583話「スイートデリシャスプリティーレディ・キューティーちゃん」
「陛下、長旅お疲れ様でございました。少し休憩をして、お召し替えをいたしましょうね」
ミモゼがディアマントの外套を丁寧に畳んで腕に持ちながら柔らかく笑みを浮かべて声を掛け、ディアマントは小さく頷いてから広間で随行者へと指示を出すガーネの傍に近寄って袖を引いた。
「ガーネ」
「どうしましたか陛下」
完全に『外向け』仕様になっているガーネに少しだけむっとしたディアマントではあったが、ガーネと同じようにディアマントも『この男の崩し方』は熟知している。
「この後は、妾とおでかけ?」
「はい。ゲルブ辺境伯との晩餐があるので夕方前には戻る予定ですが、前回滞在した時よりも時間は確保しております。お召し替えが終わった頃合いにお迎えに上がりますので、お部屋でおくつろぎ下さい」
「むっ!」
ディアマントの想定では『そうだよ俺のお姫様、俺のためにどんな可愛い服を着てくれるのかなお姫様今日も可愛いねマイハニー愛してるよ可愛い小鳥ちゃん』と言ってくれる手筈が、とんだ大誤算であった。
「あー、妾、どんな服着ようかなー」
「侍女長と一緒にお選びください。少し歩くので、あまりヒールの高い靴は駄目ですよ。見栄えが悪いので抱き上げませんからね」
「むっ!」
またもや誤算でディアマントの脳内ガーネは『お前はなにを着ても可愛いよ愛しいハニー今日も可愛いねスイートデリシャス可愛い子ちゃん』とデロデロに甘やかす予定だったため、ディアマントはむくれた顔でガーネを睨みつけた。なお、ガーネはそこまでの糖度の高い台詞を吐いたことは生涯で一度も無いため全てディアマントの中の『脳内ガーネ』である。
しかしガーネの方が当然ながら数枚以上上手であり、ディアマントの表情や妙に『褒め待ち』への期待値が爆増し、普段よりもどこか構ってちゃんと承認欲求が突き抜けているディアマントの『脳内美化ガーネ』のような仮想存在が期待する言葉を吐いて現実でもそれをガーネに言ってもらおうと画策しているなどということは想定内であった。そも、この女は『恋愛指南書』がわりにベタベタな恋愛小説を好んで読む傾向がある。今朝出発前に迎えに行った時に呼んでいた小説の表紙にあった『愛されお姫様は今日も溺愛される』といういかにもなタイトルから、おそらくこの女の中で自分がベタベタに甘やかして『何を着ても可愛いよ、似合うよ、愛してるよお姫様』などと言うことを期待しているであろうことはお見通しでる。ただし、ディアマントの脳内ガーネが『スイートデリシャスプリティーレディ・キューティーちゃん』などとふざけたことを言っていることは想像の範疇を何億光年も超えた事象であった。さすがに想定外である。
────そんなこと言ってたまるか。
可愛いのは否定しない、望むのなら何回でも言ってやりたい。自分も本人もわかっていながらも何百回でも何千回でも可愛い・愛してると言って甘やかして可愛がりたい。
だが、ガーネの脳裏には『想定外過ぎる』報道写真がまとわりついて離れなかった。挙句、どういうわけか中高年の女性が増え『ガーネ君』呼ばわりはまだしも『あらかわいい!』はどうにも納得がいかなかった。かっこいいと言われ慣れてはいるが自分自身がかっこいいと思っているわけでは当然ない。未だに『職業フィルター』『制服フィルター』『役職フィルター』でかっこいいと言われていると思っているし、騎士服はさておいて憧れてなった職業である警察官の制服はプライドもあるため自分でもかっこいいとは思っている。しかしイコールそれを着た自分への評価ではないと常日頃思っている。それに輪をかけて『かっこいい』はともかく『かわいい』は納得がいかない。全ての元凶はあの写真である。あの顔である。故に、断固として人前でディアマントを甘やかしてはいけないと固く固く決意しているのであった。
────なんでもいいがその『むっ!』ってなんだこの可愛い生き物。可愛い。え、可愛くない?なにこれ。この可愛いの俺の嫁?あ、まだ結婚してねーか。そんなこと言ったらまたコイツ『おくさま』になりたがるな、なんだよ『みなに妾を紹介せよ』ってバカかほんとば可愛いな。いや待てそんなに俺の嫁になるのが嬉しいのか。ハァ?なにコイツ可愛い。はー、これが俺の嫁になるの?ほんとに?え、なんで急に笑顔になってんの百面相過ぎねぇか。あー、かわいい。なにこれほんと可愛い。食いたい。ちょっとだけでいいから、先っちょだけでいいから食いたい。いやなんだ先っちょって。なんでもいいから食いたい可愛い食いたい。えー、可愛い。今すぐ食いたい。
「うふふ!ガーネは妾がだいすき!」
「は?いや、お慕いしておりますが。なんですか、早く着替えないと時間無くなりますよ」
「ガーネ、可愛いのとセクシーなのどっちが好みじゃ!」
「可愛いの」
「さようか。ミモゼ、部屋に行く!」
「ふふふ、はい陛下。『可愛い』お洋服にお召し替えいたしましょうか、うふ、……ふふふっ」
「…?なにアイツら」
「アンタ、全部顔と声に出てたわよ。『なんでもいいがそのむってなんだこの可愛い生き物』から『今すぐ食いたい』まで」
「え」
*****
軽食を取って少しの休憩の後、ディアマントはフリルのとレースのあしらわれたキャメル色の膝丈のワンピースとローヒールのストラップシューズ、アクセサリーはこの地での前回外遊の際に店先で眺めていたらガーネが夜に買ってプレゼントしてくれたロイヤルムーンストーンのピアスとロイヤルブルーサファイアのチョーカーを付けてガーネが部屋に来るのを待っていた。
少しして部屋のドアがノックされ、ミモゼが応答に向かい、騎士服から官服へ着替えたガーネとともに部屋に戻って来た。
「お迎えに上がりました、陛下」
「妾、かわいい?」
「可愛い。なにその髪、見たこと無いやつ。可愛いじゃん」
「ミモゼがしてくれた!みつあみで『ドーナツヘア』じゃ!」
「へー、可愛い。その可愛いのに似合う髪飾りも買ってやろうな。なんでもいいけどアクセサリー『それ』?安物じゃん」
「むっ!妾、これがいいの!付き合う前にガーネがくれたやつじゃ!」
「付き合う前だし俺も家督継ぐ前だったから安物なんだけど。まぁいいや、じゃあ別なアクセサリーも買ってやろ。ほかは何が欲しい、何でも買ってやる」
「うふふ!ガーネ、妾のことやっぱりだいすきじゃ!」




