564話「美女との密会」
早朝、ミモゼがディアマントの寝室を訪れ、いつものようにゆきちゃんを抱き締めて寝息を立てるディアマントに静かに声を掛けた。
「陛下、おはようございます。お目覚めの時間でございます」
「……んん…おはよう…」
のそりと身体を起こし、ゆきちゃんを胸に抱き直しながら目をこしこしと擦ったディアマントの前に、台車にいくつか載せた飲み物を見せた。
「お飲み物はいかがなさいますか」
「……紅茶にする…」
「かしこまりました」
ミモゼがティーポットに茶葉を入れて湯を注ぎ、砂時計をひっくり返す。茶葉を蒸らしている合間にミモゼが部屋のカーテンを開き、朝日を室内に取り入れる。ディアマントは小さく欠伸を漏らしながら毛並みを整えるようにふわふわと指先でゆきちゃんを撫で、枕元に丁寧に座らせた。
「…………」
「陛下?」
窓を開けて空気の入れ替えをして振り返り砂時計の砂が落ちきっているのを確認したミモゼがティーポットからカップに紅茶を注いだところで、ディアマントが一点を見つめているのに気が付き首を傾げた。
「……今朝、ガーネは何をしておる」
「夜勤だったはずですので、特務室内においでかと存じます。いかがなさいましたか?」
「…『来た』。予知が見えた。……ミモゼが怒っておる、ガーネが面倒そうにして…雑誌、……『早朝の美女との密会』…?」
ディアマントの呟きに、ミモゼの眉がぴくりと動いた。
「週刊誌になにかすっぱ抜かれましたかね。侍従長や文官長たちに確認をしてまいります。朝のお支度は他の侍女を至急呼びますわ」
「?う、うむ」
既に怒りの形相のミモゼにディアマントはちょこんと首を傾げながら、湯気の立つ紅茶をゆっくりと啜った。
*****
「ふぁー……ねっむ…」
盛大に欠伸を漏らしながら完成した外遊最終警備案の書類の束を纏めてすっかり温くなった紅茶を飲んだガーネは、時計を見てこの後の予定を考えた。
まずは15分だけ仮眠を取って、シャワーを浴びてからヘルソニアにこの書類を提出し、その足でいつもの時間に近侍朝伺へと赴く。小娘を多少構って、『今日のお戯れ』に付き合ってから特務室に戻り昼過ぎまでに通常業務の方を片付ける。軽食を取ってから夕方はディアマントの来客対応に付き合い、ディアマントが夕食を取っている時間帯に提出した警備案の書類の戻りを確認して次の警備評定用に資料を調整、時間があれば仮眠か軽食を取って、後は結婚準備の方の仕事をして……ああ、今日も徹夜かまぁいいか。と、ここまで考えたところで特務室の扉が開かれた。
「あのっ、と、特務総監様」
「なんすか」
部屋に飛び込んできた文官長が、やや青ざめた顔でガーネを呼んだ。
文官長はそのままつかつかとガーネの元に歩み寄り、同じく夜勤だったサイフィルとスメイラも少し不安そうな顔をしてその様子を眺めた。
「あな、あなたっ!浮気しましたか!?」
「………………はぁ?誰と」
「美人とです!」
「美人てどこの美人だよ、ディアマントか」
「違います!浮気って言ってるでしょ!」
「逆に聞くがどこにそんな暇があるんだ」
「知りませんよもーッ!あなた、週刊誌にすっぱ抜かれてますよっ!!今日発売の週刊誌であなたの浮気がスクープされてますッ!!」
「はぁ???」
意味がわからずに困惑するガーネと、ガーネの言葉通り『いつそんな暇があるのか』『自分の寝る間と食事の時間を削ってでもディアマントの元に通うこの男のどこにそんな心の隙間が』と疑問符を浮かべるスメイラとサイフィル。それを気にすることもなく、文官長はガーネの腕を掴み立ち上がらせた。
「女王陛下の婚約内定者としてあるまじき事態ですぞ!!すぐに来てください!!」
「いや、俺忙し」
「来るのです!!」
「…………ウィッス」
面倒そうに溜息を漏らして文官長に続いて出ていくガーネを見送り、スメイラは即座にサイフィルに顔を向けた。
「余計な口外禁止!駅前の売店が一番本が並ぶの早い!多分もう間もなく店先に並ぶ!ダッシュで買って来なさい!」
「わ、わかった!」
スメイラの命令でサイフィルが特務室を飛び出し、スメイラ自身も意味がわからなそうに眉を寄せて腕を組んだ。
──── あんなに盲目的に、目の中に入れても痛くないほどに陛下を猫可愛がりしてベタ惚れしているガーネくんが美人と浮気?いつ?相手は?
考えても答えは出ず、スメイラはサイフィルが件の雑誌を買って戻ってくるのを待つしか無くもどかしそうに窓の外を眺めた。
「してガーネ。其方、心当たりは」
「ありません」
ヘルソニアのどこか詰問するような物言いに、何となく不貞腐れた顔をしたガーネが雑に返答をした。
ディアマントの執務室に集められた文官長、侍従長、女官長、侍女長と警備面での責任者として衛兵総監と近衛総監が呼ばれ、ガーネは取り囲まれていた。
「大体、浮気する暇があるならこの小娘構ってますって。ただでさえ忙しいのになんで、」
「忙しいからこそ、『他の女性で発散』などされていらっしゃらないですわよね?」
ミモゼが珍しく少し強い口調でガーネに問い詰め、ガーネも面倒そうな顔で返答をした。
「しねーよ、抱くならこの小娘抱くっつの」
「誓えますか、だって貴方もう少し若い頃はかなり取っかえ引っ変えだったでしょう。事前の身辺調査で把握しているんですのよ」
「人聞き悪いな。女の方が『本命にならなくていいから一回だけ抱いて欲しい』とか、『都合のいい相手でいいから』って言うから一回だけ抱いた女はいるのは否定しないけど、元カノも含めてそういう意味で『頭の悪い女』と付き合ったことはない。いや、嘘だ。あったわ、例の懲戒にした文官補の女だけは例外だ。アレは顔は可愛くて身体もまぁまぁ良かったが、いかんせん頭と性格が悪かったな」
「そういう話ではありません!!」
「じゃあどういう話だ。ともかく、身辺調査してんなら把握してんだろ。俺は『ここに生まれてから女はダブらせたこと』は一切ないぞ」
ガーネの性格とディアマントへの忠誠心以上に重すぎる愛情を知っているエーリックとジェレイドと魔導師長と巫術官長は純粋に『何かの間違いだろう』と記事の書かれ方を気にしており、不貞を疑う侍女長ミモゼと文官長、怒っているというよりは『書かれるようなヘマをした事実』に頭を抱えるヘルソニアと女官長ジステルと侍従長。そして、当事者であるガーネは何故か苛立ちを露わにし始め、ディアマントは自分の見えた予知が『怒っているミモゼ、面倒そうなガーネ、予知に見えた通り』になり始めていることと口を下手に挟めない雰囲気にガーネをちらりと見つめていた。
「落ち着くのじゃ。先程から申しておるが、あまり騒ぎ立てるな」
ディアマントの声にミモゼがはっとしつつも、立場上引くに引けないのか眉尻を下げてガーネを見つめていた。




