69話「業務復帰:強制執行」
半月以上ぶりに訪れた『特務室』は、あれだけ空っぽだったのが見ないうちに随分と部屋らしくなっていた。
窓際に置かれた一人掛けのソファを勝手に定位置と定めていたため、当たり前のようにそこへ向かおうとすると、スメイラがガーネの右肘を掴んだ。
「なんだよ」
「君の席はね、ここにしたから。『仕事』のときはこっち座ってね、統裁官様」
そう言って座らされた席には、誇張無しに紙の束が積まれていた。
「……………………なにこれ?」
「君の仕事」
「俺のじゃない」
「ガーネ様の仕事ですわ」
「いや、誤解だ。俺の仕事じゃない」
「誤解じゃないわよ。ガーネくんの仕事」
「ちげーよ俺の仕事じゃねーよこんなん!」
何が楽しくて紙の束と向き合わなくてはいけないのかとあからさまに機嫌が悪くなるガーネに、スメイラは容赦なく追加の書類を載せた。
「あのね?君、自分で言ってたでしょ。君は私たちの『上司』にあたる方なのよ。ということはこの辺の仕事はぜーんぶ君のし・ご・と」
「よろしいではないですかガーネ様、ラズリさんからも言われてますでしょう?現場禁止、トレーニング禁止、安静は継続。なら、丁度良いではございませんか。『仕事溜まってるだろうし俺は忙しいんだよ』、でしたっけ?わたくしたちもそう思いますわ」
────やられた。
ガーネはそう思いはしたが、反論の予知もなく、女たちの方が一枚も二枚も上手であった。
「…一般人関与事案処理記録…?情報封鎖措置実施報告…遺族・関係者照会遮断承認書……現場管轄権一時移行届出…」
見れば見るほど『責任者である自分の裁量が必要な書類』であることが伺い知れて、ガーネはうんざりとため息を漏らしたところでカルセから容赦のない追撃が来た。
「あとこちらもございますわガーネ様。『備品損耗報告』と『始末書提出要否確認書』」
「要否ってなんだよ!出すのか出さねーのかはっきりしろよ!」
バンバンと机を叩いてカルセに訴えるも、にっこりと笑って首を傾げるだけだった。
「ですので、出すのか出さないのかはっきりさせるための書類でしてよ」
ガーネは適当に書類の束を掴むとスメイラへと標的を変えた。
「スメイラ、命令だお前これ」
「私の権限じゃ無理でーす」
ガーネが話し終わる前に被せるように拒否をされ、無駄とわかりつつカルセへと視線を戻した。
「………カルセ」
「あいにく、わたくしもそのような権限は陛下から賜ってませんわ。全てガーネ様の権限が必要な書類でしてよ」
「あ!ガーネ!僕手伝おうか!なにする!?」
相変わらずの空気の読めない男ではあったが、やってくれるのであれば願ったり叶ったりだとガーネはサイフィルに視線を向けて当たり前のように頷いた。
「全部やれ」
「任せて!えーとなになに…禁書庫最深部収蔵指定遺物…えーと…難しい、次!対象排除判断に関する正当性証明書…?これはガーネお前のサインが必要なやつだろ」
「代筆しろよ」
「対外説明用要約文案…?………あ、やばい僕お腹痛くなって来た!ごめんね!半日くらいトイレこもらなきゃ!」
「二度と帰ってくんな、お前なんかそのまま流されて下水と一緒に処理されろクソ野郎が」
*****
「……なあ」
「………」
「おい」
「……なによ、集中してやってると思ったら」
致し方なく、書類仕事を始めたガーネだったが、数時間作業した所で集中が切れたらしく、近くで別の資料作成をしていたスメイラへと声をかける。
「飽きたんだけど」
「…飽きるとか飽きないとか、そういう問題じゃないんだけど」
あからさまに機嫌が悪そうな様子に、スメイラはカルセへと視線を向けた。
「そろそろお茶にいたしましょうか?」
「茶とかそんなんいらねーからもう飽きた、俺は外に出たい」
「いけませんわ、許しませんよ」
女の監視の圧が酷い。
これなら『別の女』の方が、まだマシな気さえする。
「…俺行くとこあった」
「そんな場所ないでしょ!いい加減にしなさい!」
「あー、忙しい忙しい」
ガーネは逃げるように席を立つとそそくさと部屋を走って出た。
「あっ!コラ!!」
ガーネが逃げたのを理解しながらも、スメイラもカルセも敢えて追いかけなかった。
閉ざされた扉を見て二人で深くため息を漏らし合った。
「まったく、仕方がありませんわね…でもあの方、そのうちお戻りになるでしょう?責任感はある方ですので」
「…それに『行く所』なんて、たかが知れてるしね」
広い王城の廊下を走ったガーネだったが、ものの数分で足が重い。
明らかに体力が落ちていることが顕著に見え、さらに思っていた以上に左腕が邪魔をした。
「クソ…!」
彼女たちの前では見せなかった『本音の部分の苛立ち』を小さく漏らしながら、ガーネは女王の執務室の前へと赴いていた。
一応は、退院の報告や半月離れた謝罪はすべきと思っていたからである。
「入れ」
ノックをする前から室内より声がかかり、いつもどの範囲で視ているのかと薄ら寒くもある。
「…失礼いたします。このような姿で申し訳ございません」
「半月も仕事をサボって、さぞ良いご身分だなガーネよ」
「不可抗力です…」
「それにしてもガーネよ、お前も一丁前に怪我などするのか」
「貴女は俺をなんだと思っているんですかね。一応人類なんですけども」
「犬かと思っておったわ」
「百万歩譲って犬だとしても、撃たれれば普通に怪我しますけどね?」
怒っているかと思えば存外そんなこともなく、相変わらず自分に対しての感情の向け方の幅がよくわからない。
ガーネは目の前で薄く笑みを浮かべる女王の顔をじっと見つめ、口を開きかけてすぐに閉ざした。
「……言いたいことがあるのならば言えばよかろう、お前は妾をなんだと思っておる」
「いえ、美しくて可愛らしい女王陛下だと思っています」
「そんなに『仕事』がしたいのであれば、『公務』の方をさせてやろうか?妾の犬として」
「…………いえ、あ。すみません俺の持病の仮病が…」
「よし、公務の方調整しておいてやろうな。ヘルソニアよ、なにかこやつにお誂え向きの公務でも見繕え」
「かしこまりました」
「勘弁して下さい…」




