576話「女の勘騒動」
「というか、ディアマント。ずっと気になっていたんだが、侍女長と侍女たちに持たせたお前の手回り品では明らかになさそうなあの大荷物はなんだ」
「ふふん、あれは『おもちゃ』じゃ!せっかくだからみんなで遊ぶのじゃ!トランプとウノと、あとはチェスとダーツとオセロと…」
持ち込んだ大量の玩具を得意気に紹介するディアマントに、特務も衛兵も思わず閉口してちらりとガーネを見た。想定通り、当然のように眉を寄せたガーネが腕を組み有無を言わさず玩具と並べる腕を掴んで制止させた。
「待て待て待て。遠足かお前は。移動時間は仕事だぞ」
「いやじゃ!みんなで遊ぶのじゃ!」
「遊びに行くんじゃねぇっつの。ヘルソニア様、それと女官長と侍従長、一旦この後は『予定通り』でいいですか」
「構わない」
「なら特務は指示があるまで休憩。ただし適宜車内点検や周辺警戒実施。魔導師と巫術官と連携しろ。それとカルセと…誰か女性隊士…、あー、お前でいいやエヴェリーサ」
「はい」
たまたま目が合った衛兵の五番隊長である女性衛兵・エヴェリーサがガーネに名前を呼ばれ短く返事を返すと、ガーネが先程からずっと握りっぱなしだった剣帯から抜いた剣を差し出したのでそれを受け取った。
「保管庫、下車するまで入れといて。で、カルセに場所伝えて。カルセは下車する時の保管庫から出して俺んとこ持って来い」
「かしこまりました。聖女様、参りましょう」
「……待って。なにかわたしの『女の勘』が働くわ。…エヴェリーサさん貴女、おいくつかしら」
リエーブが何か思うところがある様子でエヴェリーサの前に立ち、上から下まで視線を這わせて問いかけた。意図がわからずエヴェリーサも首を傾げながら「24です」と短く答えると、リエーブは「ふぅん」と頷いてガーネを見た。
「ガーネ」
「…ものすごく碌でも無いことしか言われなさそうな予感だけど一応聞きます。なんですか母上」
「貴方、このお嬢さん『好みのタイプ』でしょう。母様にはわかるわ」
「………」
「このみのたいぷ」
「わ、リエーブ様着眼点がさすがですね、その方実は、」
「スメイラ貴様余計なこと言うな!」
ガーネが慌てて止めるものの、一同の視線はエヴェリーサへと注がれた。
衛兵隊士らしく鍛えられてはいるものの、女性らしい華奢さと可愛らしくも美人な顔立ち、なにより聡明そうでガーネから見て『年上』の女性である。
特務一同は『元カノ』として見たことのある『リル』、それから少し前まで王城勤務をしていた『ファル』を思い出し、成程好みの系統だと小さく頷いたのであった。
当然ディアマントは面白くなさそうにエヴェリーサを見遣り、女王からの視線を受けたエヴェリーサはガーネに助けを求めるような視線を向けた。
「ガーネ、なぜこの娘を名指しで呼び止めたのじゃ」
「目が合ったから」
「なぜこの娘を指名したのじゃ」
「目が合ったからって言ってんだろ!それと、カルセにも衛兵にも配慮したんだよ!男女で行かせて何もあるわけないとは思いつつも『こういうこと』があったら予期せぬ飛び火があるだろ!『こういうふうに』!!」
「なぜこの娘の名前を知っておるのじゃ!」
「あーもううるせーな!元カノだよ!!俺の!!15の時の!!5年前に付き合ってた!!俺『が』フラれたの!!!もういいかな!!!」
「え、ガーネそれ言っちゃうの」
「どいつもこいつも余計なことしか言わねぇからな!!しつけーんだもんこの小娘!!」
ディアマントの詰問に当然誤魔化すことも出来はしたが、『こう』なったディアマントはとにかくしつこい。納得するまで次の日でも翌週でも詰めてくる上に、『スメイラは何故か関係を把握している』ことから早々に白状したガーネに突然槍玉に挙げられたエヴェリーサも困惑した様子でガーネの剣を握った。
元カノ、と聞いてディアマントは一層面白くなさそうに嫉妬に満ちた目をしたものの、『ガーネがフラれた側』と知り興味が急激に別方向へと舵切りされてしまった。
「フラれた。ガーネが。なぜじゃ」
「知らねぇよ、なんでか毎回同じ理由でフラれるんだ。俺が自分から振ったのはローウェン子爵の娘のファルだけだ。大体、俺のことが好きだなんだって告って来たのはコイツ含め全員女の方からだぞ、なのになんで俺がフラれるんだ。絶対値はディアマントと比較にならないとは言え、当時なりに俺はその時の彼女のことはそれはそれは大事にかわいがってたのに」
