590話「ケーレイン公国」
「あっガーネ!酷いんだよ女王様が!僕のこといっぱい殺した!」
「たった9回殺された程度でなにを。俺ならお前のそんなクソくだらん話聞かされたら二度と生まれ変われないようにしてやるところだ。俺の女にしょうもねー話聞かせんじゃねーよボンクラ」
「ぼんくら!」
ディアマントが『よくわからないけれどガーネが言っていた言葉』をいつものように言葉の意味もわからずに復唱すると、ミモゼがものすごい勢いで反応して声を上げた。
「陛下!また特務総監様の言葉を真似して!いけませんと何度申し上げたらわかるのですか!」
「またミモゼが妾をしかったのじゃ…なぜ妾だけ怒られるのじゃ…」
「ご本人のお母様がいらっしゃる前で言うのも恐縮ですが、特務総監様を叱ってもまっっっったく響きませんもの!」
「逆に怒られてしまうのよ。困った息子よね」
「なんで俺遠回しに怒られてんの?」
会談前に緊張などディアマントは性格的にしないであろうが、他の面々については『前回のメイジーエとの会談』の諸々の事件のせいか顔には出さずとも空気は妙にピリついていた。空気を読むことが出来ない・しないサイフィルのお陰で若干緩和されはしたものの、部屋移動のタイミングになると再び誰かの緊張が少しずつ全員に伝播していく。
ディアマントもそれがわからないほど鈍くもないし、4000年もの歳月を玉座で過ごしてなどいない。少しだけ様子を見守るように扇を開き、ちらりとヘルソニアとガーネに視線を投げる。双方から小さく頷きを返されると、改めてぱちんと音を立てて扇を閉じた。
その音を合図にするように、一同の視線がディアマントへと集まり、それまでの『砕けた空気』が一変し誰からともなく姿勢を正した。
「ひとつ、お前たちに自慢話をしようと思う」
唐突なディアマントの語りに、締まった空気が再びほんの僅かに揺れた。
「妾の臣下は、妾のものじゃ。妾が動けと言えば動き、妾が止まれと言えば止まる。妾を楽しませよと命ずればなにが面白いのか皆目理解に苦しむ下らぬ話を得意気に語り、そして妾が死ねと命ずればお前たちは死ぬのじゃ。妾の自慢の、選りすぐりの臣下が今日はこの場におる。……よいな、命令じゃ。『妾を信じよ』」
「……はっ!」
「それともうひとつ。今度はお前たちに、『惚気話』をする。とくと聞け」
「………」
「妾の『婚約者』は、お前たちも知っての通り異常な程に頭がよい。本人の努力と研鑽も無論ある。が、この高IQは努力でどうこうなるものではない。それはこの男が『その頭脳を使いこなせるに値する』と、定められたものじゃ。ガーネよ」
「は」
「公国の連中、妾に舐めた口を利いた暁には存分に『わからせて差し上げよ』。よいな。命令じゃ」
「御意に、女王陛下」
改めて空気がひりつくように締まり、いい意味でも悪い意味でも緊張感に重力が増したかのようにずっしりと重くなった。
「お時間でございます」
トーパスの侍従が部屋に案内のためにやって来ると、ディアマントは差し出されたガーネの手を取りゆっくりと立ち上がった。
「ゆくぞ、お前たち。妾を存分に楽しませよ」
「陛下」
「なんじゃガーネ」
廊下を進みながら、ガーネがディアマントへと声を掛けた。
ディアマントは普段と異なり隣を歩くガーネの顔をちらりと見上げ返答をすると、ガーネはディアマントの歩調に合わせたまま少しだけ上体を屈めた。
「お耳を」
ガーネがディアマントに口元を手で隠しながら耳元に口を寄せ、小さな声で何かを伝えた。
その言葉に耳を傾けたディアマントが薄く笑みを浮かべ、小さく頷いた。
「ほう。婚約報道が出た後にも関わらず、『娘』まで連れて来おったか。此度はどんなことを妾に申すつもりか、妾は不安で不安で夜しか眠れぬ」
「ははは、サイフィルより陛下の方が面白いこと言うんじゃないですか」
「当たり前じゃ。妾は世界でいちばん、愛らしく美しいのじゃ。そんな妾が『冗談』を口にするのじゃ、面白くないはずがなかろう」
*****
「新年拝賀の際は『丁寧な挨拶』のためにわざわざ我が国まで赴いて貰い感謝する。此度もよく我が国へ参られた、歓迎する。今回はよろしく頼む」
「本日は帰国へお招きありがとうございます。大変結構な歓迎を、ゲルブ辺境伯から賜っております。今回の会談は陛下とゆっくりと言葉を交わすまたとない機会です、どうぞよろしくお願いいたします」
会談が開始し、ディアマントの含みのあり過ぎる歓迎の挨拶と共にケーレイン公国元首であるシェファレット・ケーレイン大公がディアマントと握手を交わし、報道陣の向けた魔導転写・俗に言うカメラのフラッシュが瞬いた。
冒頭は公開にて互いに当たり障りのない挨拶や歓迎の言葉を交わし、王城侍従長ディーンの「それでは、ここからは非公開となります」の声でトーパスの城の従者が報道陣を引き受けるように案内し、室内は関係者のみとなった。
「改めて、此度はよろしく頼む。ケーレイン大公」
「こちらこそ何卒よろしくお願いきたします、ディアマント女王陛下」
「それと…紹介しよう。妾の婚約者じゃ」
「…ガーネ・ディーム・グリーチェウトです。此度の会談は『同席』をさせていただきます。不慣れでございますので、お手柔らかに」
「は、はは…ご婚約、おめでとう、ございます…」
引き攣った顔のシェファレットが、妻である大公妃バルミューミュ・ケーレインと娘のアガーシィをちらりと一瞥し、ごくごく小さく舌打ちを漏らしたのを、ガーネは聞き逃さなかった。




