565話「ゴシップと小娘と母」
「失礼いたしますっ!入手できました!」
文官の1人が件のゴシップ系の週刊誌を手に女王執務室へと入ってくると、ガーネはその手から雑誌を取り上げて表紙を見た。
大きく『女王陛下ご婚約内定者特務総監の真相』と記載されており、ページを開くと『早朝の美女との密会!』というタイトルとガーネに腕を組んで歩く細身の女性の後ろ姿、それと喫茶店での飲食の様子や微笑む女性の口元が写し出されていた。
『まさかの不倫?女性の左手薬指にはしっかりと輝く指輪が』『親しげに名前を呼んで談笑する姿が』などと書かれている記事を読み進め、部屋の全員がその雑誌を取り囲んで文字を追った。
「──── って、リエーブじゃねぇか!」
苛立った声のガーネが、苛立ちに任せて雑誌を床に投げ捨てた。ミモゼはそれを拾い上げ、文官長や侍従長とそれを眺めて写真の女性が間違いなくリエーブであることを確認した。
ディアマントは悠然と白湯を飲みながらその光景を眺め、小さく溜息を漏らしてようやく口を開いた。
「…だから言ったであろう。そこまで騒ぎ立てることではないと。ただ、予知の映像ではその表題は見えたが魔導転写画像までは見えなかった。そも、この男がそんな暇もないのは明白であろう。まともに数日寝ておらぬぞ」
「で、ですが陛下…」
「おい侍女長、それと文官長。俺になにか言うことはないのか」
「………」
「ガーネは怒るととても怖いのじゃ。『ごめんなさい』しないと泣くまで詰められるのじゃ。とても怖いのじゃ」
普段自分が説教をされて『ごめんなさい』と泣かされているディアマントはやや得意気な顔をしてミモゼたちを見るも、ガーネはディアマントもじとりと睨み付けて低い声で文句を付けた。
「小娘、てめぇもややこしい予知見てんじゃねーぞ」
「なぜ妾も怒られるのじゃ…」
「大体、自分で言うのもなんだけどこんなに顔似ててどっからどう見ても親子だろうが。それにこの時建前の護衛でラズリとアメジも同伴してんだけど。ほら、ここに写ってんだろ」
「しかし…嚆矢様の見目が24歳の若い女性なので、特務総監の御母堂と言うには見た目から無理があるのかもしれませんね…」
「そんなこと言ったらウチの小娘だって俺も実年齢知らんけど4000歳超えなのに見た目は23だし、ウチのラズリも35だけど見た目は相変わらず14だぞ」
「それはそうなんですがそういうことじゃなくて」
侍従長とガーネのやり取りを見て再度週刊誌に視線を落としたヘルソニアは、明らかに盗撮と見て取れる画角の画像に肩を竦めて溜息を漏らした。
「其方、そもそもだが撮られて気付かなかったのか」
「視線は気付いてましたけど別に疚しいことないんで放置してました」
「……最近の魔道具は小型化・軽量化が進んでおりますからな。こういった盗撮紛いなことはやりようによっては気付くのは難しいかと」
魔導師長も助け舟を出すように補足して伝え、ヘルソニアは興味が失せたように雑誌を隣の女官長に手渡した。
「まぁいい、相手の女性がリエーブなのであれば今度の外遊でもどうせ民衆は気付く。王城の人間の殆どが、リエーブがガーネの母であることも知っている。そのうち鎮火するだろう」
「で、ほら。侍女長と文官長はどう落とし前付けんだコラ。あ?散々因縁付けてくれたが」
輩のようにどちらかと言うとガーネが因縁を付けるように侍女長と文官長に詰め寄ると、さすが国の軍事トップの男の眼光とあってかぎくりと肩を揺らして素直に謝罪の言葉を口にした。
「……も、申し訳ございませんでした」
「すみませんでした…」
「なにが悪かったかの謝罪なのかきちんと言うのじゃ!」
普段自分が怒られている時にガーネに言われることを、まるで鬼の首を取ったように腕を組んで言うディアマントの頭頂部を押してガーネが睨みつけた。
