中編
「こ、こたえ、ですか」
困惑したカルセの顔を見て、隣のディアマントも釣られてガーネの顔を見上げた。
「まず『身分について』か…まぁ、俺も今でこそ『この立場』だけど、一応出自を隠して過ごしてたとは言え自分がどういう家の生まれなのか、どういう家庭の育ちなのかってのは頭の片隅にはあったからなぁ。厳密に言うと貴族ではないが、お前も知っての通り『公爵家相当』の家格があることは自覚あったし、リエーブの実家筋もわりと金持ちの親戚多かったから養父母も平民ではあったけどそれなりにデカい家だったし、育ての従伯父も警察署の署長だったし。そういうのもあって付き合う女は『一般的な家庭以上』には正直無意識に目は向いてたし線引してたかもな。それは否定しない。ジェレイドもそこは同じだと思う。自分が家を継ぐとか継がないとかは関係無しに、やっぱ『家』のしがらみってのは自分だけでどうこうなるようなもんでもないし、そこは正直に言っておく」
ガーネの言葉に、『平民出身』であるカルセは小さく息を飲んでそのまま視線を僅かに伏せてしまった。
「そもそもだけど、ジェレイドだってお前に惚れる前は烏滸がましくも俺の女に好意抱いてたんだぞ。挙句俺を蹴落とそうと躍起になってるクソ野郎だった、俺普通に最初あの野郎のこと嫌いだったし。ま、言うて当時は俺も別にこの女に好意抱いてたかっつーとお前も知っての通り滅茶苦茶無自覚だったけど」
「そのときはガーネとジェレイドを、妾の近衛騎士の座をかけて競わせておったのじゃ。普通にこの男がジェレイドに蹴落とされてオレば妾の騎士はあの男に決しておったかもしれぬ。妾、依怙贔屓はしない主義じゃ」
「『寵愛人事』の女がよく言う。そも、その騎士選抜の話だって俺内示まで知らなかったし。…って話はさておいて、当時ジェレイドは間違いなくこの小娘のこと好きだった。今お前に向けてるのと同じく比較的顔に出るし『わかりやすい』からなあの男は。…でも、ディアマントに惚れてた時とお前に惚れてる今、アイツ自身も『好き』の形状が違うだろ」
「あの男が妾に惚れておったのも、カルセに惚れておるのも妾はわかるが『どう違うのか』まではわからぬ」
ディアマントとカルセが揃って首を傾げると、存外鋭そうでいてやはり鈍いなと少しばかり呆れたようにガーネは小さく息を漏らした。しかし、『本当の心の内』はジェレイド本人にしかわからない。ガーネ自身は自分の観察眼と状況から推測した話だと前置きしながら立ち上がり、少し前にミモゼが気を利かせて入口近くに置いた配膳カートの傍まで歩み寄るとコップに水を注いで半分ほど飲んでから口を開いた。
「ジェレイドの当時のディアマントに対しての感情は、好意そのものよりもどっちかっつーと思慕や憧憬が強い。カルセに関しては明確に『男の目』をしてる。以上」
「おとこのめ」
「俺がお前に向けるようなモンだよ。『可愛い』『抱きたい』『傍に置きたい』みたいな」
それを聞いてカルセが少し納得したような顔をし、ディアマントは慌てて知ったかぶりを発動して偉そうに腕を組み直した。
「カルセよ!ジェレイドは『おとこのめ』じゃ!」
「は、はい」
ガーネはその様子を見て小さく吹き出しながら、同じようにコップに水を注いでディアマントとカルセに配膳してやると改めて知ったかぶりで得意気になっているディアマントの隣に座り直した。
「カルセ」
「はい、ガーネ様」
「この女の前で元カノの話を出すのはなんだけど、お前俺の元カノ2人ほど会ったことあるだろ。リルとファル」
「ええ。あ、でも王城内にもう1人ガーネ様の過去の交際相手の女性いらっしゃいますわよね」
「待て待て、なんでお前がそれを知ってる」
「スメイラさんが…」
「あの女!……まぁいい、その『もう1人』はファルと違って頭はいいし分別のある女だし、なにより2年前に結婚したらしい。俺も最近知ったけど。とにかくだ、…そいつらと付き合ってた当時の俺は、そいつらのことちゃんと好きだったし可愛いと思って付き合ってたよ。けど、『俺がコイツの彼氏だ』って言ってどうこうなる立場じゃない相手だってのもあるけど、膝ついて死ぬほど緊張しながらプロポーズするほどにはコイツのことが今は世界で一番可愛い」
ガーネの過去の恋愛について話されなんとなく複雑そうな顔をして静かに聞いていたディアマントであったが、少し声を震わせて『結婚してください』と真っ直ぐに自分を見つめてきた時のことを思い返し、思わず隣を見上げた。
「緊張したのか」
「するだろ、プロポーズなんて初めてしたし。その話はいいんだよ、話の腰を逐一折るな小娘。…俺がなに言いたいかわかるか、カルセ」
「ええと…」
「前に付き合ってた女のこともみんなちゃんと好きだったし可愛かったよ。否定しない。でも、ディアマントは俺の中で次元が違う。俺が『結婚したい、自分の人生全部費やして傍にいたい』って思った女はコイツしかいない」
そこまで他人の前ではっきりと言い放ったガーネに、ディアマントの方がなんとなく閉口してしまった。
「『身分』で言うなら、王族であるコイツと『平民』の俺が釣り合うはずがない。でも、コイツは『俺がいい』し、俺も『コイツがいい』。そういうことだ」
ディアマントはその言葉に小さく笑いながら頷いて、目の前のローテーブルに置かれた水の入ったコップに手を伸ばしてこくりと喉を鳴らして水を飲む。
「最後に『寿命』か。大前提、常々言ってるが俺は自分が長生きするとは思ってない。何かの任務で死ぬかもしれないし、下手こいて敵に殺されるかもしれない。明日からの外遊で事故死するかもしれない。真っ当に生きてたとしても、ディアマントはエルフのクォーターだ。お前と同じく、人間ともエルフとも歳の取り方も寿命も違う。まぁ、コイツは『それだけじゃない』けど。それでも、俺がどんなに頑張ったところでディアマントよりは確実に早く死ぬ。そんなの、コイツが一番わかりきってて、俺のプロポーズ受けてるんだ」
「………」
ディアマントの手元にある、ディアマントが口を付けた飲みかけのコップを手にして残りの水を一口飲んだガーネは、ちらりと隣の今世界で一番愛おしく愛らしく可愛い婚約者の顔を見つめてから再度カルセへと向き直った。
「お前が俺に対して『誠実』であったように、俺もお前に対しては誠実に返す。俺は、自分が生きている限りはこの女のことを世界で一番幸せにする覚悟でプロポーズしている。コイツがこの国の女王で、エルフ混血で寿命が俺と違うことも、俺自身も含めて『邪教』の連中に狙われていることも理解した上で、コイツの傍で最期を全うしたい。……ジェレイドだって、カルセが亜人混血なことも貴族の出じゃないことも全部理解しててお前に好意を向けて『好きだ』って言ってんのは、お前もわかってんだろ。それに貴族だなんだっつーのは気にしなくていいと思うけど。なぁ?」
ガーネの視線が再度ディアマントに向き、ディアマントもそこでようやく小さく頷いた。




