58話「サイレント・コンセント」
「ガーネ様、お出かけ前に申し訳ございませんが、…少しよろしいですか?」
出かけるための支度をしに私室に戻った直後、部屋の扉がノックされカルセの少し申し訳なさそうな声が届いた。
ガーネが部屋の扉を開くと、一通の書簡を持ったカルセが眉を下げて立っていた。
「……どうした」
「至急、お伝えすべきかと」
カルセはそれだけ言うと、封の開いた書簡をガーネに手渡す。
中の書類を取り出すと、羅列した文字に視線を走らせる。
「…わたくしは医学的な見解には明るくありませんが、『症例分類:侵界型。医療ではなく現象と扱う。関与出来ず』とあります。つまるところ、……」
カルセが言葉を選ぶように、視線を漂わせた。
「治療不可、ってことか」
「…そのように、判断いたします。『あの方』が匙を投げられたのならば、これ以上の専門家はおりません。わたくしの祈りも、…届きませんわ」
「わかった。…サイフィルに、使い走りもう一回行かせてくれ」
「どちらへ?」
「リルの所在だけ確認させとけ。俺はその間、一つ行く所がある」
「…また単独行動ですの?」
「オンナのところだよ、野暮なこと聞くな」
「まあ!」
それだけ簡単に伝えると、ガーネは官服に袖を通して廊下を進んだ。
こんこんこん、と扉を叩く音が響くと、ほんの一拍だけ遅れて「入れ」とガーネ以上に横柄な声が聞こえた。
「失礼いたします」
「何用じゃ」
部屋の主であるディアマントは、ガーネに目もくれずに水晶玉を眺めて要件を急かした。
「ディアマント様。お聞きしたいことがございます」
水晶を持つ手先が、ごく僅かにぴくりと反応した。
「…なんじゃ」
ようやくディアマントがガーネに視線を向けると、思わずと言ったように一瞬目を見開き、薄く笑みを浮かべ直した。
ガーネはカルセから預かった書簡をディアマントへ差し出すと、彼女は水晶玉を机に置いてソファへ腰を下ろし先程のガーネと同じように文面に視線をなぞらせる。
「…なるほど。ガーネ、お前は既に答えを持っているのに妾に何を求める?一応、聞くだけ聞いてやろう。今の妾は機嫌がいい」
「一応、聞くだけ聞きます。ディアマント様、貴女の力では無理という判断でお間違いないでしょうか」
ディアマントは愉しそうに肩を震わせて小さく笑った。
「お前如きに『無理か』と言われるのは心外極まりない。────が、『言葉』が欲しいのだろう?…よいか、妾はこの国の『女王』であって、『医者』ではない。これは癒やし治療の話しではなく、理の外の話し。故に妾はお前に全権を一任しておる。……これだけ言えば、満足か。ガーネよ」
「はい」
「ふ、はは。いい目になった。妾の可愛い犬よ」
「ワンとでも言えばいいんですかね」
「喧しい。お前は、妾に乞えば良い。浅ましく、恥知らずに」
「そのようなこと、今に始まったことではないでしょう」
ディアマントは書簡を興味もなさ気に机に放ると、改めて傍で起立するガーネを見上げる。
「言い聞かせて欲しくなったら、また妾のところに一番に来い」
*****
「お待たせ、サイフィルは戻ってきてるか」
「丁度ね、お前どこの女のとこ行ってたんだよまだ女いるのかよプリンにカラシ混ぜるぞ」
「俺が『自分から望んで』会いに行く女なんて、この世に一人しかいないだろ。で、リルはどこにいた」
「……占い館。丁度さっき、入ったばっかり」
「チッ、よりにもよって一番めんどくせぇ所にいやがって…まあいい、行くぞ」
「リルさん、貴女『ガーネさん』が欲しいのね」
「ほしい」
「なら、彼の『内側』に入りこまなきゃ、モノに出来ないわよ」
「うちがわ」
「そう、いい子ね。上手に出来たらご褒美をあげるわ。彼の身体でもいいかしら」
「からだ」
「その代わり、私への『占いの報酬』は彼の魂よ。さあ、鏡を見て。貴女なら出来るわ、自信を持って」
「…かがみ」
リルは、占い師に言われるままに鏡を見つめた。
既にリルの焦点は合っていない。
「リル、大丈夫かな」
「大丈夫よ、だってちゃんと私たち『連れてきた』じゃない」
占い館の外の待合ベンチで座って待つマリとライラ。先日あれだけの行列があったにも関わらず、今日は待合にはこの二人しかいない。
「私たちは、きちんと親友リルの心の均衡のために動いているから」
「ちゃんと『悪しき縁』を断ち切らなきゃ。均衡が成立しないものね」
「…ガーネ様、あのお二人…『洗脳・侵食型』の呪いですわね、媒介が何かあるはずです」
「女の子相手にあんまり手荒な事しちゃ駄目だよガーネくん」
遠巻きに見て、明らかに感じる覚えのある禍々しさにどうすべきか少しだけ考えるガーネは一度カルセを見た。
「祈りの力でどうにかは?」
「可能です。しかし所持している媒介をどうにかしないと、また侵食いたします。媒介ごと浄化させるにはここでは条件が悪いですし時間がかかりますわ。なので媒介から引き剥がした方が手っ取り早いです」
「サイフィル、媒介は」
「右の水色の髪の子が胸元のペンダント、左の黒髪の子は多分鞄に例のカードが入ってる。直接触るとカルセちゃんの言葉通り『侵食する』から、どこか安全な所連れて行って自分で出させた方が僕ら的には安全。ちなみにガーネ、念押しするけどお前はあの手のものはマジで最強最悪に相性悪すぎるから絶対触らないでくれ」
「努力はする…」
「なんで急に自信なくなるのよ」
「スメイラ、一旦王城戻って地下牢の一室開けさせとくように指示しといてくれ。カルセとサイフィル、お前らはここにいろ。本気で俺がヤバかったら出てくるか、ちゃんと逃げるかしろ」
ガーネはそれだけ指示をして、占い館に向かって歩き出した。




