59話「救いではなく、終わらせ方を選ぶ番だった」
「あ、諸悪の根源」
人の気配に気付いたマリとライラが焦点の合わない目を向け、対象が『ガーネ』と判断した瞬間、僅かにズレた意識を戻す為にほんの一瞬間を置いてガーネを睨みつけた。
「なるほど、良く『擬態』出来てるじゃねーか。半分は『本物』か?どの程度持っていかれてる」
「…?なに、言ってるの」
不審そうな目付きでガーネを見て、二人で怪訝そうに視線を合わせる様子は『まだ残っている』ことが伺えて、多少は安堵した。しかし、一番厄介なものを持っている人間が一人足りない。
「リルは何処だ、中か」
「なによ!またリルのこと泣かせるつもり!?」
「泣かせてねーよ人聞き悪いな。アイツが勝手に泣いたんだろ」
「ほんと!学生の頃からアンタなんにも変わってないね!アンタと別れた女の子、皆同じこと言ってるよ!」
「ちょっと、二人ともどう、し……ガーネ」
「リル!今来ちゃ駄目!」
「ガーネ」
リルの淡い桃色の瞳がきらきらと輝き、ガーネをまっすぐに映した。
パアッと表情を明るく綻ばせたリルが、ガーネに駆け寄ると、その双眸に映る自分の姿と目が合うようだった。
自分に向かってその姿はガーネにとっても『覚えのある』リルの姿で、当時は普通に『可愛い』とも思っていたし、子供だったながらにもちゃんと『好きだ』と思っていた感情が蘇る。
────ヤバい、まずい、しまった
そう思ったときには、ガーネはリルの小さく華奢な身体に抱きつかれていた。
「……リル、鏡出せ、持ってんだろ」
「鏡?なぁに、なんのこと?それより、『今みたいに』ちゃんとあたしのこと見て」
「見るわけねーだろ」
「なんで?どうして?いつも誰のこと見てるの?なんであたしのこと見ないの?」
顔を背け視線を無理矢理外すと、ほんの一瞬だけだったことが幸いしてか『自我』はすぐに戻って来た。
この感覚には、覚えがある。内側を無理矢理開かれる感覚、しかし今回は内側の感覚を反射して無理矢理増幅させられるような不快感に満ちていく。
『目』だけでこれなら、『鏡』を見たらどうなるのか計り知れない。
「ね、ガーネ。じゃあさ、鏡渡すよ」
「ならさっさと出せ」
「出して欲しかったら、あたしのこと一度でいいから見てよ。名前呼んで、キスして。最後でいいから、あの時みたいに抱いてよ。ちゃんとあたしのこと、『愛してる』って言ってよ」
その言葉だけ、『ズレ』がなかった。
ガーネはゆっくりとリルに視線を向けると、覚えのあるリルの顔が目に入る。
この言葉も、視線も、『リル』のものに相違なかった。
ガーネは小さく舌打ちを漏らすと、リルの顎先を掴んだ。
「リル」
キスをしてもらえるのかと期待したリルに、ガーネは静かに言った。
「お前がどう感じてたのかはわからねぇ、でも俺はガキだったなりにお前のこと好きで付き合ってたつもりだ。────キスして欲しいならしてやるし、抱いて欲しいなら抱いてやる。リル、『お前が本当にそれでいいなら』な。俺は止めねーよ」
リルは数秒無言で、ガーネの深紅の瞳を見つめた。
「ちがうよ、いや…やだよぉ…なんで、あたしじゃないの…アンタいつも誰見てんのよ…!」
「……」
リルがスカートのポケットに手を入れた瞬間、ガーネはリルの手首を捻り上げた。
「きゃあーっ!痛い痛い、やめて!取らないで!この鏡は駄目、渡さない!絶対渡さない!!」
折れる手前まで捻り上げた手首が、悲鳴を上げるように骨の軋んだ音と感触を感じさせる。
華奢な女の手首くらい、ガーネにとって折ることは造作もない。
────大丈夫、『今度は』加減が出来ている
自分の中の妙なズレた違和感は残っているし自覚もある。
しかし、自分の『正常』と思わしき部分はまだしっかり機能していることは確認できる。その上で、この状態でも鏡を手放さない指先から奪うように鏡を掴んだ。
とても細腕の女の力とは思えない程に、鏡を奪えない。
「チッ、クソが…!」
あまり時間をかけるのも得策ではないと判断すると、ガーネは相当荒い手段であることは自覚がありながらもリルの鳩尾に向かって膝を入れる。
一瞬、息が詰まったようで手が緩むと、すかさず鏡を奪い取った。
「ガーネ!鏡面は見るな!」
サイフィルの声は、一歩遅かった。
ほんの一瞬、鏡面越しにガーネは自分の深紅の瞳と目が合い、自分の中で何かが反射して反響して増幅していくような違和感に支配された。
「────…た、…」
何かが、自分の中で見えた気がした。
なにかまでは理解出来なかった。




