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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第十章『精査』

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65話「経過観察:要注意」

自分では、怪我以外は『普通』だと思っていた。

別に、リルを『処理』という名目で殺したことも、それが必要だったからしただけでそこに下手な感傷は特に持っていない。


だけど、『鏡』を見た瞬間に、ふと『あの時見えた何か』を思い出しかけて、思い出せなくて、挙げ句呼吸も聞こえる音も身体の感覚も、何もかもが一瞬ズレて身体に力が入らなくなって思わずその場に座り込んだ。


「…?どうされました?」

介助に訪れていた看護師が、どうしたのかと顔を覗き込む。視界に入る唇の動きと聞こえる音が合わない。自分の呼吸が、ワンテンポ遅れてまるで他人の息遣いのようだった。

「…いや、立ち眩みです」

「そう、ですか?立てます?支えましょうか」

差し出された手を目掛けて、ガーネは間違いなく手を伸ばした。


「…っきゃ…!だ、だいじょ…、大変!誰か来て!!」

ガーネは看護師の手から外れた箇所に手を差し出し、伸ばした手は空を切ってそのまま転倒し、よりにもよって左肩を強打する形で倒れ込んだ。

「────ッ、い、うぐ…ぅあ!!」

忘れかけていた激痛が、肩から全身に広がっていく。

「動かないで!傷口が!…早く、先生呼んで!」

痛みに耐えられずに暴れるガーネを押さえつけるも、動いたせいで傷口が開いた様子で病衣から血が滲んで床に血溜まりが広がっていく。


「どうしたの!?」

病室に駆け込んだラズリと、スメイラたちはその惨状に一瞬言葉に詰まる。

「…動かした?」

「いえ、て、転倒されて…!」

「バカ!絶対安静の患者なに転倒させてんの!早く固定!」

「ほ、保持不能です!」

ラズリは患部からの出血を確認し、小さく舌打ちを漏らしながら同じように駆けつけた他の看護師に指示を飛ばした。

「鎮静剤と固定具持ってきな!」

「は、はい!」

「創開いてる、圧迫!再出血してるから腕動かさせるな!」

「はい!」

「バカチンクソガキ!少し我慢しな男の子でしょ!動かすな暴れるな我慢しろ!!そこのアンタは固定優先!筋肉裂ける!」

「う、るせ…触んな…!!離せ!!離せ触るな!!」

激痛に犯され呼吸が浅く心拍が荒い。

ガーネが動く度に、床の血がじわじわと広がっていく。

「こンの、馬鹿力が…!」

「先生!鎮静剤用意できました!通します!」

看護師が用意した鎮静剤を既に通っている点滴の管から直接投与した。

呼吸が荒いままながらも、徐々に暴れる抵抗も弱くなっていく。

抵抗しようともがく最後の指先の力が抜け、声も出せなくなって数十秒後。ようやくガーネの意識が沈んで大人しくなった。

「……ハァ…ったく…転倒させた報告書、ちゃんと書きな!とりあえず大人しいうちに再処置!準備して!」


────水の中に沈んだように、声が遠ざかる感覚。誰かが『自分』の名前を呼んだ気がするが、それが本当に自分の名前なのか、それとも違うのか、意味のある言葉なのかすら理解が出来ない。そうこうしている間に、視界の天井が歪んで本格的に意識が深淵に落ちるような感覚に陥った。



『ガーネ君、だよね』

『…そうだけど、誰お前』

『お前とか言わないでよ!一応こっちは先輩なんだから!…あの、この前、ナンパから助けてもらった』

『………ああ、あん時の。顔可愛い子』

『あは、なにその覚え方。…あの、いきなりでごめんね。…好きになっちゃったの。あたしと付き合って欲しいな』

『……』

────これは、『あの時見えた』記憶か?たしか、『めんどくせーな』とそう思った記憶はある。

────だけど

『…まあ、いいけど。お前顔可愛いし、別に『嫌じゃない』から』

『ほんと!?』

────嬉しそうに笑う、リルの顔。覚えがあるが、『見えた』のはこれじゃない。


『なんでお前は、俺の言う事聞かなかった?』

────純粋に意味がわからなくて、そう問いかけた。視界が曖昧で目の前の顔ははっきりしない。

『言う事、聞かなかったとかそういう話しじゃない、聞いて』

────『初めて』聞こえた気がする、何処かで聞いたことのあるような声が妙に懐かしい。でも、くぐもって聞こえてどこで聞いた声なのかもはっきりしない。

『お前の為にしたことだろ。なんでそれをお前は否定する?誰のためにしたことだと思ってんだ、俺のおかげだろ。俺のお陰で成り立ってる、お前はそれに感謝こそすれよくもそんな態度が取れたもんだな。躾が足りないなら、しっかりわからせてやろうか』

『ちがう、そうじゃない!』

────やめて、という声は煩いから右手で無理矢理塞いだ。

────利き手じゃないから、『わからせる』つもりで軽く左手で首を絞めた。細かった。何度も抱いた女の身体だからわかっていたはずなのに、呆気なく壊れて、意味がわからなかった。


違う、俺は殺していない。殺そうとなんてしていない。

俺はわからせてやろうとしただけで、違う。俺はなにも間違っていない。



「────っち、が…!」

意識が急浮上した感覚が、異常に気持ち悪い。左肩が尋常じゃなく痛み、動かせない。

「…目が覚めました?」

覗き込んだ看護師の顔には、見覚えがある。唇の動きから、「めがさめました」と言っているのも理解出来る。なのに、音がズレて聞こえて、それから『ころしましたか』と重なって聞こえた気がした。

「殺してねーよ!!俺じゃない!!殺してない!!」

「わかってます!おち、落ち着いてください…!!」

「うるさいよクソガキ。ここ病院、わかる?落ち着きな」

「触んなっ!うるせー俺は落ち着いてるだろ!!押さえんな触んなぶっ殺すぞ!!」

「はー、やかまし。鎮静、投与」


深夜の病院内に響く怒声に、ガーネは再びラズリの指示で追加鎮静処置を施された。

「うるせーのはどっちだよクソガキが。アタシの目の届く範囲で好き勝手したら『ぶち殺す』って、言ったはずだけどね?」

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