自分がフラれた理由が納得がいっていない様子で恨みがましくエヴェリーサへと視線を向けると、リアルにガーネを振った張本人が目の前にいると一同興味深そうに凝視した。
「ふむ。エヴェリーサよ、女王命令じゃ。なぜガーネを振ったのか妾に教えよ。自分の婚約者贔屓ではあるが、この男は顔も頭もいいし金もある、当時は『グリーチェウト』の家の名前は使っていないにせよ、ロット家もそこそこ平民のわりには裕福な家柄であろう。なぜフラれるのか、妾は純粋に興味がある」
「……えぇと…」
言っていいのか。と言わんばかりに困った顔をしたエヴェリーサを見てガーネはもはやこの場はこれ以上どうにもなりようがないと諦めた顔でディアマントの隣に腰を下ろし、深々と溜息を漏らした。
「…こ、この男、とんでもない束縛DV男なんです」
「はぁ?」
「でーぶいとはなんじゃ」
「友達と遊びに行くと言えば、『誰と・何時から・場所は・帰宅予定時間は』って逐一確認して、ちょっとでも帰りが遅くなると『なんで報告しないんだ』『迎えに行く』『俺も行く』とか…あとはたまに男の子と雑談してたくらいで全くなにもやましくないのに、『あの男はどこの誰だ・何を話した・どうしてお前と話す必要がある・要件は』って細かく聞いてきて、ちょっとでも矛盾があると『さっきはこう言ってた』って真顔でこんこんと理詰めして来て……それから、予定も全部教えないと『教えない理由は・俺に言えない予定なのか』ってなるし、予定が無かったら一日中構い倒されて…、性欲も強いし愛が重いし、とにかく怖いんです」
「怖くねーよ失礼な女だな。自分の大事な可愛い彼女だぞ、帰り遅いと心配だろうが。それに、俺と付き合ってんのになんで他の野郎と話す必要があるんだ。予定もそうだ、お前の予定知らないと急になにかあった時に対応出来ないだろ。ついでに言うと自分の彼女抱いてなにが悪いんだ」
「あと『そろそろ生理だろ体調大丈夫か』って気遣ってくれるのはさておいて、月経周期まで把握されてて怖かった」
「彼女の体調の変化くらい見るだろ。特務の女連中の生理も把握してるけど俺」
「げ」
「え、全然変わってなくてビビるんだけど。ほんとアンタ怖い。最初は優しくてかっこいいし良かったけど、とにかく重いのよ」
ディアマントはエヴェリーサの言葉を聞いて2人及びガーネの口ぶりから過去の交際相手が軒並み同じような理由でフラれていると知り、意味がわからなそうにちょこんと首を傾げた。
「……?それのどこが変なのじゃ?ガーネはいつも、妾に近侍朝伺に来た際は毎朝その日の来客予定や対応時間を確認するし、向こう1ヶ月の予定も全て把握しておる。妾の月のものの周期も把握して公務の調整もするし、王城内であっても散策するときは『着いていくから声をかけろ』と申す。いつも通りだし、『普通』じゃ。それに、妾、ガーネが一緒だと嬉しい。庭園の散歩も、王城内の散策も、全部ガーネが一緒じゃ。性欲は確かにまぁ強い?のか、妾はよくわからぬが、暇があればこの男は笑ったのことを可愛い可愛いと抱き締めてキスをして肌に触れて妾を求めるのじゃ。あと、夜寝る時は絶対に妾に腕枕をしてずっと妾のことを抱き締めて眠るし、たまにこの男は妾に甘えて来るのじゃ!妾の膝枕が大好きで、喜んで転がってすぐに寝てしまうのじゃ。寝起きは妾の腰に抱きついて『お姉さん』と言って甘えてくるのじゃ、可愛いのじゃ!だから妾は愛されておるし、『恋人は片時も離れない』と本にも書いてあったのじゃ!」
「ほら見たことか。『普通』だよ俺は。……なんか貰い事故でとんでもねぇ公開処刑された気分だけど」
特務とミモゼはガーネのDV気質に気付いてはいたが、一般女性であれば相当に重いガーネの恋愛観であるもののこれが『女王の近侍護衛』として成立してしまった挙句にディアマント自身は『男女交際はガーネが初めての相手』である。当然、ガーネもこの様子では意図していないものではあるものの、しっかりとガーネ仕様に教え込まれて『当たり前』と思い込んでいる元来構ってちゃん気質の『女王』のディアマントとは、なるべくしてこうなったのかもしれないと静かに思ったのであった。
「もうなんでもいい、時間は有限なんだ。さっさと次の仕事に取り掛かるぞ…」




