだろ」

そう言うや否や、ガーネは容赦無く右手で木剣を振り上げ、サイフィルに向かって振り下ろした。

勿論相当な手加減はしているが、かろうじて受け止めたサイフィルの手には木剣同士の衝撃の振動が重く両手に響いて痺れるようだった。

「ちょ、わっ!」

護身術程度で剣術の触り程度は触れたことはあるサイフィルだが、両手で握った木剣の重みとガーネの攻撃の重みに耐えられず反撃も出来ずにいる。


────重い

純粋な身体の鈍りを顕著に感じ、サイフィル相手でも踏み込む足も剣を振る右手も、異常に重たい。

日常生活では気にならない程度まで『修正』したつもりであったが、実践未満でこのズレは確実に致命傷になりかねない。

自分の挙動も、相手の動きも、聞こえる呼吸も全てが遅かったり速かったりとどこに合わせていいかわからずそれだけで酔いそうになる。

それ以上に、何よりも左腕が全身の動きの全てを阻害して邪魔以外の何物でもなかった。


「わーっごめんってば無理無理お前に勝てるはずないだろ!!勝負になってねーから!」

「はーい、ガーネ様そこまでになさってくださいな。ラズリさんに言いつけますわよ、『激しい運動厳禁』でしょう?」

「……激しいうちに入るか?」

「入るよォ!!ガーネのバカ!!」

「うるせーお前が舐めた口きいたからだろうが。片付けとけ」

ガーネは最後に感触を確認するように右腕で木剣を数回振ってからサイフィルに投げ渡した。

振れはする。速さも出せる。正直、サイフィル相手に怪我をさせないようかなりの加減はしたとは言え、当たる感触はまるでなかった。

「…サイフィル」

「なんだよ!」

「……お前、どういう方向目指して強くなりたいとかぬかしてたのか知らねーけど、今のでわかったろ。『視えてた』はずだ」

「……え?」

サイフィルはガーネの言わんとしていることを図るように、まっすぐに視線を向けて首を傾げた。

「別に無理に体術含め『戦い方』も『攻撃手段』も覚える必要はねーよ。お前、せっかく『目が良い』んだから逃げ方だけ覚えろ」

それだけ言って、ガーネは部屋へと戻って行った。

その後姿を見てカルセはサイフィルの隣に並び肩を竦めた。

「…ガーネ様、相変わらず素直じゃないんですから」

「ど、どういうこと?」

「ま。おわかりになりませんの?…ガーネ様も相当な手加減はされてましたけれど、サイフィルさん、ガーネ様の攻撃全て『受けて』いらしたじゃないですか。そういうことですわ」


────…イライラする。

思うように身体が動かない現状と、すっかり鈍りきった体たらくと、そもそもとして左肩を負傷した自分の不甲斐なさが何よりも一番腹立たしい。


ガーネは執務室に戻ると、少し驚いたような顔のスメイラに目もくれずに窓際のソファに腰を落として目を瞑った。



*****



夕刻、スメイラは目の前の書類に一段落ついて顔を上げると、先程からずっと目を閉ざしたままのガーネが目に入る。

意外とガーネの机に積んだあれだけあった書類は数日の間にいつの間にか片付けていたらしく、やることさえやっていれば別段文句も何もない。しかし、一つの懸念があり声を掛けた。

「ガーネくん、ずっと目瞑ってるけど寝てる?」

「起きてる」

目を閉ざしたままなのは変わらずであるが、問いかけに間髪入れず返答するあたり眠ってはいないようだった。

「…具合悪い?最近そうやって目瞑ってること多いけど」

「そうじゃねーよ」

ガーネはようやく目を開き、一度窓の外に視線を向けてから立ち上がった。

「ちょっとばかし『調整』的な」

「調整…?」

スメイラが首を傾げたタイミングで、カルセが全員分の茶と茶菓子を用意して部屋に戻って来た。

「いただきものですけれど、カステラがありまして。おやつにいたしましょう」

カルセはまずガーネの机に蜂蜜で甘みを付けたホットミルクとカステラを置き、横にいつものように地方紙も含め夕刊をいくつか置いた。

「サンキュ」

「ガーネお前新聞とかほんとに読んでんの?かっこつけか?」

「読んでるっつーの。情報は噛み砕かれる前に見る主義だ」

自席に座り直し、カステラに添えられたフォークを無視して一切れをそのまま手で掴むと、口に咥えるように頬張りながら新聞をパラパラと捲る。

新聞を捲るペースが異常に早いことをからかおうとしたサイフィルだったが、ガーネの視線の動きで意外と『きちんと読んでいる』ことが視えてそのからかいの言葉を飲み込むようにコーヒーを啜った。


ふと、ガーネの視線が止まり、新聞紙を捲る手も同時に止まった。

そのまま『同じ箇所』をなぞるように読んだかと思うと、ばさりと雑に新聞を畳んでサイフィルへ目を向けた。

「おい、地図。そこにあるだろ、取って」

「え?これ?」

サイフィルが近くに置いてあった地図を手にしてガーネに投げ渡すと、ガーネはそのまま地図を見つめて指先でなぞった。

「スメイラ。出かける支度しろ」

「え?出かける、って…何急に、どこ?いつ?」

「西のでけー農村領地あんだろ、そこ。最短で押さえとけ。あ、汽車な、鉄道通ってるから」

「ガーネ様、いかがなさいまして?」

「喧嘩売られたからちょっと買いにいく。────こういう誘い方は気に入らん、望み通り潰してやる」

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