後編
「な────んで俺が見世物行列みてぇな真似しなきゃいけねーんだ!」
大盛況のうちに幕を閉じた民情聴取会の翌日の『公務』。
この日の公務は、『統治安定示巡』。
要は統治が安定していることを示す巡回、そのままである。
「やっぱり見世物じゃん!俺の仕事じゃねーよこんなん!」
「ガーネ様の仕事ですわ」
「僕今日ガーネの『護衛』だって!えへへ!」
「お前が俺の何を護衛すんだよ!!」
「まあまあ。正直カルセさんはともかく私も『形だけ護衛』だから」
開始前から苛ついているガーネに、「さっさと終わらせてさっさと戻りましょう」と上手く言いくるめたスメイラの手腕はさすがとしか言いようがない。
「それにしても…」
昨日は不在だった侍女・エナの手腕によりしっかりと『公式行事向け統裁官』のガーネに仕立て上げられたガーネを見て、スメイラもカルセも、サイフィルでさえも改めて見惚れる仕上がりになっていた。
「…こんなんする必要あんのか、『今日は』女王代理じゃないんだけど」
「いけませんよガーネ様、こういう時だからこそ!です!ガーネ様素材はいいんだからたまにはきちんとしたってバチは当たらないんですよ」
エナも自身満々に前回のように『公務用』にガーネを仕上げて満足そうにしており、それを受けてスメイラは「ふむ」と納得したように頷いた。
「…『黙ってれば整ってる』って、なるほどねぇ…名代事件」
「なになに名代事件って」
「うるせーお前らいらんこと気にすんな!」
*****
「おい!噂の統裁官様だ!大怪我されたって聞いたけどご無事だったのか!」
「ご復帰なされたのか!良かった!」
王都の一番大きな大通り。
『統治安定示巡』の開催とあり、民衆が道の両脇で手を振っている。
ガーネは『よそ行きの顔』でかつてスメイラたちが見たこともない顔で大通りを先導して歩く、その姿にまたも特に女性からの黄色い声が上がる。
「くっ…解せない、なんでコイツばっかり…!」
「だって、見た目はいいもんね。みんな騙されてるとは私も思う」
「聞こえてんぞお前ら」
表情は表向きのものを崩さないまま、ピシャリと返すところはさすがだとカルセは小さく感心する。
しかし、カルセの視線はガーネの足元とガーネの左側に注がれていた。
「……スメイラさん、申し訳ございませんが配置を変わっていただいてもよろしいでしょうか?」
「え?う、うん」
カルセはごく自然にガーネの左後方に陣取ると、ガーネもそれに気付いたようにちらりと視線だけ向けた。
「…大袈裟」
「気付かないとでもお思いでして?舐めていただいては困りますのよ、伊達に聖女はしておりません。ガーネ様、左側への警戒が凄いですもの。無理もありませんけれど。こちら側はお任せ下さい」
「ふん、誰もお前らのこと『当てにしてない』なんて言ってねーだろ。じゃなきゃこんな面倒な行事、からかわれんのわかってんのに連れ歩かねーよ」
その言葉を聞いて、サイフィル一人だけがまた不安そうに目を揺らした。
自分には、一体何を期待されているのだろうか。
そう思いながら、正面のガーネの背中を見つめ直した。
「あ、とーさいかんさま」
「かっこいー、剣もってる。切れる?」
近寄って来た子供に、ガーネは意外にも足を止めて目を向けた。
「まあ、申し訳ございません統裁官様。ほら、お仕事の邪魔してはいけないでしょ」
「いえ、構いませんよ。『そういう仕事』ですので」
「とーさいかんさまつよい?」
「どうだろうな」
「じゃあよわい!?」
「弱いかもな、おいガキ鼻垂れてんぞ」
「サインしてー」
「しねーよ悪用されたらどうすんだ」
「…へえ、あの子、昨日も思ったけど『ちゃんと仕事出来る』のね」
スメイラが改めてガーネの評価を小さな声で漏らした。
「現場向きなのは間違いないでしょうけれどね、それでも指揮官含め上に立つ素質は十分お持ちの方ですわ。ご本人も、多分頭で考えるより身体が動く方が先なのは違いなさそうですし」
「おい、戻るぞ」
ガーネは群がる子供を親元に下げさせると、警備の近衛兵へ号令をかけた。
「は、しかし予定では…」
「今日はもう終いだ、帰る」
「…かしこまりました」
────想定した以上に、体力の衰えが顕著だった。
他からどう見えているかはわからないが、たったの三週間程度で自分でも驚くほどに思うように身体が動かない。
この状態で、『なにか』あることを懸念してしまう。
固定されて吊られた左手に視線を落とす。
ガーネはそのまま、王城へ向けて踵を返した。
幸いにも、自分が感じている様々なズレは身体の方を合わせることで無理矢理修正することも出来ているし、恐らく誰にも悟られてはいない。鏡を注視しなければその謎のズレも徐々に収まってきてはいる。『音』の方だけ神経を集中させておけば、今のところはなんとか出来ている。
その中でこの大衆の面前にいることの疲労感が、尋常ではない。
「……疲れた」
「ふふ、お疲れ様ですガーネ様」
慣れないことをしたことに対しての疲労と勘違いしてくれていることが、何よりもありがたかった。
「ガーネよ、『公務』の方はどうであったか」
夜、女王の執務室に呼ばれソファに促されたガーネ。
彼女が今夜は一体『何を』確認したいのかと図りながら、ガーネは出された紅茶を啜った。
「…非常に面倒でした」
「妾は非常に楽しかったが」
「でしょうね」
「……ガーネ」
「はい?」
正面のソファに座ったディアマントが足を組み直し、隣の座面をとんとんと叩く。隣に来い、ということと判断はしたが、さすがに畏れ多く一瞬考える。しかし、拒否する理由も無いため大人しく立ち上がり「失礼します」と声を掛けてから隣へ腰を落とした。
ディアマントの華奢な手がガーネの頬に伸び、無理矢理に顔を向けられる。
ガーネの深紅の瞳とディアマントの金色の瞳の視線が混じり合い、何を覗かれているのかと不安のようなものを感じた所で彼女の瞳がすっと細められた。
「お前は妾の持ち物じゃ、妾の『犬』じゃ。わかっておるな」
「…なにを今更。俺の忠義が伝わらないんですか」
「忌々しい。連中に持っていかれおって、お前自分で気付いておるな」
「………何のこと、ですかね」
「多少は『自力で』修正しておるな、さすが律衡の生まれというところか」
「はは、やっぱりご存知でしたか。まあ、…どうせそうだと思ってましたが」
「これ以上、連中に『持って行かれる』ことは許さぬ」
「善処します」
こうして、ガーネの『統裁官』としての公式公務は終わった。




