573話「仕込み」
「エナ」
随行者と準備を手伝う留守番の侍従や侍女、その他下働きが忙しなく動く中で、ガーネが自分の部屋付きであり侍女長ミモゼの娘であるエナの姿を見つけて呼び止めた。
「はい、ガーネ様。お呼びでしょうか」
「『準備』は」
「出来ております。母…、いえ、侍女長にも共有済みでございます」
「そうか。悪いが1件仕事を頼んでいいか。優先順位低かったもんでバタついて後回しにしてたらすっかり忘れてた案件が1個あって」
「もちろんでございます。私が仰せつかって差し障りはございませんか?」
「差し障ったら頼んでねーよ。…俺の『家』に、俺の名前で指示書を出して欲しい。宛先は俺ん家の執事ウェイゼ・ニーベン・サンフィート。内容は『関連企業及び同業他社は4割増、一般は2割増』」
ガーネの言葉を漏らさないようにポケットからメモ帳を取り出しペンを走らせていたエナであったが、思いの外書き取るほどの内容でもない指示にすぐに顔を上げて隣で意味がわからなそうにしているディアマントと共に首を傾げた。
「それだけ、ですか?」
「ウチの執事ならそれでわかる。悪いが出立後至急頼んだ。────…よし。全員、表出ろ!整列準備!周辺警戒、最終準備!」
「はい!」
相変わらずよく通るガーネの低い声が玄関ホールに響き、一気に空気が引き締まる。
見送りに来ていたエーリックの妻ヴィオリーは、プルデミの小さな手を握り邪魔にならないように他の随行者の家族と共に端の方へと避けた。
「ぱぱー、はやくかえってきてね、…わぁぁーんっぱぱぁー!!プルデミもいく!いっちゃやだぁー!!」
「はは、…参ったな。パパ仕事滅茶苦茶行きにくいじゃん。いい子で留守番してろ、ちゃんと『おみまい』買って来るから。…ヴィオリーは何かあったらすぐ城に連絡しろよ、身重なんだから無茶はしないでくれ」
「アンタも、怪我して帰ってきたらぶん殴るからね。…いってらっしゃい」
プルデミにつられて見送りに来ていた数家族の幼子も同じように涙ぐむ様子を見つめ、ディアマントはミモゼに促され最終準備をするために控室へと足を向けた。
*****
「おい!転写機準備出来てるか!王城関係者出てきたぞ!」
普段であれば、女王の乗車する馬車は馬車寄せの玄関ホールに一番近い場所で待機させている。
しかし、今回は敢えて一番遠い場所へと馬車を配置し、手荷物と身体検査をパスした民衆と報道が両脇の道を挟むように、馬車寄せまでの十数メートルの距離を設けていた。
その民衆の飛び出しやらを防ぐように、随行しない衛兵がバリケードのように並ぶ前に、随行者一同がずらりと整列した。
記者たちは一斉に、渦中の『女王陛下』と『つい先日不倫報道の出た婚約者』の婚約発表後初めての公式のツーショットを期待して魔導転写機・俗に言う『カメラ』を抱えて待ち構えた。
「……、あれ、おい、あそこの美人!真珠灰色の髪の女!例の『不倫相手』じゃないのか!」
「ほんとだ!撮れ撮れ!」
『ガーネの予想通り』リエーブの存在に報道が騒然とする。
それもそのはず、『不倫相手』として報道されたにも関わらず、当の本人は至って涼しい顔で左手薬指に輝く結婚指輪を隠しもしないまま、堂々と『随行者列』に整列して立っているのである。
報道陣が一斉にリエーブにレンズを向け、フラッシュの閃光が瞬いた。
「…でもあれ、特務総監に顔似てねぇか」
「そんなまさか、だって『事前の調べ』では実父母とは5歳前後で死別して、養父母も事故死って」
少しずつ周囲がリエーブの存在にざわめきを見せ始め、報道陣の言葉が聞こえた一般民衆も報道のあったリエーブへと視線を集めた。
頃合いか、と判断したスメイラが、首元のスカーフを直しながらリエーブに近付き声をかけた。
「『嚆矢の魔女』様、立ち位置変更にご協力いただけますか」
「『誰の指示』かしら」
「『特務総監様のご命令』です」
「そう、わかったわ。どこに行けばいいのかしら」
「反対側の、あの区画に。『終焉の魔女』様も、お願いいたします」
「アミュ、行きましょう」
