594話「えんかい!」
扉をノックをしてから、扉の向こうに向かって「俺」といつものように短い応答を返したところ、ここ数日の当たり前のような小走りの足音が聞こえたが、今日は別の声も聞こえた。
「陛下!わたくしが出ますと…もう!」
「ガーネ!うふふ!」
ミモゼの制止を振り切って走って来てドアを開けたディアマントが飛び込んで来ると、軽々とその華奢な身体を抱き留めて抱き上げた。
「妾といっしょ?あそぶ?いっしょに寝る!?」
「ははは、残念だったな。お前じゃなくて侍女長に用事だ」
「むっ!」
「わたくしですか?」
とりあえず小娘もといディアマントをまるで子供をあやすように片腕で抱いたまま部屋の奥に向かい、ソファへ座らせてから改めてミモゼへと向き直った。
「明日の件だ。あまりフリフリだのヒラヒラだのは誇張無しにまじで明日は禁止。出来れば乗馬服とかそういうのがいいけど」
「生憎と陛下はパンツスタイルのお召し物は持っておりません」
「なら、スカートでもいい。あまり肌を出さないように、でもロングスカートだと引っ掛ける可能性があるからその辺は任せる。いいな、この小娘が『可愛いのがいい』とわがままを言ってフリフリヒラヒラして俺が危険と判断したら容赦なく留守番をさせると言うところまでしっかり言い含めろ」
「かしこまりました、特務総監様」
「それは妾の前で妾を無視してする話なのか。なぜ妾に言わぬのじゃ。なぜ妾は仲間はずれなのじゃ…」
「さ、明日も早いし動き回るんだ。さっさと寝ろ」
ガーネがディアマントの頬と額に唇を寄せて甘やかすように髪を撫でてやると、ディアマントは再度むくれた顔をしてガーネの腰に抱きついた。
「妾といっしょ!」
「お前、今朝早かったし今日は昼寝もしてないだろ。俺もまだやることあるんださっさと寝ろ」
「むっ!ガーネはなにをするのじゃ!」
「明日の打ち合わせと準備がてら、なんか宴会みてぇになってるからちょっとだけ顔出す」
「えんかい!妾も!妾も行く!妾もーっ!!」
「だめ、寝ろ」
「妾も!妾も行く!」
「今朝早かっただろ。明日も早いんだぞさっさと寝ろ」
「妾もっ妾も妾もーッ!!」
「……はぁー……わかったわかった…」
あまりのしつこさに面倒そうに深く溜息を漏らしながら仕方がなく許可すると、ミモゼも苦笑いをしながらディアマントの部屋着の上に羽織る物を取りに下がった。すぐにオエィセでガーネが買ったシルクのショールを手に戻ってくると、ディアマントの肩にそっと羽織らせて髪をゆるく三つ編みで纏めて足元でしゃがみ込んだ。
「いいですか陛下、皆様『陛下が不在だから』宴会になっているんですのよ。警備でお疲れになっていらっしゃる中の息抜きなんですわよ。陛下が行くと、皆様恐縮してしまいますわ。それについ数分前まで『眠たい』とお目元擦っていらっしゃったでしょう、ご挨拶程度ですぐに戻りますからね」
「いやじゃ!ガーネといっしょ!」
「ほんとに少しだからな、明日も一日忙しいんだからなわかったか」
「うむ!」
再度溜息を漏らしながらディアマントを連れて部屋を出ると、既にわいわいと盛り上がった様子の食堂へと向かった。
ミモゼもどこか呆れた顔を隠せず、浮かれた様子でガーネの肘に抱きつくように腕を組んで歩くディアマントの後ろを着いて歩く。ガーネが食堂の扉を開くと、顔が見えた瞬間に視線が向けられすでに何人か出来上がった様子で声を掛けてきた。
「おー、ガーネやっと来たか。お前が来ないから『打ち合わせ』も始まらなくて勝手に飲み始めてたよ」
「やだーガーネ様おそーい!きゃはは!」
酔っ払ったアメジがふらふらと機嫌よくガーネに近付くと、ガーネの身体に隠れて見えなかった見慣れた白銀の髪の華奢な女に悲鳴を上げた。
「きゃーッ!陛下!!」
「なんじゃお前は。妾を化物のように悲鳴を上げおって無礼な。お前もサイフィルと共に処刑じゃ!『打ち合わせ』なら、妾もいても問題なかろう。それと妾も『えんかい』をしたい!」
「ほら陛下、皆様酔いが醒めてしまわれたでしょう。『こういう場』は臣下同士で過ごすものなんですのよ。さ、早くお部屋に戻って休みましょう」
ミモゼがディアマントをたしなめるように声を掛けるものの、自分が仲間外れにされたこともさることながら『ガーネがえんかいに参加するから妾もいっしょがいい』というだけの理由でガーネの後ろに隠れた。
「…悪い。何度も『寝ろ』って言ったんだけど、しつこくってもう」
「構いませんわよ陛下。何お飲みになりますか?ワインがよろしいですか?」
カルセがいつも通りの柔和な笑みでディアマントとガーネが座るであろうソファを整え声を掛けると、ディアマントはすぐに嬉しそうにこくりと頷いて見せた。
呆れた顔でガーネがディアマントの手を取り、何かに気付いた様子ですぐにミモゼの耳元に口を寄せた。
「心配すんな、手があったかい。相当眠たいだろうからそんなに持たねーよコイツ」
「まぁ、あらあら」
