前編
「ちょっと、だらしない」
スメイラのぴしゃりと放った一言が部屋に低く響く。
「うっせーな、さすがの俺だってわかってるっつの」
前日までは病院で看護師が当たり前のように治療の一貫で肩の固定と同時に着替えまで介助していたためすっかり失念していたが、肩が思うように動かないどころか動かせば忘れていた激痛が走りシャツすらまともに一人で着られない有り様だった。
申し訳程度に右袖だけ通し、ボタンも満足に留められない為そのまま上衣を肩から羽織って部屋に向かう。
「エナちゃんは?」
ものすごく珍しいものでも見るような目でサイフィルがガーネの上から下まで舐めるように見て、彼付きの侍女であるエナのことを口にした。ガーネはぴくりと眉を動かし、舌打ち混じりに返答した。
「…なんでテメェがエナのこと知ってんだよ」
「なんでって、たまに差し入れ持ってきてくれてたし?かーわいいよねぇ」
「スメイラ、この女好き童貞どっか追いやって目障り耳障り。カルセ着替え」
「かしこまりました」
くすくすと笑いながらカルセが近寄り、ガーネの着替えの補助をすべく衣服に手を掛けた。
「あーっあーっ!カルセちゃんに着替えの手伝いさせるとか、お前それセクハラ!なんでカルセちゃんなんだよ!」
ガーネはまじまじと、うっすらと何かを期待したような目を向けて顔を見上げるカルセを見下ろした。
「…………一番、」
「一番!?なんですの!?」
「一番ババァだから…」
「………」
「………」
カルセがにっこりと笑みを浮かべて優しさの欠片も無い介助をすべく無理矢理に左腕を袖に通させた。
「いででででで!!なんでなんで!!」
「サイフィルくんのこと、ノンデリとか言う資格無いよガーネくん」
「いやー、それにしてもガーネお前いいカラダしてんなー惚れ惚れしちゃう」
「お前に惚れ惚れされても気色悪いんだよ!きちんと飯食って身体鍛えろボケが!」
────こんこんこん
騒がしい室内にノックの音が響き、スメイラが扉を開けた。
「失礼いたします!統裁官殿、女王陛下がお呼びです!」
「……持病の仮病が悪化したって言っといてくんない」
ガーネは『ものすごく嫌な予感』に、いつも通り胸のざわつきが支配された。
「妾の呼び立てには三秒で参れ」
「お言葉ですが、昨日も言いましたが俺一応人間なんです。犬でも無理でしょうよ」
「まあ良い。お前に公務を」
「ディアマント様それ俺に拒否権は」
「…?何故、あると思った?」
きょとん、と目を丸くしたディアマントにガーネは思わず目を伏せた。正直に言ってものすごく可愛かった。それが口をついて出そうで、口の中に溜まった唾液ごと息を飲み込んで小さく吐き出す。
「ハイ…、…いや、でも貴女の『代わり』は勘弁して下さい」
ディアマントはガーネの言わんとしていることを十二分に理解しているため、さも楽しそうに肩を揺らして笑った。細めた目でガーネの姿を捉え、人差し指を伸ばして突きつけた。
「此度は妾の『名代』ではない。『統裁官』としての公式任務じゃ。なに、妾は国で一番偉い女王故、其方の怪我に負担の無い公務にしてやったわ感謝せよ」
「……その謎役職、いつの間にかものすごい定着してるんですが」
「よい兆候じゃ。正式に妾の犬であることが民衆にも浸透したようじゃ」
満足そうな顔でディアマントは数枚の紙の束をガーネに差し出した。
ガーネは片手が固定で塞がっている為、「失礼します」と彼女へと傍寄り女王の机の上で資料に目を通していく。
「……お言葉ですが、これは『俺』の仕事ですか」
「『お前の』仕事じゃ。…そうじゃ、参考までに聞いておくが、お前社交の経験は?」
「…無くは無いです」
「踊れるのか」
「……肩がこれでなければ、一通りの作法は」
「そちらとコレ、どちらが良いか選ばせてやろうか」
ガーネは改めて書類へと目を落とす。
その案件であれば、社交会で貴族相手に愛想を振りまくより今目の前に提示されている『仕事』の方が数百倍マシであった。
「…………かしこまりました。仰せのままに」
「フン、御しやすい男じゃ。存分に楽しませよ、『統裁官』」
*****
数日後、王城の一室に臨時設置された『民情聴取会会場』。
想定よりもかなりの数の民衆が訪れ、受付前は賑わいを見せていた。
『統裁官』初の公式任務であり、大怪我をしたと世間を賑わせ、それ以外にも何かと噂の耐えないガーネは逃げられないように椅子に固定されて座らされ、始まる前から機嫌が悪そうであった。
「ガーネ様、もう少し愛想良くなさって下さいな」
「無理だろ、僕コイツがにこにこ笑ってるとこ見たことないもん」
「楽しくもねーのに笑えるかよ」
受付係をしているスメイラが室内に入り、腰に手を当てて笑いを堪えながらガーネを見つめた。
「ほら、民衆の相談ごとしっかり受け止めて解決して差し上げて?統裁官サマ。ぷ」
「笑ってんじゃねーよクソババァ!」
「隣の店のパンがね、硬すぎるの」
「知らねーよ俺じゃなくてパン屋に言えバアさん」
「歯がね、欠けちゃったの。固くてとても食べられやしないの」
「パンが食えねーなら菓子を食え。以上、次」
「昨日財布を落としちゃって…」
「警察署行け、次」
「ガーネ様、結婚してください!」
「しねーよ、次!」
「どうしたらモテますか?」
「んなこと俺が知るか!次!」
「猫可愛いですよね、なので税金免除して下さい」
「俺じゃなくて女王に言え!次!」
「夫が働かないんです」
「腰が痛くて」
「嫁が働け!」
「好きな人に好きって言えないんです」
「言えねーなら手紙でも書け!」
「最近トイレが近くて」
「漏らす前に行け!」
「太り気味で」
「動け!」
「結婚したくて」
「結婚相談所行け!」
「……ガーネ様、向いてますわねこの仕事」
「向いてねーよ!!」
開催終了時間となり、受付を閉鎖したスメイラは気がついていた。
判断処理能力が、異常に早い。
「…この仕事もしかして、療養目的…?…女王陛下、侮れないわね…」
スメイラは隠しもせずイライラしているガーネを見つめて小さく肩を竦めた。