スメイラの呼びかけと会話も、当然背後にいる報道陣には聞こえている。国に2人しかいない『魔女』の存在に、一気に周辺が畏怖の感情で騒がしくなる中で、スメイラの誘導でリエーブとアミュは先程までいた場所の対面側の、『ガーネとリエーブの不倫報道をスクープしたゴシップ系週刊誌の記者の近く』へと配置を変えた。
「『嚆矢の魔女リエーブ』様、『終焉の魔女アミュ』様。間もなくかと思いますので、今しばらくお待ちください」
「構わないわ、ねぇアミュ」
「うん」
スメイラが『ガーネの伝言』として伝えた『事前台本』の通り、配置を敢えて週刊誌の正面で存在を認知させてから週刊誌の一番近くに配置を変更させた。
相変わらず涼しい顔で待機するリエーブとアミュの存在と、その周辺を纏う独特かつ異質な空気に、最近でこそ慣れたとは言え『やはり彼女たちは魔女なのか』と改めて警備の衛兵は緊張で唾をゴクリと飲み込んだ。
ほどなくして、ガーネが最終配置確認のために王城から姿を現すと、単純に顔が良いという理由で集まった女性陣の黄色い声と名前を呼ぶ声に混じり、『ご婚約おめでとうございます』や『こっち向いて』などまるでアイドルの出待ちのような声援に特務の面々はなんとも言えない顔でガーネを見つめた。
顔はいい。頭もいい。そして強い。
直近昇進した、『警察公安の警視』という肩書と、王城内の『特務』の長・特務総監とその権限を動かすための『王命執行最高責任者』、そして国唯一の騎士称号である『王室近衛騎士』の肩書。
家柄も、実際に貴族として爵位はないにせよ国の重要旧家の一つの当主であり、家格は『公爵家相当』。
これだけ見ても、『女王の婚約者』として何ら問題はない。
これだけあるのに、世間の一部では『女王との婚姻は権力狙い』、『即位4000年以上独身の純真無垢な女王陛下を手籠めにし、愛のない野心たっぷりの政略結婚』とガーネに対しての悪評があることもまた事実であった。
「配置、そこもっと詰めろ。隙間作るな。随行者は陛下の馬車乗車後速やかに移動出来るように事前通達の通り動け、各隊長及び部門長の指示に従え」
「はい!」
「馬車の点検は」
「問題ございません」
「補佐官!沿道の警備状況と駅の封鎖状況の報告」
「はい、沿道も駅も、予定通りです特務総監。それと…」
馬車の通行予定場所の警備状況の報告を受けたガーネは『次の予定』に移ろうとするも、スメイラが耳打ちしたいジェスチャーをしたことから少し身を屈めて耳を傾けた。スメイラは口元を手で隠しながら小さな声でガーネに端的に要件を告げた。
「『予定通り』、例の週刊誌記者の前に配置完了。魔女の存在認知も概ね問題無し」
「そうか」
それだけ聞くと、ガーネは満足そうに頷いてから視線をリエーブの方へと向けた。
「……母上、よろしいですか」
「なにかしら」
「アミュも、ちょっと」
『母上』と民衆及び報道陣の前でリエーブを呼び、口調は『良家子息』らしい丁寧なものではあるものの、指先で『来い』と示すような動作は普段通り横柄そのものであった。
リエーブとアミュは指示通りガーネに歩み寄ると、ガーネは口元を隠しながらリエーブとアミュに何かを伝え、アミュがにこりと笑みを浮かべて深く頷いたのを確認して改めてガーネは玄関の方向へと足を向けた。
それを確認してリエーブとアミュは元いた場所へと戻ろうとするも、ふとガーネが足を止めて再度振り返った。
「あ、リエーブとアミュ。お前ら、やっぱ向こう立ってて。予定変えるわ、特務の馬車じゃなくて『女王の馬車』に乗れ。女王護衛だ、いいな」
「…御意に、特務総監閣下」
「はぁい、アミュもあっちいく」
そうしてリエーブとアミュは女王の馬車に同乗するために一番目立つ場所へと立ち位置を変更した。
ガーネの目論見通り、報道陣及び民衆に『不倫報道のあった女』が随行者列に整列している事実を見せつけてから、スメイラの声掛けで『魔女』であることを露呈させる。それからガーネが『魔女を母と呼ぶ』、挙句『女王直下の最高権力者として魔女にも命令を雑に出す立場』であることまで言葉での説明も無しに、わざわざ釈明のための記者会見を開くこともせずに状況を利用して全て解決したのであった。