「寝たら寝たで運ぶし、どうせ俺らも明日があるからそんなに長く飲まねぇよ。侍女長も今朝のお忍びモーニングの支度で早朝から起きてんだし、後は俺が引き受けるから下がっていいぞ。さっさと休め」
「…でしたら、お言葉に甘えてお先に休ませていただきますわ」
「ガーネ!はやく!」
ディアマントにくいっと腕を引かれ、カルセが用意したソファ席にディアマントを座らせそのまま飲み物を用意しに向かった。適当なグラスに適当なワインを注ぎ、自分は適当にオレンジジュースを注いでどっかりとディアマントの隣に腰を下ろした。
「『えんかい』じゃ!」
「『打ち合わせ』の建前のな。つーか、先に始まってんのは良いとして一部完全に出来上がってんじゃん。アメジはベロベロだし、魔導師長なんかもう寝落ちしてんじゃん。いつから飲んでんの」
「1時間くらい?」
「なんにも始まる前に終わるんじゃねーの」
「ほらガーネ、アンタがさっさと明日のこと3分で纏めて話しなさいよ。そんで打ち合わせなんてさっさと終わらせなさいよ」
「ラズリちゃん、珍しく酔ってる?お前なに飲んでんの」
「コニャック」
「見た目だけ14歳なんだから補導されないように気を付けろよ」
「心配しなくても外でなんか飲まないわよ。ほら、『宴会始められない』んだからさっさとしてくれる?」
ラズリの言葉に、ガーネは『今すでに始まっているのはなんなんだ』と言いたい気持ちは飲み込んで『まあいいか』とオレンジジュースを飲んで立ち上がった。
それを見て一同、一応飲んでいる手を止めてガーネに視線を向けた。それぞれ適度に酔ってはいるが、仕事であるためそこまで深酒はしていないようであった。伏せていた魔導師長も顔を上げており、その様子を確認してからガーネは口を開いた。
「明朝マルハチサンマル出立、馬車で移動、現着マルキューマルマル予定。ヒトナナマルマルまでには切り上げて戻る予定。時間厳守遅刻厳禁、なおなるべく軽装、装備は最低限。理由は『現場を見たらわかる』、以上。質問は」
ラズリから3分でと要望のあった内容を30秒で纏めて喋ると、シャンパングラスを手にしたリエーブが「はい」と手を挙げた。
「なんですか母上」
「母様、あなたがディアマントにネックレスと髪留めを買い与えていたお店で見たフローライトの指輪が欲しかったわ」
「はぁ?ならなんで店にいる時に言わねぇんだよ。もう時間が無い、自領で外商呼ぶか明後日帰る前に1人で行って勝手に買ってきてくれ。請求書は俺に回していいから」
「いやだわ、母様あなたと一緒に行きたいのに」
「聞いてた?時間無いって言ってんだろ。店にいる時に言えば買ってやったのに」
「はいガーネ。アミュ、このやきとりもっとたべたい。おかわりをしょもうする」
「厨房に言ってくれ」
「はいガーネ」
「他『ちゃんとした質問』は。アレが欲しかったとかこれが食いたいとか以外で」
「はいってばガーネ!」
「無いようだな、じゃあ明日に響かないように程々にな」
「ガーネ!!」
安定のサイフィル無視を発動し、全員の笑いを誘ったところで翌日の件に関してはある程度は王城で何度か詰めていたこととすでに酒が入っていることから呆気ないほど簡単に終わり、ガーネは改めてディアマントの隣に腰を下ろした。
「…で、なんだバカ。一応聞いてやるが、しょうもないことだったら俺の権限で『処刑10回目』だからな」
「暴君夫婦だ!!」
「ふうふ!」
「うるせー!さっさと言え!」
「ガーネって、北方の領地では宝石売りさばいてるんでしょ?」
「捌いてるわけじゃねぇけどまぁいいや、それがなんだ」
「なんで自分のところで宝石取れるのに、他でも買うの?王都でも何度か宝石商王城に呼びつけてるし、ここでも買ってたし、オエィセでも買ってたよね」
「…なんでって言われてもなぁ。自分がその商いしてるからって全部が全部自分で賄えるわけじゃないだろ。特に宝石なんて、例えば同じルビーでも産地が違うと成分の違いから色味が変わったりもするし、人が変われば微妙な研磨の癖の違いも出る。それと、俺は『管理』はしてるけど『採掘』も『研磨』も『加工』も『販売』も直接携わってるわけじゃない」
「なんか何言ってるかあんまりわかんなかった!」
「もう俺お前と話したくない」
「えー!ひどくない!?」
くだらない話題で大いに盛り上がる中、同席していた近衛の1人がぽつりと「そう言えば総監と聖女様って」と話題を振り、あっという間に交際開始が露呈し馴れ初めを含めた暴露大会になり、どちらが告白したのかやらどこまで進んだのかという話題にシフトしていった。
ディアマントもワインやシャンパンを飲みながら楽しそうに『えんかい』に参加していたものの、次第に船を漕いでぽすりとガーネの肩に凭れかかって小さく寝息を立て始めた。
もう少し完全に寝入ってから運んでやるかと自分の膝に転がすように横にさせて少しの間そのまま寝かせ、適当な頃合いを見計らってディアマントの身体を抱き上げて「お先」と告げてから食堂を出て行った。
翌日は、今回の外遊で『魔女をわざわざ伴った目的』である、東の神殿視察である。




