562話「リエーブとガーネ」
「おはよーございまーす」
夕方、ラズリが気怠げに部屋に来た。
「おはよう、ラズリちょっと」
「……げ、…なーに」
出勤するや否やガーネに手招きをされ、ラズリは荷物を席に置いてからガーネの席に渋々向かった。
「お前、魔獣霊獣の使役とか詳しいよな」
「…?詳しいっていうか、人並みよ。なに?」
「陛下に餌付けされてたちっせー小鳥がさ、今朝気付いたけど霊翼鳥だったんだよ」
「……霊力餌にする魔獣じゃない。なんで今朝まで気付かなかったのよ」
「それは言い訳しないが『おこめちゃん』という安直な名前を付けられて米粒を与えられてるだけのただの野良鳥だと思ってた俺が悪いな。あとはディアマントの霊力値が俺よりもありすぎて小鳥に食われた程度だと誤差過ぎて俺も本人も気付かなかった。つーことでだ、あれだけアイツの霊力食い物にしてる魔獣だから、うっかり他に使役されると面倒だから契約させたいんだが。いかんせんやり方がわからん。ヘルソニア様には『ペットは禁止だって怒られるからラズリがいい』とご所望だから、悪いけど頼まれてくれるか」
「えー、めんどくさー。まぁいいけど」
面倒そうにしながらもガーネの懸念は一応理解しているらしく、ラズリはそのまま女王の執務室へ向かう支度をし始めたところで、スメイラがガーネに声をかけた。
「……ガーネくん、その『霊翼鳥』ってどんな鳥?」
ガーネ自身もスメイラがなにを聞きたいのか察したようにペンを指先で回しながら口を開いた。
「俺も図鑑知識でしかないけど、大きさは雀よりもう少し小さい白い鳥。見た目はそうだな、俺も実物見たこと無いけど前世で言う『シマエナガ』が近いかもな。あれよりもっとフォルムが丸くて尾羽根は短いし雄雌で若干の違いはあるが全体が白い。さっきも言ったが、霊力を魔力にする。契約して使役すれば溜め込んだ霊力で攻撃やら防御やらって使い方ももちろんできるが、俺もラズリも懸念したのは『食い物にした霊力がディアマントの霊力』ってことだ。お前は察しがいいから薄ら気付いただろうが、他に使役されると『ディアマントの霊力を悪用される』可能性がある」
「あーんガーネ様ッなんであたしに聞いてくれないでラズリちゃんに聞くのぉ!?」
「ゴリラに聞いたってお前そういうの知らねぇだろ、俺と同じで繊細な動きするタイプじゃないんだから。逆に聞くけど魔獣の契約方法なんか知ってんのか」
「え?知らなぁい」
「………」
「じゃ、仕方ないからアタシはあの女のとこ行ってくるわ」
「おー、悪いな」
ラズリが部屋を出ようと足を向けたところで、特務室の扉が小さく叩かれた。ラズリがそのまま入口に向かいドアを開けると、少し驚いた顔で来訪者を見上げた。
「こんにちは。わたしの可愛い息子はいるかしら」
「……ふてぶてしく奥に座ってます」
「なに」
リエーブが部屋に入りガーネを一瞥すると、ちょいちょいと指先で手招きをした。それを見てガーネが立ち上がると、リエーブは要件を口にした。
「大図書館の『管理指定図書区域』に行きたいの。ディアマントとヘルソニアに言ったらガーネに言えって言われたから。少し前の、魔女の記録簿が格納されているはずだから記録をいくつか確認したいのよ」
「そういうことなら。……アミュは?」
「貴方、あの子がそういう細やかな『仕事』すると思って?」
「思わねーな。……スメイラ、少し出る」
ガーネが椅子の背もたれに引っ掛けていた官服を着直すと入口の方向へと向かって歩き出した。
「あっ!ま、待って!護衛!一応!」
「いらねーだろ、伴うの『魔女』だぞ」
「あ、そうか。……え?いいのかな」
「いいのよ。スメイラでしたっけ、母様と愛息子の語らいの時間を邪魔させないわよ。せっかく王城にいるのにちっとも語らってくれないんだもの」
「忙しいんだって言ってんだろ!行くぞほら!」
