579話「ノー・サプライズ・ゼア」
「うーん、うーん……」
顔を真っ青にしたガーネがしきりに姿勢を変え顔の向きを変え目線を変えを繰り返して唸っていたのは、駅を出て僅か15分後のことであった。
「…ガーネ」
「うーん」
「気持ち悪いのか」
「うーん」
「妾の膝枕で寝る?」
「うん、……いや、うーん、横になるともっと気持ち悪い、でも膝枕は捨て難い、うーん」
ミモゼがラズリから事前に預かっていた『馬車酔いセット』を確認し、エチケット袋と冷たい水をガーネに差し出した。
「特務総監様、お飲みになれますか」
「うーんうーん足の綺麗な年上の可愛い小娘みたいな彼女の口移しじゃなきゃ飲めないかな…」
「大人しくお飲みなさい、陛下になにをさせるおつもりですか」
「ハイすみません」
ミモゼにぴしゃりと叱られたガーネは年相応にむくれた顔をして水を飲みはしたものの、気持ち悪いものはどうしようもなく真っ青な顔色のまま遠くを見つめた。
「……特務総監様、大丈夫ですか」
あまりの様子にジステルも少しばかり不安そうに声を掛けると、ガーネはちらりと視線だけ向けて今一番『気持ち悪さがマシに感じる』体勢を取って返答した。
「…心配しなくても、護衛には支障はない。鼻も生きてるし耳も聞こえる。気配もわかる。三半規管がイカれてて銃撃になれば照準ブレそうではあるが、酔ってるなりの感覚の合わせ方は出来るから的が人間なら問題なく即死させられる。魔獣だと怪しいけどまぁ対処は問題ない、始末出来る」
「いえ、そういうことではなく」
「どういうことだ。ゲロの話か。さすがに特務連中ならまだしも陛下がいるこの密室空間でゲロしねーよ」
「……危険そうでしたら、何卒早めの報告を…」
顔の引き攣ったジステルと蒼白のガーネの顔を交互に見て、ディアマントは小さく息を漏らした。
「…前回西に赴いた時も思ったが、こういう主要都市間は直通の路線を整備すべきじゃな。前に東に行った時も乗り換えも中継宿泊もあって大変だったしの」
ディアマントが隣に座るガーネの手を握り霊派の乱れを整えるように自身の霊力を注ぎながら窓の外を見つめた。
「『そういうの』も視察するための外遊なんだから、実際に陛下が自分の目で見てどこのインフラ整備に税金を使うのかも含めた判断したらいいんですよ。……というか、南北と西はほぼ直通通じてんのになんで東は直通無いんですか」
鉄道路線整備に前向きなディアマントにガーネも返答をしたが、ふと思い出したように疑問を投げた。ディアマントは質問を受けて少し記憶を辿るように黙ってからちらりとヘルソニアへと視線を投げた。
「たしか、500年ほど前に一度他の地域と合わせて整備の話が持ち上がったはずじゃ。だが当時のジェニウス区を守護しておった領主が妾に反発的で、『王城の力は借りぬ』とそっぽを向いたので東への直通路線整備は見送ったのじゃ。お望み通り東は放置して、他だけ整備を進めたのじゃ」
「へー。お前のアンチ貴族なんかいたのか」
「フン、とっくに没落しておるがの。そも、連中が妾に反抗的だったのも逆恨みじゃ」
「陛下に婚姻の申し込みをして断られたことで他の貴族もせっついて暴動を起こそうとしたんだが、結局賛同を得られないどころか自爆的に没落したな。ローウェン子爵家のような感じか。ゲルブ家があそこを統治するようになってからも特段路線整備の話しが持ち上がらないから、なんやかんやと有耶無耶ではあったな」
「へー。なんでもいいけどどっちにしても酔うなら汽車が一番マシだ、次点が自分で馬に乗るのが酔わない」
馬、と聞いて顔を向けたディアマントが、何故かものすごく得意気な顔で大見得を切った。
「妾も馬!乗れる!」
「見栄張るなっつーの。記者会見の後に『初めて』乗って、その後何回かしか俺付き合ってねーぞ」
「淑女の嗜みじゃ…」
「……なら、外遊終わったらな。俺がいる時以外は一人で乗るなよ危ないから」
「うむ!」
嬉しそうに笑みを浮かべたディアマントにガーネは『次はなにしたら喜ぶのかな』と、少しずつ酔いの落ち着いて来た体勢を整え直した。
目前には、今夜の宿泊予定である中継地の城門が見えてきた。
*****
「ガーネ様、あの、……連日申し訳ございませんが、少しだけお時間いただいてもよろしいでしょうか」
宿泊地に無事に入り、ディアマントが侍女たちと部屋で着替えと湯浴みに向かった。ガーネは責任者として一頻りの警備配置の指示を出し一段落したタイミングで、申し訳なさそうに眉尻を下げたカルセに袖をそっと引かれた。
「どうしたカルセ」
「あの、……陛下と、ガーネ様に…」
「……声掛けて来る。だめとは言わないだろ、ちょっと待ってろ」
「ありがとうございます…!」
廊下を進み、警備の近衛の横を抜けてディアマントの宿泊部屋の扉を叩いた。
「……誰じゃ」
「俺」
すぐに奥の方からとてててっと軽い足音が聞こえ、扉が向こう側から開き、満面の笑みを浮かべたディアマントがわざわざ出迎えた。
「ガーネ!」
「なんでわざわざお前が出てくるんだ」
「うふふ!」
嬉しそうに笑ったディアマントの顔を見て、色々とすっ飛ばしそうになったガーネではあった。しかし、部屋まで来た理由を告げるために一応ディアマントの様子を確認した。
「湯浴みも終わったのか」
「うむ。もう寝支度もして侍女は下がらせたのじゃ。ガーネ、妾と一緒?一緒に寝る?」
「寝ない。ちげーよ。寝支度したのか…うーん」
「?なんじゃ」
「カルセが話したいって」
「妾なら構わぬ。呼んで参れ」
「わかった、……じゃあ呼んでくるから何か羽織って待ってて」
ガーネは一度ディアマントの部屋から下がり、少し離れた特務の控室の前の廊下で佇むカルセを見つけ歩み寄った。
「カルセ、『いいよ』だって」
返答を受けたカルセは顔を上げ嬉しそうに表情を綻ばせ、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます!…ええと、では…10分後に、陛下のお部屋にお伺いいたします」
「わかった。ちなみに、俺は同席してていいのかどっちがいいんだ」
「ガーネ様と陛下、おふたりに」
「りょーかい、じゃあ先部屋行ってる」
要件は1つしか思い当たるものはないものの、改められると内容までは想定がつくようでつかないカーネは首を傾げながら一足先にディアマントの宿泊部屋へと向かった。




