595話「神殿視察」
ディアマントはむくれていた。
普段王族として乗る馬車ではなく、大人数で移動出来る馬車でディアマントは拗ねた顔をして横柄かつ尊大な態度で腕と足を組んで一番奥の上座に腰を下ろしていた。
ディアマントの隣で面倒そうな顔をしつつも無視を決め込むようにヘルソニアが窓の外を見ているために、車内で同乗しているエーリックと特務の面々は気不味そうに視線を泳がせ、リエーブとアミュはいつも通りであった。魔導師長と巫術官長が御者代わりに御者席に座り手綱を握り、後方の車内の雰囲気を察し振り返らないように徹していた。
「ディアマント、あなたなにをさっきからほっぺたを膨らませているのかしら」
「リエーブ、アミュにはわかる。あさごはんのベーコン、たぶんもっとたべたかったからおこってる」
「ちがう!」
「ふぅん?なら、きっとうぃんな。アミュは10ぽんたべたけど、ディアマントはうぃんな1ぽんしかたべてないからやきもちしてる。アミュがうらやましかった」
「ちがうもんっ!!」
拗ねた顔のディアマントが『ベーコンでもウィンナーでもない』と否定のために声を上げると、ラズリが遠慮も容赦もなく舌打ち混じりに声を掛けた。
「じゃあ何が気に入らないのよ。聞くだけ聞いてあげる。解消できるかどうかはガーネに言いな
」
「ガーネがおらぬ!」
「いるだろがうるせーな」
窓の外からガーネが馬上で車内に向かって返答をすると、ディアマントは更に頬を膨らませた。
「なぜガーネは外じゃ!」
「俺だけじゃなくてジェレイドも外でしょ。カルセは偉いなぁ文句も言わずに馬車の中で大人しくしてて」
「むっ!」
「ガ、ガーネ様…!」
昨日の『宴会』でジェレイドとカルセの交際が大っぴらになったことで盛大に擦りながら雑に返すと、ディアマントはまた別の意味でむくれた。
「仕方ないじゃないですか陛下。道が狭いから車列ぞろぞろ作って向かうわけにもいかない、なるべく1台でってなったけど乗車定員もある。だからガーネとジェレイドが馬で並走…」
エーリックが堪らず前日外交のために辺境伯邸宅へ向かっていた時と同じように本日何度目かの同じ説明をするも、その言葉を遮ってディアマントの癇癪が炸裂した。
「妾、ガーネといっしょがいい!妾も馬!もしくはガーネが馬車!」
「うるせーな、大体『妾も馬!』ってお前俺が後ろで支えてやっとなんとか座ってる状態の癖に舐めたこと言ってんじゃねーぞ。それに、索敵目的もあるから俺は外でいいんだよ。一番図体がデカくて邪魔なアメジは馬乗れないって言うし、次に馬に乗れて身体デケーのはジェレイドだ。わかったか小娘」
「それだけではない!なぜ妾は禁止なのに、ラズリとアメジは服が可愛いのじゃ!妾もかわいい服で、ガーネにかわいいされたい!」
ディアマントの本日の装いは丈夫なコットン素材の、淡いグレーの膝丈ワンピース。申し訳程度に裾に白いコットンレースがあしらわれており、スカートの下はドロワーズとダークブラウンの編み上げロングブーツ。髪型はミモゼによってすっきりとツインテールにまとめられていた。
「何が不満なんだ。充分可愛いだろ今日の服も。ついでに言うけど俺は連中にも『フリフリひらひらしてんなよ引っ掛けるぞ』とは注意してる。その上で人の親切な忠告を無碍にするんだから、引っ掛けて転んで怪我して死んでも俺の管理責任にはなるだろうけど多少は『仕方がない』で処理する予定だ安心しろ」
「だってラズリとアメジは『いつも通り』じゃ!ずるいのじゃ!」
「俺も『いつも通りじゃない』し、俺は可愛い服でもないぞ」
半分冗談で返したガーネの服装は、普段とはかなり異なり黒の細身のパンツとブーツ、上はTシャツと手元は革手袋。唯一『いつも通り』とするのであれば、肩のホルスターと拳銃、腰のポケットに予備弾倉を1つだけそのまま突っ込んでいる程度である。
「ガーネはかわいくなくてよいのじゃ!でも妾はかわいいのがよいのじゃ!妾もかわいいフリルとレースいっぱいのお洋服で、アクセサリーもしたい!」
「指輪してんだろ、右手中指と左手薬指。可愛い可愛い」
「そうだけどそうじゃないもん!」