「まぁ、つれない息子だわ。あ、ガーネ。母様ね、お城の近くにある喫茶店に行ってみたいわ。母様がまだ母様になる前はお城の近くにあんな喫茶店なかったもの」
「図書館行くんだろーが!忙しいつってんだろ!」
苛立った声のガーネに急かされ渋々と言った顔で着いて出て行ったリエーブに、ラズリはスメイラと顔を見合せて肩を竦めた。
「……なんだかんだ、『親子』になって来たみたいで良かったわ」
「そうですね、うちの弟と母親見てるみたいです」
「ウチの兄貴とママみたいだわ。世の中の母親と息子って大体あんな距離感よね。……さ、あの女のとこ行ってくるわ」
*****
王立大図書館の閉館時間間近で、職員に制止を受けた。
「王命だ、通せ」
「とッ、特務総監様!!?……失礼いたしましたっ!どうぞ、お通りください…!」
王城勤務の身分証を提示し、職員が恭しく頭を下げてガーネとリエーブを通過させた。
「小一時間かからず済ませる、悪いが残業してくれ」
「かしこまりました!」
「行くぞ」
「ええ」
リエーブを伴って一番奥の区画へと足を進め、何度も通った管理指定図書区域の入口へと向かった。封鎖の魔法陣に左手を翳し、解錠してから扉を押し開く。
相変わらず暗い中に入ると、壁に設置された灯り用の魔法石を軽く叩いて光を灯してからリエーブを振り返った。
「どこ?」
「奥の方よ、貴方も興味があるのなら見たらいいわ」
「フーン、見ていいならちょっと見たい」
先程までとは逆にリエーブが先導して記録の保管された棚の方へと歩いて行った。棚一つが全て記録帳簿がしまわれており、ガーネは一番古いものを確認して手を伸ばした。
「……1万2380年前」
「ヴェルーティン建国の頃ね。その頃は『初代』もしくは『始祖』じゃないかしら。わたしも昔母から嚆矢を引き継いだ時に見た以来だから忘れたわ」
「…………始祖の魔女だ」
「そう。……あら、なに。持ち出しして怒られない?」
「怒られない。まぁ、怒られたら謝る、『ごめんね』って」
「そ、ほどほどになさい」
リエーブが目的の年代の記録を探して指先で背表紙をなぞり、ぽつりと口を開いた。
「ガーネ」
「うん?なに」
「貴方、『魔女』についてはどの程度知っているの?」
「……『適正』があって『女王認可が降りた女』としか。そも、俺には関係ないしな。だって俺一応男だし 」
「…まぁ、貴方が『魔女』の称号を得ることは無いけれどね。娘じゃないもの」
「そも、別に世襲ってわけじゃないんだろ。お祖母様は先代嚆矢だったらしいけど」
「そうね、母様の母様が先代だったのは偶然よ。……でも、やっぱり『血』の影響は、可能性もある。母様が何が言いたいかわかるかしら」
「………」
「貴方とディアマントに将来子供が出来たら、『適正』が出る可能性がある。貴方という『息子』の異例もあるけれど、紛れもなく貴方は『魔女の子供』。『セイズゥルの血筋』。……9割9分、生まれる子供は娘よ」
「……うん」
「まぁ、そんなこと母様がガーネに言わなくてもディアマントはわかっているでしょうけどね。……見つけたわ、とりあえずこれを持ち出すわ。戻りましょう」
「…母上」
「なぁに」
ガーネの小さな呼びかけに、リエーブは優しい『母』の声で返答をした。ガーネはそのまま数秒無言で佇み、首を振った。
「……なんでもない」
「…変な子ねぇ。おいで、いらっしゃい」
柔らかく笑みを浮かべた母親の顔をして、リエーブがガーネを手招きした。ガーネは子供扱いされたことに眉を寄せながらも、ここで問答をして時間が押しては結局図書館の職員に迷惑も掛けるし自分の仕事も押す。なにより、通常業務と結婚式準備、外遊準備の疲れた脳みそで『リエーブ節』を処理できるとはガーネ自身思えなかった。
諦めた顔で小さく溜息を漏らして管理指定図書区域を共に出ると、並んで王城へと戻って行った。




