597話「15」
とんでもない『事故』はあったものの、アメジが問題なく橋を渡り終わると続けて魔導師長、巫術官長の順で渡り、エーリック、アミュ、ヘルソニア、特務が続けて渡っていった。
「よし、次ジェレイド。で、橋渡り切る5mくらい手前で待機してくれるか。陛下を渡らせるから、何かあったら俺かお前が走る。その時は母上も、やることはわかりますね」
「もちろんよ。義理の娘になるもの」
「妾、橋くらい1人で渡れる」
「はいはい」
ジェレイドがやや緊張した様子で渡り始めた背中を見つめ、ディアマントは少しだけ緊張したように右手中指の指輪を左手できゅっと握り小さく息を飲んだ。
特務の面々も、カルセかラズリ辺りが途中で腰が引けるかと思いきや意外とすたすたと渡りきってしまった。ただ、橋幅1.2m弱、全長約100mの橋は深い渓谷を渡すように掛けられた相当に年季の入った吊り橋であり、谷底から風が吹き上げる度にぎしっと不穏な音を立てて軋み揺れていた。
「…怖い?」
さすがにガーネも、この橋を1人で渡らせることに不安に感じてディアマントへと声を掛けるも、負けず嫌いな性格が災いしてか力いっぱい首を横に振られた。
「妾、こわくないもん!!」
「…そうですか」
ガーネが体重74kg、ディアマントが43kgで衣服や装備の分も合わせおよそ120kg未満。ジェレイドの体重が79kgであり、そこを考慮してガーネが小さく「ギリギリだな」と呟きディアマントはちょこんと首を傾げた。
「ガーネ?」
「なんでもない。…母上、悪いんですけどこれ預けていいですか」
「構わないけれど、重たい?」
「マガジンだけだし、500gもない。多分300かそこら」
「そう。持って渡ればいいのね」
リエーブにポケットにそのまま突っ込んでいた予備の弾倉を手渡し、『たかが数百gで意味があるのか』とは考えつつ、ジェレイドが渡り切る前に振り返り静止し、合図を送った。
「さ、陛下の番ですよ。下見ないで、真正面のジェレイド見て渡って下さい」
「…う、うむ」
恐る恐る足を踏み出し、慎重に一歩ずつ踏み出して行く。ディアマントの軽さでも、橋桁には負荷はかかる。踏みしめる度にきし、ぎし、と音が鳴り、ディアマントは思わず足元を見てしまった。
「…ッ…」
橋桁の隙間から覗く、遥か遠い地面。
ディアマントの喉が恐怖で小さく鳴り、両手で両脇で橋を支える縄をぎゅっと掴んだ。風に煽られたスカートの裾が縄に引っかかり、ディアマントは顔を青くさせて声を上げた。
「わ、ど、どうしよ、…ガーネ、ひっかかった…!」
「動くな!そこいろ!…ジェレイド、下がれ!想定耐荷重超える!」
「わ、わかった!」
ガーネの声でジェレイドが橋を渡り切ると、ガーネがディアマントの元へと駆け寄った。どうしても多少の揺れは出てしまい、その度に小さく短い悲鳴が上がる。
ディアマントの足元にしゃがむと、縄の結び目の隙間に引っかかったスカートを引っ張ってみるものの、劣化した縄の毛羽立った繊維に引っかかり軽く引いただけでは取れそうになかった。
「ディア、悪いんだけどスカート切るぞ」
「えっ」
「無理矢理引くと切るより裂けてもっと悲惨。いいな」
「う、うむ」
一応の了承を得てからベルトの隙間に差しているナイフの刃を起こし、スカートの引っかかりの最小限にナイフを入れた。布が軽く破れる音と共に身体が解放されると、ガーネはディアマントの腰を支えながらナイフの刃をしまってポケットに捩じ込みそのまま身体を抱き上げた。
「目ェ瞑ってろ」
「…!」
素直にぎゅっと目を瞑ったディアマントの顔を確認し、安心させるように背中を軽く叩いてから橋を渡りきった。
地面に身体を下ろしてすぐに腰が抜けたのかぺたりと座り込んだディアマントに、カルセが傍寄り肩を擦った。
「よくがんばりましたわ、陛下」
「アンタね、ガーネが『軽装』って念押ししてた理由身にしみた?ちゃんと言う事聞かないからでしょ。ガーネがいてよかったわね」
ラズリの雑な慰めに、ガーネ自身はラズリとアメジの服装にも物申したい気持ちはあったものの、おそらく彼女が同じ状況になった場合は容赦も遠慮もなく自分の服を裂いて進むであろうと小さく溜息を漏らした。
「過ぎたことをグチグチ言ったところでどうにもならん。もうどうでもいい済んだことだ。ギリギリ耐えることもわかったから帰りも俺が担ぐ。…で、アミュ。結界はあったのか」
「ない」
「…無い?」
「ないものはない」
「だって、リエーブがあると…先代の嚆矢が張ったのがあるはずだって」
「ないんだもん」
リエーブも橋を渡って全員集まったところで、リエーブが結界の痕跡を確認するように周辺をぐるりと見回した。
ガーネも同じように気配を辿ったところで、ぴくりと目付きが変わった。
「ヘルソニア様」
「なんだ」
「…他們已經前行設防了」
ガーネが『中国語』で話し始めたことで、会話の内容は理解出来ないものの『敢えてディアマントには聞かせたくない』内容かとスメイラとラズリは理解し緊張した顔で特務へと目配せをした。
他の面々は当然、『この世界の言語』ではない言葉に耳馴染みが無さ過ぎて一同きょとんとしていたが、ヘルソニアはガーネの言葉を受けてほんの少しだけ考えたように表情の変わったガーネの顔を一瞥した。
「多少人? 」
「十……不、十五」
「交給你了。驅散他們」
「りょーかい。スメイラ、ラズリ」
ヘルソニアの返答を聞き頷くと、しゃがみ込んだディアマントの身体を抱き上げて立たせ、特務の中心に押し込んだ。
「I'm moving in now. I'm keeping this between us so the Queen stays undisturbed. Play your parts wisely. Her security is in your hands. 」
スメイラが深く頷いたのを見て、ガーネがホルスターに収めた銃に右手を掛けた。
「ガーネ…?」
ディアマントがひどく不安そうな顔でガーネを見上げてか細い声で名前を呼ぶも、ガーネはそれに視線を返すこともなく口を開いた。
「すぐ終わる、心配すんな。…全員、手出しするな。場所が悪すぎる。足場が不安定だ、戦える奴が多いのはわかってはいるが複数で応戦する方が事故る。とにかく俺の援護なんかしなくていいから陛下の護衛だけしてろ」
そう言ったガーネの顔は、おそらく特務の面々でさえ見たことがない、本気度が高めの最初から『殺しに行く』顔をしていた。カルセが小さく息を飲み、ディアマントの手をそっと、そして少しだけ強く握った。




