572話「出立の朝」
「おこめちゃん」
ぴ、と小さく鳴き声を上げ、ディアマントの部屋をとてとてと小さな足で歩き回る真っ白で丸々と太った小鳥、霊翼鳥『おこめちゃん』。無事にラズリの指南により、ヘルソニアには内緒にしたまま使役契約に成功したディアマントは、外遊出立の朝いつものようにおこめちゃんを呼び、指先を差し出した。
ちょんとディアマントの華奢な指先に飛び乗ったおこめちゃんが再度小さく鳴き声を上げて嘴で指先をつつく愛らしい姿を見て、ディアマントはガーネに買ってもらったお気に入りのシロクマのぬいぐるみのゆきちゃんを抱き締めたままおこめちゃんを眺めた。
「おこめちゃんも、妾とお出かけする?」
「ぴ」
「なら、おこめちゃんも出かける支度を」
「いけませんよ陛下」
「ひぇ…」
朝の支度に訪れた侍女長ミモゼに目敏く見つかり、ぎくりと肩を揺らしたディアマントがむくれた顔をしてミモゼを見上げた。
「でも、おこめちゃんが」
「おこめちゃんはお留守番ですわ陛下。さ、支度を始めますわよ。おこめちゃんは他の留守番の侍女に託してくださいませ」
「ご安心ください陛下、おこめちゃん様はわたくしどもでしっかりとお世話いたします」
「うむ…」
「ぴ」
侍女たちの話を理解したらしいおこめちゃんは、落ち込むディアマントの顔をじっと見上げて首をちょこんと傾げる動作をした後に翼を広げて羽繕いをする。一本の羽を嘴に咥え、ディアマントに差し出すように突き出すと、ディアマントも首を傾げながらその小さく真っ白な羽を指先に受け取った。
「妾にくれるのか?」
「ぴ」
「ふふ、ならおこめちゃんの代わりにこの羽を連れて行く。妾の部屋の守護はおこめちゃんに託すのじゃ」
「ぴ」
「ミモゼ、おこめちゃんの羽を連れて行く。入れ物はあるか」
「ご用意いたします」
*****
「まぁ。記者も人もいっぱいだわ」
「ほんとだ、ごみがひとのよう」
「やだわアミュ、逆よ」
「まちがえた。なんでにんげんいっぱいいる?」
「陛下とガーネくんの婚約報道のあとの初めての公式ツーショットですからね。…それと、そのぅ……例の『不倫騒動』も一因かと」
「まぁ、困ったわ」
「……リエーブ様、ガーネくんから伝言が」
「あら、何かしら」
王城前広場に集まった民衆や報道陣、少し遠くの方では門衛や魔導師・巫術官らが王城敷地内に立ち入る人間の手荷物検査や身体検査を行う様子をリエーブとアミュが物珍しそうに眺めているところに、スメイラが声を掛けに近寄った。
こんこんこん、と静かに扉がノックされる音が響き、ディアマントは顔を上げて声をかけた。
「入れ」
「失礼いたします」
ガーネが扉を開け一礼すると、しっかり騎士服で正装に整えたガーネがディアマントの着飾った姿を見ようと顔を上げた。ディアマントはゆきちゃんを抱いたまま数歩歩み寄り、いつものようにくるりと回ってからドレスの裾を持って首を傾げた。
落ち着いたシックな黒のレースのストレートラインドレスに、ガーネのネクタイと同じロイヤルブルーのリボンを髪に編み込んで纏め上げている。
右手の中指には最近ずっと付けている、ガーネにルースを贈られ自分で『お守り』として指輪に加工したアイスブルームダイヤの指輪、華奢な左手首にはガーネと揃いのロイヤルブルーサファイアのブレスレットと同じく左手薬指にはディアマントの魔力に反応して桜色に染まった緋晶魔石・通称ルベリアの婚約指輪が輝いていた。
じっとガーネを見つめる蜂蜜色の眼差しは、明らかにいつもの『可愛い待ち』をしており、ガーネはそれを察して思わず小さく笑いながら口を開いた。
「可愛い」
「どのくらい?」
「こんな可愛いお姫様、見たことないくらい」
「んふふ」
大満足小娘顔のディアマントに吹き出して笑いながらガーネが手を差し出し、ディアマントは侍女長ミモゼの用意した『ゆきちゃん用』のバスケットに大切そうにゆきちゃんを座らせてからガーネの手を取った。
「ガーネ」
「うん?」
「なぜ今日は、ネックレスとピアスは禁止じゃ。妾、ガーネにもらったやつつけたいのに」
「我慢しろ。それより、『報道陣対策の前振り』だけして来るから、控室入ったら侍女長と最終準備しててくれるか。準備が整い次第、出発だからな」
「うむ」
ディアマントはガーネの肘に手を添えて回廊を進み、随行者が待機し最終準備に忙しく動き回る玄関ホールへと顔を出した。向かう先は玄関ホール脇の応接室であり、そこをディアマントの出立前最終控室としておいていた。
