62話「休めと言われたので」
「えっ、入院?」
スメイラが驚いた声でカルセに聞き返す。
自分が城に戻り各所の調整や依頼などの細かい作業に奔走している間に何があったのかと、仕事中だけ掛けている眼鏡を外して驚きに満ちた顔を向けた。
「いや、それがさ……ちょっと敵が相当に厄介で。後ろからズドンと…左肩」
「ええ、その後も色々『ご処理』に動かれておりまして。……ご本人は平気そうというか、無感情なご様子でしたけれども…心の方も心配ですわ」
「……心?撃たれたくらいで?あのガーネが?……いや、撃たれたくらい、っていうのもおかしな話だけど」
ガーネがリルたちを地下牢へ運んだあと、カルセだけ残してサイフィルを下げさせたため彼は『事情』を知らない。
「…特に、口止めもされておりませんので、お伝えいたします。異物に関わった一般の方は……医学的には『治療不可』と正式に回答が来ました。なのでガーネ様は、『人として終われるように』ご判断なされたのかと……わたくしはそのように、解釈しております」
それはつまり、ガーネが自ら手を下したということ。
カルセも淡々と話してはいるが、何も感じていない訳では当然無い。
しん、と静まった『作業室』もとい『統裁官付特務室』。
通夜か葬式かのように、重い空気に満ちていく。
「……と、とりあえず…ガーネくんの怪我の具合は?二人とも聞いてる?」
「いえ、詳細はまだですわ」
「…………。よし!お見舞い行こうぜ!ね!ね!」
*****
「はー、すっげーな。『特別室』かぁ」
サイフィルは物珍しそうに室内を見て回る。
病院の中でも一際豪華で広い一室で、窓も大きく開放的で『病室』を一切感じさせない。
「こんな鬼クソ野郎には勿体ないよなー」
いつもの調子で軽口を叩くも、返答はない。
ちらりとベッドに横たわる相手に視線を向けると、点滴が数種類ぶら下がり管に繋がれて目を閉ざすガーネの姿があった。
左肩には処置の痛々しい痕跡の名残の、血が滲んだ包帯が巻かれている。
「…寝てると年相応に見えるわね」
「そうですわね。…病院の方のお話しですと、意識があると脱走しようとなさるみたいで。無理矢理にでも眠っていて下さったほうがいいですわ。骨も神経も運よく大きな損傷は無かったみたいですけれど、重傷には変わりございませんもの」
スメイラはふう、と小さくため息を漏らして普段よりも幾分か幼く見えるガーネの寝顔を眺めた。
「元々、『この件』自身ってガーネくんの仕事…だったわけじゃない。でも私は遺物に関わる人間として、カルセさんは均衡教徒と接点のある者として、それからサイフィルくんは遺物を見極める目として、同じように彼とこの件に関わることになった。つまりもう、この子だけの案件じゃないのよね。なのに一人で背負わせすぎたわ」
「…そう、だね…」
サイフィルは今回、『特に何も出来なかった』自分にものすごく後ろめたさを覚えていた。
カルセのように魔法や祈りで支援も出来ない、スメイラのように情報収集や頭脳を使うことも出来ない、ましてガーネのように、先頭に立って戦うことも、それぞれの特性に合わせた的確な指示を即座に出すことも出来なかった。
「…僕、足手まといでしかなかったな」
「そんな、」
「……馬鹿じゃねーの…」
サイフィルの自責の念を、掠れた声が一蹴した。
「ガーネくん!」
「………喉…乾いた…」
「今、何か飲み物を買って参りますわ。おまちくださいませ」
「…おー」
未だ麻酔か痛み止めが効いているのか、心做しかぼんやりとしたまま無理矢理身体を起こしたガーネは、左腕を無理矢理上げて肩の様子を確認する。
「お、まえ…動かすなよ」
「……治った」
「治ってねーよ!」
「うるせーな起き抜けにしみったれた泣き言聞かせやがって。…スメイラ、その後の報告」
横柄な態度で自由に動く右手を差し出すと、スメイラはため息を漏らしながら右手に報告書の束を乗せた。
ぱら、と紙を捲る音が何回かした後、病室の扉が開く音がする。
「お待たせいたしましたガーネ様。何がよろしいかわからなくて、お水とジュースをいくつか買って来ましたわ」
「おう、サンキュ。とりあえず水」
「かしこまりました」
カルセはコップに冷えた水を注ぎ、ガーネは右手に報告書を持ったまま無意識に左手を伸ばす。
薬のお陰で痛みそのものは鈍くしか感じていなかったが、ビリっとした衝撃が走ると同時に手に力が入らず、水の入ったコップを床に落とした。
「────チッ…!」
あからさまに苛立った様子の舌打ちを隠しもせず漏らすも、カルセは意に介した様子もなく別のコップに水を注ぎ直して口元に差し出した。
「お医者様から伺いましてよ。ガーネ様、自分は平気だと仰せになって帰ろうとして点滴で無理矢理寝かされていらっしゃったんでしょう?ご自分の状況、わきまえてくださいな」
意外とピシャリと言い放ったカルセに、ガーネも反論出来ないでいた。
ガーネは差し出されたコップに口をつけ、水を飲ませて貰いながらもバツが悪い顔でスメイラのまとめた資料に目を通していく。
「…禁書庫最深部収蔵指定異界遺物 第壱号『偏位鏡』、ね。あの人随分物々しい名前付けたもんだな。……それにしても…『序列持ち』か。……アレは俺が完全に悪い。スマン、舐めてたわ」
「いえ、わたくしも正直あれ程とは存じませんでしたわ。『反射させた』のが、ガーネ様の放った銃弾でしたのでわたくしの魔法で防御も出来ましたけれど、…対魔力や対霊力で反撃されていましたら、恐らくもっと酷いお怪我をさせてしまったかもしれません」
再びしん、と静まり返った室内。
周囲の人間が何を思ったのかわからないほど、ガーネ自身も人に対して興味関心を抱いていない訳ではない。
左手を見つめ、薬による鈍い感覚はあれど、思った通りに動かせる左腕の感覚を確かめてから再度息をついて視線を周囲に投げた。
「…お前らって、あれだけ俺のことボロクソ言ってたくせに結構俺のこと好きじゃん。馬鹿みてぇ」
「……は?」
「えっ、こいつ撃たれたのって左肩だよな?頭撃たれた?大丈夫そ?」
「いや、ガーネくん。休んで。本気で」
スメイラとサイフィルの口撃に、ガーネは珍しく閉口した。