「小娘、貴様は俺になにか言うことねぇのか」
「妙な予知を見てごめんなさいなのじゃ」
ディアマントに関しては完全にとばっちりであるが、ディアマント自身も機嫌の悪いガーネに怒られた時の怖さは実際に泣かされたことがあるためよくわかっている。調教の賜物のように比較的素直に『ごめんなさい』と言ったことで、ガーネは多少満足したようにディアマントの髪を撫でて解放した。
「フン、まぁいいだろう」
「でもガーネ!」
「でもじゃねぇよなんだ小娘」
「妾も喫茶店のモーニング行ってみたい!妾もっ!妾もー!!」
「ここでその妾タイムはいいんだよ!おい侍女長と文官長、お前ら俺に詫び入れるつもりがあるんならお前らがマスコミ対応しろ!忙しい中下らねぇ時間取らせやがって、俺の時間押しただろうが!」
*****
「あ、ガーネくん戻って来た」
「クソ腹立つ、これで今日の俺の予定2時間無駄にした。仮眠もシャワーも後回しだ、先に今日の分の通常業務片付ける。出来てる分から回せ」
いつの間にか全員が揃った特務室内で、ラズリとアメジ、そしてカルセがスメイラから話を聞いていたのか例の週刊誌を眺めていた。
「これ、この前の朝夜勤でも無いくせに徹夜してたガーネのこと捕まえて『母様とモーニングに行きましょう』って言ってた時のやつでしょ?」
「そうだな」
ラズリが半笑いで雑誌を指差しながら問いかけ、スメイラから受け取った書類を手にして雑に返答を返した。ガーネは深く溜息を漏らしながら書類に目を這わせ、面倒そうに口を開いた。
「お陰で、『妾も喫茶店のモーニングしたい!』って妾タイムが始まった」
「喫茶店のモーニングは…お忍び…」
「難しいんじゃねーか。聞いてやるとしたら外遊の時かと思うが、向こうは向こうでスケジュール決まってっからな」
既に疲れた顔をしたガーネはちらりと時計に視線を投げ、事前に立てていたスケジュールが相当狂っていることに再度舌打ちを漏らした。
「……ところでさ」
「なーに」
「俺、怒ったらそんな怖い?わりと女連中には優しくしてるつもりなんだけど」
「…怖いよ」
「そうかな」
「自覚ないの?怖いわよ」
「怖いですわね」
「なにがそんなに怖いんだ」
特務室の全員はさすがに『全部』とは言えないだろうと互いに顔を見合せて、スメイラが代表して口を開いた。
「全部」
「いや具体的に」
「怒鳴り散らしてる時はまぁ、アタシら的にはサイフィル怒鳴ってるのも現場で怒鳴ってるのも見てるからまぁアレだけど、怒鳴られ慣れてない陛下にしたら怖いんじゃない」
ラズリも比較的真面目に返答をし、ガーネはそれを聞いて考え込むように腕を組んだ。
「でも一番『怖い』のは、ガーネ様おそらく自覚無いでしょうが『理詰めしている時』じゃないでしょうか。逃げ道を全部潰した上でその低い声で淡々と詰めるじゃないですか。さすがにわたくし含め特務の女性陣はそういうお説教をされたことはないですけれども…」
そう言ったカルセの言葉と共に全員の視線がサイフィルに向いた。
「怒鳴ってても怖いよ!五臓六腑に染み渡る怒鳴り声だよ!」
「言葉の使い方がおかしいんだよ。つーか俺だって別に説教したくてしてる訳じゃないんだけど。説教する方だって結構疲れるんだぞ、お前のこと懲戒処分にした時なんか疲れすぎて次の日人生初めての大寝坊かましたし」
「あー、あったねぇ。で、なに急に。今なんか言われてきたの?」
「ディアマントが再三俺が怒ると怖いって得意げになってたから」
「あ、フーン。…うん、…あのー……怖いよ」
どうにも腑に落ちない顔をしたガーネであったが、事実ディアマントを大号泣させてるほどに説教をしたこともあり『あれは怖くて泣いてたのか反省して泣いてたのかどっちなのかな』と見当違いなことを考え始めていた。




