566話「スキャンダルの裏側」
世間が今朝出たガーネのスキャンダルで話題になっている中、ジェレイドはダークグレーのスーツに落ち着いた深紅のネクタイを締めて王都内の待ち合わせ場所として有名な噴水広場の前で立っていた。
見た目は相当に整ったジェレイドが立ち竦む姿に、周辺の女性はちらちらと視線を向けていた。
「ジェレイド様」
「…!カ、カルセさん」
普段の聖衣とは異なり、淡いライトグリーンのミモレ丈のワンピースとオエィセ外遊でジェレイドがカルセにひょんな巡り会わせで買い求めてプレゼントする運びになったピンク色のショールを羽織って待ち合わせ場所に現れたカルセを見て、一瞬見惚れて時が止まったようにまじまじと見つめた。それからハッとした顔で反射的にいつものように恭しく腰を折って一礼し、それを受けてカルセは思わず苦笑いを漏らした。
「……もう、…ジェレイド様もしかしてかなりお待たせしてしまいましたか?」
「いえ、あの、その…い、意外とそんなこともなく…ガーネの件があったのでギリギリに到着するように出ましたので、あの……ガーネは大丈夫そうですか」
「ええ、だってなにも疚しいこともないですもの。陛下の執務室でもジェレイド様ご同伴されていたんでしょう?その時のお話、わたくしたちもガーネ様から聞いておりますが……外遊で今回魔女様が随行されますので、自然とその時にガーネ様の母君だと露呈いたしますわ。…そもそも、ガーネ様、陛下以外の女性にまるで興味がないですもの。誰もなにも、そんな『浮気』だなんて心配しておりませんわ」
「それはその……私も衛兵総監も、陛下自身もガーネが浮気をするなど思っていませんし……百歩譲って浮気をするにしても、あの男は撮られるようなヘマはしないでしょう」
カルセはジェレイドの言葉ににこりと笑みを浮かべ、小さく頷いた。
「ジェレイド様とガーネ様、最初はあまり仲がよろしくないようでしたから……安心いたしました」
「そうですかね、…………いや…そう、でしたね」
とにかく最初はディアマントの『お気に入り』というだけで役職も地位も与えられ、当然の顔をして近衛である自分を差し置いて『女王陛下の隣』に立つガーネが気に入らなかった。挙句当時、名誉ある近衛騎士の選定最終候補に名前が挙がったことに張り切って、名前は明かされなかったもののおそらくもう一人の候補はガーネだろうと、とにかく彼を蹴落とし自分を売り込むことに躍起になっていた時のことを思い返し、今となっては比較的広まった彼の出自に関して当時は相当嫌な物言いもした自覚はあったし、その地雷を踏み抜いて怒らせた自覚もあった。それを、カルセ含め特務の面々が把握していることも理解していた。
そんな自分が、烏滸がましくも女王陛下という国で一番高貴な女性に憧れの気持ちを抱いて、次は国唯一の『聖女』という立場の女性に好意を寄せている。元々、いい感情など抱かれているはずが無いと、薄々気が付いていたが舞い上がって気付かぬ振りを続け、無様にもみっともない顔で好意を伝えてしまい、今日も『お情け』でお膳立てされた舞台鑑賞に来てくれている。
ジェレイドは、『これで最後にしよう』と決意を決め、そっとカルセに左肘を差し出した。
今までの中で一番自然な動作で差し出された肘に、カルセはそっと右手を添え、ジェレイドのエスコートで劇場へと向かって行った。
*****
「…今忙しい?」
「妾が暇に見えるのかお前は」
「見える」
ディアマントの執務室を訪れたガーネが妙に疲れた顔で声を掛けると、まだ今朝の『妾もモーニング行ってみたい』のわがままが通らずにむくれた顔でぶっきらぼうに返答をし、その上を行く雑な返事がガーネから返って来た。
「なんじゃ」
「忙しいのか忙しくねーのか聞いてんだけど。15…いや、10分でいいや」
「要件による。忙しい」
「あっそ、じゃあいい。この問答が時間の無駄だ、部屋で寝る」
「待つのじゃ!!」
「なんだよ、忙しいんだろ」
「ひ、暇になったのじゃ」
「……膝貸せ膝」
断りも無くソファに腰を下ろすと、懐から時計を取り出して時間を確認したガーネは脳内でこの後の予定を確認して時間を逆算し始めた。
ディアマントはそそくさとガーネの隣に移動すると、ぽんぽんと自分の太腿を叩いて膝枕を促し、ガーネは無遠慮にごろんと寝転がって目を伏せた。
「…5分」
「さっきは15分と言っておった」
「お前がくだらねー問答させるからだろ」
「時間にして十数秒の話じゃ!」
目元に確認出来る隈を指先でそっと撫でてから瞼を覆うように左手を被せると、薬指に嵌った婚約指輪が淡いピンク色からガーネの魔力に反応してじわりと深紅に染まっていった。
さすがに5分で眠るわけではないだろうが、ディアマントも一応時計を確認しながらガーネの目元や額を撫でながら年相応に見える顔を見下ろした。
「……あのさ」
「なんじゃ」
「お前は俺が『浮気する』とか、思わなかったの?」
何を言うかと思えばと言った顔でガーネを見下ろし、少しばかり呆れたように肩を竦めた。
「お前は本当に浮気をするのなら撮られるようなヘマはせぬであろう。そも、お前の魂も心も命も、全て妾のものじゃ。それに、ガーネは妾のことが好きで好きで仕方がないのは見ておればわかる」
「あっそ、バカ女」
「なぜじゃ…」
「…やっぱり10分。眠い」
「うむ」
比較的すぐにごく小さな寝息が聞こえて来ると、ディアマントはガーネの頬を撫でながら小さく笑みを浮かべた。




