561話「本音と建前」
「ねぇガーネ様、ちょーっとだけいいかしら」
ジェレイドが立ち去った後の特務室でアメジがガーネに近寄ると、珍しく真面目な顔をしてガーネに声を掛けた。
「なんだ、どうした」
アメジの様子にガーネも茶化すことも無く返答をして手にした書類を一度置くと、アメジの顔を見上げて返答をした。
「ちょっと…」
「……向こうでいいか?」
「ええ」
立ち上がったガーネが隣の総監室へと向かうと、アメジはその後ろを着いて行った。スメイラは少しだけ不思議そうな顔をしてはいたものの、この場にサイフィルがいると『えー、なになに!』と喧しそうだなとぼんやりと考えながら書類へと視線を向け直した。
今度ある外遊の配置図や警備資料、行程警備案などやることは山積みである。
カルセはディアマントとガーネの結婚式に向けての聖女公務として大司教と会場であるゴテス大聖堂での打ち合わせ、サイフィルは公休、ラズリは夜勤のため出勤は夕方でありこの時間は不在であった。
総監室に入り、ガーネが顎でソファをしゃくり示しながら奥側にどっかりと腰を下ろすと、アメジがフリルのスカートの裾を押さえながら足を揃えて座った。
「あ、脛毛」
「もーっ、やだー!ガーネ様ッ!エイミーの無駄毛見ちゃイヤーッ」
「だって視界に入ったから。お前どこ目指してんのか知らねぇけど汚ぇオカマ目指してんのかキレイなオネェ目指してんのかどれなんだ」
「エイミーは魔法少女なのッ!そんなことより!」
「あ、すまんつい。……で?どうした」
「カルセちゃんのこと」
「あー、なんだ」
アメジは少しだけ周囲を見回してから声を潜めて口を開いた。
「あのね」
「そんな警戒しなくても比較的防音効いてるぞこの部屋」
「あらそ?……うーんとね、カルセちゃんの『建前』の話よ。一昨日、あたしとカルセちゃん夜勤だったでしょ?雑談で話してたんだけどぉ」
「おー、それで?」
ガーネは悠然と足を組んでアメジに視線を向けると、アメジも筋肉質な足を同じように組んだ。しかし、ガーネと体格がかなり異なりどちらかと言わずとも相当ガッシリとした筋肉質な足では足を組んだところで大きく股ぐらを開く形となり、短いフリルのスカートの中が正面のガーネに晒されることになった。
「…いや待て、足を閉じろ」
「いやん!ガーネ様ったら紳士!エイミー惚れちゃう!」
「ちげーよ!不愉快なんだよ!可愛くて華奢な女のミニスカートとどエロい下着のチラ見えは歓迎するが、なにが楽しくてガチムチの毛深いオネェのミニスカの中身のどエロい女性下着のパンチラ見なきゃいけないんだ!なんの苦行だなんの修行だ!!」
「んもぅ、ちょっとしたご褒美じゃないの。……でね?カルセちゃん、前に建前で自分が亜人のハーフなこと気にしてるようなこと言ってたじゃない。本音はどうなの?って聞いてみたの」
足を閉じ直したアメジが浅く座り直してわざとスカートをたくし上げて逞しすぎる太腿をガーネに見せつけながらバチンとウィンクをしてアピールをし本題を語ると、ガーネは不愉快極まりないその光景を視界に入れないように視線を上げてまた不愉快極まりないアピール顔のアメジを見てあからさまに眉間に皺を刻んだ。
アメジはそんなガーネの様子に気付きつつもアピールをやめずにわざとガーネの視界に自分が入るように何度か視線を変えつつも、本気で怒られる前に一応は喋る口は止めなかった。
「あの子、『わたくしは聖女なので、1人の方の女になってはいけないのですわ』……って」
「フーン。…でもそれについては、カルセん中でも多分無意識だろうが答えは出てるんじゃねーのか」
「え?そうなの?」
「だってアイツ、自分からジェレイドに『カルセと呼んでください』って言ったらしいじゃん。ジェレイド情報だけど。あの野郎ずっと『聖女様』って呼んでたのに突然ぎこちなく名前呼び始めただろ。呼べてねーけど」
「あら、へぇ。…ふぅん?」
「『そういうこと』だ」
とりあえずこれ以上『不愉快なものは見たくない』と早々にソファから腰を上げると、アメジも部屋に取り残されないように慌てて立ち上がってガーネに続いて総監室を出た。
そのまま特務室の自席に腰を下ろし直したガーネを見て、アメジは再度ウィンクをしてガーネを見つめた。
「気色悪い」
「ガーネ様って、周りをよく見てらっしゃるわ。エイミーのことももっと見て」
「視力が失せそう」
「失せねーよ!!」
久しぶりのアメジの地声のツッコミが特務室に響き、ガーネはやかましそうに片耳を塞いで書類の束をついでのようにアメジに差し出した。
「きゃん!エイミーにお仕事っ?」
「差し戻しだ。誤字だらけ計算ミスだらけ。全部やり直し」
「きゃん…」
*****
「聖、あの、えっとカル、カ…カル、セ…さん」
「あら、ジェレイド様。いかがなさいましたか?このようなところで」
「ええっと、その、み、…………見回り、です」
王城外、王都の一番賑わう通りで意を決してカルセを呼び止めたジェレイドであったが、その下手くそすぎる言い訳にカルセも『自分に用事か』と察して小さく笑みを浮かべた。
近衛である彼が、『王都内を見回り』などするだろうか。
くすくすと笑いながら首を傾げたカルセに、ジェレイドは何度か深呼吸をしてから懐に手を差し込んだ。
勢い余って食事の場で外遊随行者及び女王陛下の眼前で『好きだ』と叫んでしまったやらかしを思えば、この程度と何度も何度も自分に言い聞かせてガーネから受け取った封筒を取り出した。
何度も出し入れしてやはり封筒の端が少しよれてしまっていたが、ジェレイドは構わずそれをカルセに差し出した。
「ご、ご都合が合えば…御一緒願えませんか」
「……、…まぁ。わたくしが観たいと思っていた舞台ですわ。それもボックス席だなんて…本当によろしいんですか?わたくしなんかで」
「貴女がいいんです!!」
力強いその言葉に、一瞬だけカルセがたじろぐ。しかしすぐにふわりと柔和な笑みを浮かべ、手にしていた鞄の中から手帳を取り出すと大切そうに間に挟んでしまった。
「楽しみにしております」
ジェレイドは反射的に深々と頭を下げ、気を使ったカルセが「見回りの最中でしたわね、邪魔しては申し訳ないので待ち合わせはまたご連絡いたします」と敢えてそのまま立ち去ったため、ジェレイドはなんとも言えない感情を落ち着かせるために無駄に王都内を走り回って呼吸が苦しくなってから、ようやく城へと戻って行ったのであった。




