前編
「おーい、衛兵は全員この後詰所集合な。最終打ち合わせと確認すんぞー」
「はい!」
外遊前前日最終警備評定が終わり、エーリックが衛兵に声を掛けた。
ガーネも着替えて特務の打ち合わせをするかと立ち上がったのを見て、カルセが慌てて立ち上がりガーネの傍に駆け寄り声を掛ける。
「あの、ガーネ様」
警察制服の袖をついっと引っ張って小さな声で名前を呼ばれ、ガーネは小さく首を傾げた。
「なんだ、どうした」
「あの、外遊前のお忙しい中で私事で大変申し訳ないのですが、折り入ってご相談したいことが……出来れば、陛下と…」
ガーネはちらりとディアマントを見ると、ミモゼと退室しようとして立ち上がった様子を見て歩み寄り、ディアマントへと耳打ちをした。
ディアマントは小さく頷くと、ミモゼに声を掛けて振り返った。
「カルセとガーネは、このまま妾の部屋に来い」
「行くぞ」
「は、はい」
女王であるディアマントが退室しなければ誰も出ることができない中で、ディアマントに連れ立って部屋を出るガーネとカルセに視線が注がれる。
ガーネは慣れているのかあまり気にした様子は見せないが、カルセはなんとなく居心地が悪そうにガーネの後ろを着いて行った。
ディアマントの執務室に入り、奥のソファを一瞥してからカルセを振り返ったディアマントは少し遠慮した様子で小さく首を傾げた。
「妾は外した方がよいか」
「いえ!あの、ガーネ様と陛下、おふたりに聞いていただきたい相談なんですの…」
「妾も?」
「はい、…お忙しい中でご迷惑かとは存じますが」
「………妾が、お前とガーネを2人きりにすることで何か疑うと思っておるのなら心配せずともよい。まぁ、妾の犬は浮気者らしいが」
気を使って自分にも同席を依頼しているのかと思ったディアマントが肩を竦めながら冗談混じりに返すと、カルセは小さく首を振った。
「だから俺、同時進行なんて不誠実働いたことねぇから。そも、自分で言うけど俺のお前へのベタ惚れっぷりは相当だと思うけど」
「べたぼれ」
「ええ、傍目で見ていても凄いですわ。現に、報道が出た時特務では誰ひとり疑ってなんかいませんでしたもの」
「結構、『目に入れても痛くない』くらいの可愛がり方してると思うけど。なぁ?」
「比較的惚気も凄いですわよね」
「のろけ」
「そんな惚気てねぇだろ」
「まぁ、自覚無いんですの?」
「ど、どんなのろけを」
ガーネの『惚気』が気になってそこを掘り下げようとするディアマントをちらりと見てからカルセに視線を戻したガーネは話題を切って本題へと舵を切り直す。
「そんなことより、相談ってなんだカルセ」
ガーネの言葉に本来の目的を思い出したディアマントがはっとした顔でカルセを先程案内しようとしたソファに座らせ自分はその正面に腰を下ろし、当たり前のようにガーネがディアマントの隣に腰を下ろして顔を向けた。
「どうしたのじゃカルセ。妾が聞いて解決出来る相談だとよいのだが」
立場的に臣下から正面切って『相談したい』と言われることのないディアマントはどこか嬉しそうにしながらも頼られたからにはしっかりと向き合わねばといった顔でカルセを見つめた。
「あ、の…その…貴族の方のお考えがわからなくて。ガーネ様にご教示いただければと」
「言うて俺も厳密に言うと貴族ではないんだけど」
「だが、ルイもその親も、『公爵相当』の教育は歴代受けておるはずじゃ。むろんガーネ、お前も」
「そうなんだ、まぁそれはいいとしてカルセ。ジェレイドの何がそんな引っかかってんだ」
「ジェ、ジェレイド様の件とは言っておりません!」
慌てて否定するカルセに、ガーネとディアマントは思わず顔を見合わせた。
さすがにそこまで察しの悪くないディアマントが、少し呆れたように肩を竦めて足を組んだ。
「そういう建前はいらぬ。話が進まぬであろう」
「は、…はい…、…あの、…わたくし、自分でもわからないのですが、多分、ジェレイド様のこと、その、お慕いしているのかも、…いえ、お慕いしております。ですが、その…ガーネ様にご好意を向けていた時の感情と異なってしまいまして、自分でもよくわからなくなってしまいまして」
ぽつぽつと話始めたカルセの言葉を茶化すこともなく静かに耳を傾けるガーネとディアマントに、カルセが少しだけ思い詰めたように眉を寄せて首から下がる円環の意匠を無意識に指先で触れ握った。
「…わたくしは、ご存知の通り貴族の出身ではございません。父は平民で、母は近隣のティエラル共和国の出身で種族はうさぎ族ですわ。たまたま聖属性魔力の適正があって、それがたまたま少し強く持ち合わせていたために聖務課程へ進んで聖職の道を歩ませていただいているに過ぎません。……なので、『身分差』を理由にお断りしようと思って先日お誘いいただいた観劇、…デートに行かせていただきました。…なのに、いざお返事をしようとしたら、…言葉が出なくなってしまって」
「ほー」
「ふむ。なぜ、なにも言えなくなったのじゃ」
「…わたくし、貴族でもなんでもないですし、…亜人のハーフですし、…それに、ジェレイド様よりもずっとずっと年上ですし、混血なせいで通常の亜人とも、人間とも歳の取り方が異なります。だから、わたくしは相応しくないのですわ。それはわかっているんです。なのに、一緒にいるととても落ち着きますし、もっとずっと一緒にいたくなってしまって。でも、ガーネ様に恋をしていた時は、もっと明確にドキドキしたり、声を掛けていただくと嬉しいのに緊張したり、…ジェレイド様は、少し違うから、わたくしわからなくなったんですの…」
「もうお前ン中で『答え』出てんじゃん」
小さく笑ったガーネの言葉に、カルセが泣きそうに潤んだ目をガーネへと向けた。
ふてぶてしくふんぞり返るように腕と足を組んだ、カルセが思っていたよりもずっとずっと『上司』としての顔をしたガーネと視線が絡んだ。