「あーあーめんどくせーな、そんなに着たい服じゃなくて駄々捏ねるなら迎賓館戻って着替えて留守番してろ」
「いーやーじゃー!!」
「カルセ、うるせーから面倒見てて」
「は、はい」
ディアマントの指摘通り、ラズリはいつも通りのゴスロリドレスとヘッドドレス、アメジもいつものように『魔法少女』らしいフリルたっぷりレースたっぷりの愛らしいワンピース。
ガーネの『軽装』の言いつけを無視して普段通りの出で立ちにも関わらず特に文句を言われないのは、『万が一怪我やそれ以上のことがあれば自分の管理責任ではあるものの自業自得だしどうでもいい、そもコイツらは『動ける』からやることさえきちんとしてくれれば問題がない。対してディアマントは『動けない』し、『掠り傷ひとつ付ける訳にはいかない』から許容出来ない』、といういたってシンプルな理由である。
「うふん、ガーネ様。エイミーの今日の服可愛い?」
「目が腐りそうだ」
「腐らねーよ!」
「あと毎度服がはち切れそうで服が可哀想だ」
「はちきれねーよ!」
ガーネの容赦のないツッコミではあるが、毎度のことながらレディースの洋服を無理矢理着込んでいるのは、身長179cm・体重98kgの『筋肉質で屈強な男』である。袖口のレースはガーネの『可哀想』の言葉通り伸び切っており、腰回りのリボンも胴に周りきらずに無理矢理別のリボンを毎回継ぎ足してまで着こなしていた。
「で、でもさエイミーちゃん。筋肉量増えたか太ったかした?今日は一段ときつそうだけど」
スメイラが苦笑いをしながらアメジに声を掛けると、アメジはばちんとウィンクをして人差し指を立てた。
「違うわスメイラちゃん。エイミーは魔法少女だから太らないの。これはね、『服が勝手に縮んだ』のよ!」
一瞬だけしんと静まり返った車内から、リエーブが窓越しにガーネに声を掛けた。
「ガーネ。あなたの部下、この青髪の目のいい子だけじゃなくて紫髪のオカマの人も頭が悪いのかしら?」
「え、今更?」
「リエーブ様!違いますぅ!エイミーはオカマじゃなくてオ・ネ・ェ!」
「ガーネ」
「何も言わないでくれますか母上」
予定通りの時間に、少し開けた箇所に馬車が停車する。
ガーネの合図で特務の面々が先に降車し、周辺の点検に走った。
『異常なし』を確認してからディアマント含め全員が馬車から下車し、適当な所に馬を繋いでガーネがアミュを振り返った。
「アミュ、念のため馬車と馬隠せ。お前、『隠す』のは得意だろ」
「めいれい?」
「命令だ、さっさとしろ」
「わかった」
繋いだ馬と馬車をへと視線を投げたアミュは、人差し指を向けてくるりと円を描くような動作だけをした。その瞬間、そこにあったはずの馬車も馬も、あっという間に『視認出来なく』なった。
「す、…すごい」
無詠唱かつ簡単な動作だけで『大きな馬車だけでなく生きているものまで簡単に隠した』ことに、改めて彼女がただの見た目の幼い美少女のエルフではなく、『終焉の魔女』その人であるとまざまざと思い知るようで、魔導師であるアメジがごくりと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
そして、一同は改めて周辺を見回して改めて息を飲んだ。
「おー、俺も初めて来たしアミュとトーパスから話し聞いてただけだけど…すげーなこりゃ、落ちたら死ぬな。運が良くても悪くても普通の人間なら死ぬわこりゃ」
切り立った崖の先はかなりの深さの谷底であり、崩れて鋭利に尖った岩肌が剥き出しになっている。そしてその谷を挟んだ、おおよそ100mほどの向こう側に古い城のような、教会のような造りの神殿が視認出来る。神殿の後ろ側は半分崖に埋まっているような、崖に正面だけ貼り付けたような不思議な造りに見受けられるが、何分遠いためそれ以上のことはここからはわからなかった。
そして、一同ガーネがしつこく『軽装』と念押ししていた理由がようやくわかった。
東の神殿『キャルクスティーン神殿』へ向かうためには、まずこのおよそ100mの谷を繋ぐ古い吊り橋を渡るところから始まるのであった。