玄関ホールへ姿を見せたディアマントにジェレイドの号令で一斉に敬礼をするも、ディアマントはにこりといつもの『女王の顔』で笑みを浮かべ軽く手を上げて姿勢を直させた。
「出立前じゃ、構わぬ。…今日から外遊、この後出立じゃ。昨日の評定でも申した通り、誰一人として無茶をすることは許さぬ。休めるときは休み、動くときは動く。判断に困れば上長に速やかに報告せよ。…というのは、妾が今更言わずともお前たちなら大丈夫じゃな。妾の背中はお前たちに託す」
「はっ!」
「陛下、お部屋ご案内いたしますわ」
「待てミモゼ。少しだけ、ここで臣下の働きを見たい」
「…かしこまりました」
隣にいたガーネは小さく息を漏らしてディアマントの横顔を見て、同じように玄関ホールの人員へと視線を投げた。
「ぱぱー!」
「お、プルデミ!」
とことこと幼い足音と共に子供特有の周波数の高い声がホールに響き、衛兵総監エーリックは声に反応してしゃがんで駆け寄ってきた愛娘のプルデミの小さな身体を抱き上げた。
「ぱぱ、おしごといてらっさい!プルデミ、いいこにしてる!おみまいかってきてね!」
「お見舞い?ああ、『お土産』な。…買う暇あるかな」
「いやー!プルデミおみまいがひつようなの!」
「アナタ、はいこれ。着替えとか」
「ヴィオリー、ありがとな。悪いな昨日なんやかんやバタついて帰れなくて」
「あーっ!ガーネ!じょおさま!!」
プルデミが少し遠くにいるディアマントとガーネに気付き、ディアマントは軽くガーネの肘を引いて合図をして共にホールへと歩み寄った。
「陛下、ガーネ…いえ、特務総監閣下。ご婚約、おめでとうございます」
エーリックの妻ヴィオリーが腹部を押さえながら頭を下げると、ディアマントはその丸い腹を見て目を輝かせた。
「ヴィオリーさんも、…生まれる前だからおめでとうはまだ早いか。それにしても随分気付かなかったらしいじゃん、すっかり妊婦の腹してるけど」
「半月くらい前から急に大きくなったのよ」
腹を撫でるヴィオリーを見て、ディアマントはもじもじと遠慮がちに口を開いた。
「ヴィオリー、あの、その…おなか、触ってみてもよいか」
「もちろんですわ陛下。光栄です。丁度さっきからお腹蹴ってくるので」
ディアマントがそっとヴィオリーの腹に触れると、僅かにぽこんと中で弾むような胎動を感じ驚いたように顔を上げた。
「う、動いた!」
「陛下に触られて喜んでいいるんですわ」
「ガーネ!だっこだっこ!かっこいい!すきー!」
「父ちゃん泣くぞ。見ろよほら、あの顔」
せがまれるままにプルデミを抱き上げ、『憧れのかっこいいお兄さん』に抱き上げられてご満悦のプルデミははっと思い出したようにガーネを見た。
「ガーネ、けっこんしちゃうの?だれと?」
「女王様と」
「ガーネ、じょおさまのおよめさんになるの?」
「ちげーよ、お嫁さんはこっちの女王様だ。女王様『が』俺のお嫁さんになるんだ」
「じゃあ、プルデミがガーネのことおよめさんにしてあげるね!それで、プルデミはままとけっこんするの!」
「え、あ、おう。…いや、そこは『パパと結婚する』って言ってやれよ」
「プルデミはどーなつやさんになるの!だから、ぱぱはままのおうじさまなの!」
「そ、そうか…」
子供の会話に困惑した顔を露わにしたガーネに、ディアマントを始め周辺の会話を聞いていた一同は小さく笑みを浮かべた。
たまたま近くを通りがかった侍従長ディーンがヴィオリーを見て一礼すると、ヴィオリーも笑みを浮かべて会釈を返した。
「衛兵総監殿、奥方ですか。お綺麗なご婦人ですね」
「はい、家内のヴィオリーと、生意気にもガーネが抱いてんのが娘のプルデミです」
「ヴィオリーです。主人がいつもお世話になっております」
「いやいや、世話になっているのはこちらです」
その『よくある光景』に目を輝かせたのは、ディアマントである。
「おくがた…、かない!『しゅじんがおせわになっております』!奥様じゃ!妾も!妾もしたい!ガーネ!妾のこともみなに紹介せよ!!妾もっ!妾も『しゅじんがおせわになっております』したいっ!!」
「まだ結婚してねぇんだから、俺のカミさんじゃねぇだろ。全国民が存在を知ってるお前のことを今更なんと紹介したらいいんだ。大体、身分序列的に俺はお前の夫にはなるけど『主人』って言われると」
「『かみさん』!!奥様みたいじゃ!!」
「……話聞いてる?」
出立前の締まりのない光景に、ミモゼとディーンは顔を見合わせて思わず苦笑いを零した。




