67話「分類不能」
三人で改めて病室に来たのはラズリの『指示』から丸三日、ガーネの怪我と入院から五日が経過していた。
「あれ、まだコイツ寝たきり?ラズリちゃん」
翌日も見舞いに来たサイフィルとカルセは、相変わらず肩を中心に固定されて死んだように眠るガーネを見つめ少し不安そうにラズリへと視線を投げた。
「安静にさせるには一番手っ取り早いからね。『状況』がわからない以上、起こさない方がいいと判断した。一応飼い主の許可は貰ってるから安心して。スメイラが来たってことは、アタシの宿題は出来たワケ?」
「……ええ、まあ…はい」
妙に歯切れの悪いスメイラに、サイフィルは少し心配そうに眉を下げた。
「…アンタたち、アタシが許可するまで『特別室』周辺、人払いして。誰も近付けないで」
「は、はい」
ラズリは看護師に指示をして退散したのを確認すると、近くの椅子を引っ張り出して足を組んで腰を掛けた。
「…ガーネくん、の…経歴ですが」
「早くしなスメイラ、治療に必要なことかも知れないんだから」
「…っふー………、…わかりました。他言無用でお願いします」
スメイラは深く息を吐いてから、持参した資料を取り出す。
「…『直近の』育ての親、になる方は、北東の辺境に近い街ノードーストの警察署長をしている男でして…この『育ての親』の前にも、ガーネくんの育ての親はいたんですが、記録上は『不慮の事故』となっています。この育ての両親の不慮の事故により、父親の弟にあたる方がガーネくんを引き取ったようです。ノードーストの基礎学習院に編入して、16歳の成人と同時に留年も浪人もなく卒業してそのまま官職課程に進学、警察官採用試験も首席合格で、警察学校も首席卒業してそのままノードーストの警察署へ配属になったようですね。まあ、官職もストレートで進んでいる時点で相当優秀かと…」
「で?」
スメイラの告げた『表面上』のガーネの経歴に冷ややかな返答をするラズリに、言葉を選ぶように資料に目を落とした。
「スメイラさん、『育ての親』ってことは、えーと、ほんとの両親は?捨て子?あ、それでコイツこんなグレてスレてんのかな、あはは」
サイフィルの乾いた笑いに、しんと室内が静まった。サイフィルもなんとなくラズリが『そういう情報』を求めているわけではないということは察してはいた。しかし、黙って聞いているには空気感に耐えられなかった。
「…生まれは、北部ノルデン地方の旧家…位相管理官の家柄、といえばわかるでしょうか」
「位相管理官…!?まさか、律衡家グリーチェウトのお生まれですの…!?…ああ、なので…なるほど…ガーネ様の『素質と性質』、そういうことでしたの…」
「律衡、って…僕ですら教科書で見たことあるけど」
「なるほど?『既に存在しない旧家』のお生まれのお坊ちゃま、ってことねこのクソガキ。でも、そんな旧家歴史上はもう何百年か前に『消えた』んじゃないの?カルセ」
「…数百年前に均衡教徒勢力が拡大した時期あたりに、存在を疎まれて消されたような扱いには『表向き』なっております。ですが、律衡家…すなわち位相管理官の役目というのは、『世界の調律』を監視・運用するお役目がございます。そのお役目の方がいないと調律は傾きます」
「え、でもさ、数百年前に消えたんでしょ?じゃあその期間の調律?っていうのは誰が?」
「ですので、『表向き』です。均衡教徒に狙われないように血筋が途絶えたように見せたのかと…」
そこまで聞いて、ラズリはスメイラからガーネの寝顔に視線を移して納得したように口を挟んだ。
「…このクソガキが『霊力も魔力もバカみたいに異常に高い数値で保有』してんのはそれで納得した。そういう家の生まれならそれも納得するわ。ちなみにコイツ、今まで魔法とか使ったことは?」
「み、見たこと無いです。だって、魔法とかそういうの『使えない』って」
「恐らく、『使えない』のではなく『使い方がわからない』…のでしょうかね、常人とは異なりますから、出力の制御が上手く出来ないのではないでしょうか…なのでフィジカル面にそちらのエネルギーが上手く変換されているのかと」
「多分カルセの見立て通りだろうね」
「僕結構もうお腹いっぱいなんだけど…」
話しに全くついていけないサイフィルが涙声で訴える。
今まで見てきたガーネが、全く別の人間のようでなんとなく怖くなった。
だが、旧家の生まれと言われれば納得出来る箇所も多々あった。
『庶民』のわりに異様に作法が整っていることや、所作も完璧であること。いくら出世街道に乗った官僚警察官候補とは言え、一朝一夕で身につくような言動では到底なかったからである。
そう思い返せば、気付けたことも思い当たることも多々あった。
サイフィルはまたも自分だけが『置いていかれた』ような感覚に、思わず唇を噛み締めた。
「で、スメイラ。アタシが聞きたいのはそこじゃない」
「…え?」
「このクソガキの、補導歴とか逮捕歴は?」
「え、ええと…、14歳の頃に、不良連中と喧嘩になって23人全員を病院送り…端的に言えば半殺し以上、にしてます。それから15歳の頃、彼が当時付き合っていた女の子にちょっかいを掛けた男数人…これも病院送り、ですね。いずれも、相手が武器所有でガーネくんが素手だったことと、原因は向こう側ということ…それと彼の伯父のおかげか、補導未満程度で終わっているようです。逮捕歴はさすがに無かったです」
「そうじゃない!人、殺したことあるのか聞きたいのアタシは!」
ラズリの言葉に、スメイラはようやく『そういうことか』と息を飲んだ。
状況は聞いていない。しかし、ガーネが暴れて寝かされている理由としてはそこに直結する何かがあるのかと理解した。
『人を殺したか』と言われ、三人は静かに目を合わせた。
「殺意じゃない。正当防衛でも事故でもなんでもいい。結果として『死なせた経験』があるのか聞いてるの。このガキの境界の反応を知りたい」
カルセが小さく息を吐いて、ラズリに向き直った。
「…先日ラズリさんにご相談させていただきました異界遺物の被害者を…『処理』、という名目で…ガーネ様が直接お手を下されましたわ。彼の交際歴のある女性です」
「………そう」
ラズリはそれを聞いて腕を組んで考え始めた。
おそらく、『それ』ではないと踏んでいた。しかしそれを説明も出来なければ、言語化して共有するつもりにもなれなかった。
「…一応、補足ですが…『生家』から数年の記録は、抹消されています。これ以上は追えません。追わせない形になっています」
スメイラは躊躇いと後悔の深く入り混じった声で、小さく呟いた。




