567話「歌声」
ゆりかごゆれて、ほしがささやく
おやすみ、愛しいわたしのお宝
小さなその手にぬくもり添えて
銀の舟でいざなう夜へ
あなたの笑顔を守りつづける
あしたの光が咲くその時まで
聞き慣れた、澄み渡る水晶のような、鈴を転がすような美しい歌声に意識が浮上した。
「……その歌、聞いたことある。リエーブかシャルヴィアもガキの頃歌ってた気ィする」
「起きたのか。子守唄じゃ」
「なんだお前、めちゃくちゃ歌上手いじゃん」
「フフン」
得意気な顔をしたディアマントを見上げてごろんと寝返りを打ち、華奢な腰に抱きついて下腹部に額を押し付けてから小さく欠伸を漏らした。
「……何分寝てた、俺」
「8分じゃ」
「ならあと2分は堪能出来るな。はぁー……いい匂い。肉が柔らけぇ。腰が細ぇ、尻がちいせぇ」
抱きついたついでのようにディアマントの腰周りをまさぐるように撫で回してからようやく身体を起こし、背筋をグッと伸ばした。
「あー、ちょっとだけスッキリした」
「休んだうちに入らぬと思うのじゃ」
「いや、予定より休み過ぎた。もう戻る」
「ガーネ」
「どうした」
「……よ、…夜は、妾といっしょ?」
ガーネは愛らしい恋人もとい婚約者のオネダリの顔に絆され、再度脳内で明日に回せる仕事や後回しにして差し障りのない仕事を考えて小さく頷いた。
「…日付変わる前には来るよ。寝る支度して待ってろ」
「うむ!」
にこりと笑ったディアマントが嬉しそうにガーネに抱きつき、ガーネもぽんぽんと髪を撫でてから額にそっと口付けた。
「じゃあ一旦戻るから、後でな」
「浮気するでないぞ」
「しねーよ、お前だけだっつの。お前みたいなわがまま小娘で手一杯」
*****
「とても素晴らしい舞台でしたわ。原作の小説を読んでみようと思います!主役の女優さんのラストシーンの演技、わたくし思わずうるっときてしまいました!」
「私も正直、『流行りの恋愛モノ』と舐めてかかっておりましたが…なかなか良かったです」
舞台終わりにジェレイドのエスコートで王都内のレストランに赴く。
夕食を摂りながら、楽しそうに舞台の感想を語るカルセを見つめてジェレイドは幸せそうに表情を緩めた。
食事を美味しそうに口に運ぶカルセを見て、静かにシャンパングラスを傾けた。
「……ジェレイド様、もしかしてガーネ様のこと気にされています?」
「え?あぁ、まぁ……半々、ですかね。半分は本当に気にかけています。一応今は、彼の友人の1人のつもりなので…」
「ガーネ様も仰っておりましたが、特に箝口令がしかれているわけではございませんし王城内のほとんどの人間がリエーブ様とガーネ様の親子関係は存じ上げております。そして、リエーブ様が『嚆矢の魔女』様であることも周知の事実。……律衡のおうちのことも、『歴史上滅んだ』とされておりますしわたくしも初めてガーネ様がグリーチェウトのご子息だと知った時は驚きましたわ。ですが、これもガーネ様ご自身で仰っておりますが、本当に『滅んだ』ことにするのならそもそもグリーチェウトのお名前は残さず家名は変えるはずだと。それをしないということは、本当に『建前』なんだと思いますわ。これに関してはわたくしもガーネ様もわかりませんけれど…陛下やヘルソニア様でしたらご存知かもしれませんわね」
「……実際、記者会見でもガーネの出自は突っ込まれていましたしね…ガーネや陛下の言う通り、『対均衡教徒』の件を考えれば……その件が露呈するのも『今更』なのかもしれないですね」
「そう思いますわ。……ジェレイド様、『もう半分』は?」
「え?」
ぎくりとカトラリーを持つ手が硬直し、ジェレイドはぎこちなくカルセに視線を向けた。
まだだめだ、もう少しだけ、せめて食事が終わるまでは、このままでいたい。
微かな願いを胸に、ジェレイドが曖昧に笑みを浮かべてカルセを見つめると、カルセも何となく察した様子で再度にこりと薄く笑いかけ運ばれてきたデザートを口にした。
食事の時間もついに終わってしまい、王城へと戻る道すがら、カルセがジェレイドのスーツを少し遠慮がちに引いた。
「少しだけ寄り道いたしませんか?」
「喜んで」
少し遠回りをして川沿いを歩きながら、仕事の話や好きな花の話、休みの日の過ごし方など他愛もない話で盛り上がった。
ジェレイドが『これで最後にしよう』と思えば思うほど、今までの緊張やぎこちなさが嘘のように自然に話せている。自分でも『何故もっと早くこうやって話せなかったのか』と、過ぎた今まで上手く話せなかった時間を悔やんではみる。しかし、時間は戻せない。
この遊歩道の階段を抜け、小さな公園を抜けるとすぐに王城前の広場に到着してしまう。
自然と歩調がゆっくりになり、王城前の広場へと辿り着いてしまった。
ほんの数分歩いた視認できる位置に、門衛の姿も見える。
ジェレイドは『これで終わりか』と、名残惜しそうに小さく息を漏らしてカルセに向き直った。
「本日は、お忙しい中お付き合いいただきましてありがとうございました。大変な光栄にございました、カルセさん。幸せな時間をありがとうございます」
「こちらこそ、とても楽しい時間でしたわ。あっという間でした」
「……散々、ご迷惑をお掛けしたと存じます」
「迷惑だなんて、とんでもないことでございますわ」
「カルセさん」
「はい、ジェレイド様」
広場を照らす魔法石の街灯の光が淡く周辺を照らし、ベンチにカップル、そして広場内には犬の散歩中の人やジョギング中の人々がちらほらと点在していた。
ジェレイドは小さく深呼吸を繰り返し、まっすぐにカルセを見つめた。
「……これで、最後にします。…カルセ、好きだ。……その気持ちだけ、貴女に伝えたい」
「…わたくし、外遊の時にご好意を伝えてくださってから、ずっと考えておりましたの。わたくしも、今日はそのお返事をさせていただこうと思って今日は来ました。……ジェレイド様、わたくしは──── …」




