587話「ひみつのおしゃべり」
こんこんと扉を叩く音が聞こえ、ディアマントは顔を上げて声を掛けた。
相変わらずの「俺」という物言いに、ディアマントはぱっと表情が明るくなりベッドから起き上がって部屋の入口へと小走りで向かった。
「ガーネ!」
「だからお前は、なんでわざわざ自分で出てくるんだ」
「お前だからじゃ!他なら出ぬ!」
「はいはい、お姫様」
嬉しそうに飛びつくディアマントの身体を甘やかすように片腕で抱き上げ、空いたもう一方の手で後ろ手に扉を閉めて廊下を進み寝室へと運んだ。
ベッドの上には昼間の散策で最上級に可愛らしくオネダリされたオルゴールの蓋が開いて曲を奏でており、枕元にはシロクマのぬいぐるみがちょこんと座っていた。
「そんなに気に入った?安物じゃん。買い占めるかって聞いたのに遠慮して」
「妾はこれがよいのじゃ…ひとつでよいのじゃ…」
ディアマントの身体をベッドに下ろし、隣に腰を下ろしてネクタイを緩めたガーネに、ディアマントは期待たっぷりに目を輝かせて顔を向けた。
「寝る!?妾といっしょ!?」
「残念だったな、まだ仕事。休憩時間だから寝かしつけに来ただけだ」
「むっ!」
すぐにむくれた顔をするディアマントの身体を半ば無理矢理ベッドに転がし、相変わらず雑に頭部を鷲掴みにしてゆきちゃんをディアマントに抱かせてから上掛けを掛けた。
「これ、オルゴール!」
「知ってるよオルゴールくらい。俺を誰だと思ってんだ」
「?ガーネ!」
「……。…小物入れじゃん。なんか入れんの?」
ゼンマイが切れて音が鳴り止むと、蓋を閉めようと買い与えたオルゴールを手に取ってガーネが初めて中を見た。
ベルベットの敷布でオルゴールの横に少しの小物が入るような構造になっており、静かに蓋を閉じてディアマントへと目を向けた。
「たからものを入れるのじゃ!」
「宝物?……ああ、瑞月貝の貝殻か」
ディアマントの称した「たからもの」の言葉に、前回外遊の水遊びで砂を掘って見つけた貝殻に『ガーネ!たからものが埋まっておる!』と目を輝かせて見せびらかしてきた光景を思い出し、ガーネは薄く笑みを浮かべてディアマントの髪を撫でた。
「…ガーネ」
「うん?」
「妾も、ガーネとひみつのおしゃべりがしたい」
「秘密のお喋り?なんだそれ」
「スメイラとラズリと、あとはヘルソニアも!今日はトーパスともひみつのおしゃべりをした!なんの言葉じゃ!」
「ああ。スメイラとラズリは英語、ヘルソニア様は中国語、トーパスはロシア語」
「妾もおしゃべりしたい」
「だってお前、『なにもわからぬ!』ってドヤってたじゃん」
「妾にはひみつのおしゃべり難しい?」
「うーん、オーソドックスなのは英語か。教えてやってもいいけど、でも俺の英語めちゃくちゃ『軍人英語』らしいからな。それに英語だとスメイラとラズリにも筒抜けるか。まぁラズリも俺の英語全部聞き取れてるわけじゃないみたいだけど」
「どれが簡単じゃ」
「韓国語が多分覚えやすかっただろうなと思うけど、俺は生憎と前世で韓国語は構造理解した結果『すぐ習得できそう』で後回しにして覚える前に死んでるから、俺が教えられる言語でならフランス語か。ドイツ語だと4格3性の構造を理解するところから始まるからな」
「妾はひみつのおしゃべりできない」
あからさまにしゅんとしたディアマントを見て肩を竦め、寝かしつけるようにとんとんと胸元を軽く叩いた。
「交換日記、付き合ってやってるでしょ。今はそれで我慢しろ。ほら、明日朝早いぞ早く寝ろ」
「妾はガーネといっしょに寝たいのに」
「寝るまでは傍にいるから。な」
しかし、日中の街ブラではしゃぎ倒して走り回って疲れたのか、比較的すぐに瞼が微睡み小さく寝息が聞こえてきた。
愛らしい寝顔を見てガーネは上掛けを掛け直してやり、頬にそっと口付けてから静かに部屋を出た。
*****
「おい小娘起きろ!」
「ん、んんー……がーね…おはよ…でもわらわ、まだねむたい…、…まだ4時半なのじゃ…」
「はいおはよう、支度しろ。出かけるぞ」
「陛下おはようございます。さ、お支度とお召し替えをしましょうね」
「みもぜ、まだはやいのじゃ、ねむたいのじゃ」
早朝無理矢理叩き起こされたディアマントは、ミモゼと他の侍女たちによって高速で朝の身支度を済まされた。
まだ眠そうに微睡みながら、淡い水色の愛らしいワンピースに着替えさせられ薄く化粧をし、髪はツインテールに纏めた。
支度が終わるとミモゼに促されるままガーネの元へ連れて行かれ、官服でも騎士服でもなくスーツ姿のガーネに手を繋がれ、そこでようやく少し白んできた空の眩しさも相成って覚醒して来たディアマントは頭の上にいくつもクエスチョンマークを浮かべながら斜め後ろから見えるガーネの横顔とガーネから繋がれた手元を交互に見つめた。
「ガーネ?どこに行くのじゃ」
「すぐわかる」
振り返ると護衛が数名後ろからついてきており、ディアマントは再度小さく首を傾げた。
そうして辿り着いたのは1軒の店で、ガーネに引かれるままに共に店内に入るとコーヒーの香りと紅茶の香りに混じって、バターの香りや木の香りに包まれた。ガーネが引いた椅子にちょこんと腰を下ろし、訳がわからないまま物珍しそうにぐるりと店内を見回した。店内は椅子とテーブルがいくつか並んでおり、奥のカウンターの向こうから初老の男が少し緊張したような顔ながらも柔和な笑顔で近寄って来た。店内にはこの男と、ガーネとディアマントしかおらず静かな空間に、コーヒーサイフォンのこぽこぽと言う小さな音の時計の音だけが静かに奏でられていた。
「おはようございます。ご注文はお決まりでしょうか」
「『モーニングセット』2人分、2人とも紅茶で」
「かしこまりました」
ガーネが通した注文で、ディアマントはようやくここが『喫茶店』であることを理解してガーネを見た。
「もしかして、『モーニング』?」
「そ。来てみたかったんだろ?王都だと色々と難しいからな、昨日トーパスにゴリ押ししたんだ、『婚約祝い』らしいぞ」
「…!喫茶店!モーニング!妾、はじめての『モーニング』じゃ!!」
嬉しそうに目を輝かせたディアマントの前に、店主が紅茶とトースト、ゆで卵とバターというオーソドックスな喫茶店モーニングセットを配膳し、にこりと笑って小さく一礼した。
「ごゆっくりおくつろぎ下さい、『お嬢さん』」




