589話「『俺はまだ本気出してないだけ』」
辺境伯邸宅の馬車寄せに到着し、ガーネと特務が馬車を降りると少し離れた女王の乗車する馬車の前で、ヘルソニアとリエーブとアミュが佇み、エーリックが困り果ててこの十数分で酷く疲れた顔でガーネを見つめた。
「あーあ、持て余したなありゃ」
ガーネが思わず小さく呟くと、特務の女性陣もなんとなく察しがついた様子で苦笑いを零した。
「参ったな、まだあの野郎と警備の最終打ち合わせがあんのに。あと一応今朝の礼も言わないとだし」
「とりあえず一旦ご機嫌取ってきたら?その後は仕方ないから、引き受けてあげるわ。カルセが」
「わ、わたくし?まぁもちろん構いませんけれど…」
ガーネが溜息混じりに女王の馬車まで近づくと、エーリックから恨み言のように「聞いてた話とちがう」と文句を言われ肩を竦めた。
「そりゃ大変だ」
「他人事だな!拗ねて降りて来て下さらないんだが!」
「あーあ」
「ガーネあのね、ここのとちゅうにけばぶ」
「素敵なドレスが」
「はいはい」
アミュとリエーブの訴えを適当にあしらいながら馬車の中を覗くと、むくれた顔のディアマントがそっぽを向いて座っていた。
「降りねーの?」
「ふんっ!」
「困ったな」
ちっとも困った様子も見せずに『困った』と言いながら、今日はどの方向でご機嫌取りをするかなと思案する。
「ディア、ディアちゃん。おいで」
「ふ、ふんっ」
「俺の可愛いお姫様」
「…ふんっ」
「あーあ、せっかく手繋いで歩こうかなと思ったのに。衛兵総監と手ェ繋ごうかな」
「!!だめじゃ!妾のっ!妾がっ!!」
「なら俺が優しく言ってるうちに早く降りて来いバカタレ」
「むっ!」
ガーネが手を差し出すと、むくれながらも手を取って馬車を降りたディアマントにヘルソニア以外は酷くほっとした顔をした。ヘルソニアは興味も無さそうに溜息を漏らし、ガーネを一瞥した。
「其方、もう少し小娘の躾をしっかりしろ。やかましくて敵わん」
「それは俺のせいなんですかね。猿轡でもさせればいいんですか」
「その後がよりやかましくなるとは思わんのか」
「うーん否めん。とりあえずディアマントは早く来い」
「うむ!」
とんでもなく不敬な会話をした後にガーネが甘やかすように腕を広げると、あっという間に機嫌の治ったディアマントがガーネの胸元に飛び込んだ。
「屋敷の中までだからな」
「ん」
「あ、アクセサリーこれにしたの?似合うじゃん」
「かわいい!?」
「可愛いよ」
紫紺のドレスに出立時に贈ったパパラチアサファイアを合わせた姿のディアマントを報道陣が見える立ち位置に移動してから横抱きに抱き上げ、いわゆるお姫様抱っこの状態で恭しく婚約者とイチャつく姿をわざわざ見せつけながら出迎えに来ていたトーパスの侍従に案内をされて屋敷の中へと入った。屋敷の中はさすがに報道の目が無いため、控え室の前でさっさとディアマントの身体を下ろした。
「はい、じゃあ侍女長と化粧最後直しといてください。特務置いとくんで八つ当たりはサイフィルに。あとは女どもとおしゃべりでもしててください。俺と衛兵総監と近衛総監はトーパスんとこ行くんで」
「うむ!サイフィル、来るのじゃ!なにか妾が愉快になることをせよ!出来なかったらお前は処刑じゃ!」
「急に暴君が過ぎませんか女王様!!」
控室に入ったディアマント以下随行者を見届けてから、廊下の奥の方で腕を組んで軍人の身なりをした男と会話をするトーパスの方へガーネとエーリック、ジェレイドの3人で歩み寄る。
ガーネたちに気が付くと形式的に互いに礼をし、エーリックが一歩前へ歩み出て改めて一礼した。
「此度の公国との会談時の王国側の警備護衛の最高責任者を勤めます、衛兵総監エーリック・ケイト・アウフリッチです」
「こちらが我が領軍の総司令官だ」
「よろしくお願いいたします」
総司令官と紹介された男とエーリックが握手を交わし、ガーネはトーパスへ顔を向けた。
「今朝はお陰様で。陛下も大層お喜びだった」
「報告は受けている。我が領地の長としても、陛下がお喜びいただけたのは何よりだ。しかしガーネ、あの喫茶店の店主に随分包んだようだな。直後に店主が恐縮して、俺のところにわざわざ報告に来た」
「へぇ、律儀な店主だな。まぁ、貸し切り料金と貸し切り中の売上相当額と謝礼と迷惑料って感じだ。なんだ、没収でもしたのか領主様」
「ハ、まさか。貰っておけと言っておいた」
「そーですか。…で、公国の連中。先に来てるだろ」
ガーネの質問の意図を汲んだトーパスが意味ありげに笑い、ガーネだけでなくエーリックやジェレイドへも視線を投げた。
「大公夫妻と、『娘』だ」
「………へぇ。で?態度は『相変わらず』か」
「『相変わらず』だ。そも、隣国ペイヅィケイレイン帝国の皇帝閣下が大層温厚だったおかげで独立国家として成立している国である小国の分際で弁えるということをご存知ないようだ」
「ほー。勘違い野郎を『わからせる』のは昔から得意だからなぁ。新年拝賀でも随分と俺の可愛い女王様に舐めたこと吐かしてたし、ちょっと灸を据えてやろうか。ま、出方次第だけど。ペイヅィケイレインの公用語を『ケーレイン語』と改めちまう『ケーレイン公国様』だからな。……今の元首何代目だっけジェレイド」
「確か、四代目のはずだ」
「ふーん」
「……ガーネ」
「なんだジェレイド」
「君の言う『わからせる』は大分その、穏やかではないのは私も付き合い上わかる。あまり変なことはしてくれるな、戦争の火種に…」
「わかってねーなジェレイド。『ペイヅィケイレイン帝国の皇帝閣下が温厚で成立している』とはトーパスも言ったが、端的に言えば『ペイヅィケイレインにとっても取るに足らない』と言うことだ。現になにを勘違いしたのか、新年拝賀で大層舐めたことを言って見下したトーパスの軍に軍事的に制圧されてるんだ。アイツらはそれをわかっていない。いや、その事実はわかっているのかも知れんが『まだ本気出してないだけ』系のプライドを持っているからああいう態度なんだろ。俺なら恥ずかしくて自国に引きこもって大人しくしてるところだ」
その後は立ち位置や配置などの最終確認を行い、ガーネたちは改めて屋敷内の控室へと向かった。
控室内では、化粧直しを終えたディアマントがサイフィル渾身の『滑らない話』をつまらなそうに聞き、扇をぱちんと音を立てて閉じた。
「サイフィルよ、処刑8回目じゃ。今の話しの何が面白いのか説明せよ」
「え?だ、だって、飲み屋で僕『ビール』って注文したのに出てきたの『烏龍茶』ですよ?」
「解説までつまらぬ。処刑じゃ、9回目」
「えー!?」




