560話「エーテルバード」
「……おこめちゃんが来た!」
朝から盛ったガーネと一頻り楽しんだあと、寝直すには半端な時間な為に昨夜中断した雑談もといディアマントの一方的なおしゃべりの最中に、ディアマントが窓の外に気付いてベッドを降りてバルコニーへと向かった。
カーテンを開くと朝日が差し込み、広々としたバルコニーには小さく真っ白な小鳥が愛らしい声で餌をねだって鳴いていた。
「おこめちゃん、ごはんの時間じゃ」
ディアマントが硝子扉を開けて図々しくも部屋の中に数歩入ってきた小鳥に米粒を掌に乗せて差し出すと、ディアマントの手から米粒を啄んで食べ始めた。
初めてディアマントのところに来るようになった時と比較して随分とまるまるとした小鳥を、ガーネは寝巻きを脱いでシャツに袖を通しズボンを履いたところで珍しく興味を持って傍に近寄った。
「…………随分と懐くなと思ったら、魔獣じゃねぇか」
「えっ」
魔獣と聞いてディアマントは驚いた顔をしたが、ガーネは小さく肩を竦めて小鳥を見下ろした。
「心配しなくてもそんな害のあるタイプのじゃねぇよ。とはいえ霊力を食うタイプの鳥だからな……米粒ごときでよくもまぁこんなに太るもんだと思ったら、お前の霊力食ってる」
「妾、ちっとも気付かなかった…」
「お前が気付かないのはお前の霊力量が半端じゃなさすぎるせいだろうな。飼うなら飼うできちんと『契約』した方がいいぞ、『霊翼鳥』──── エーテルバードは、ちゃんと契約すれば懐くし扱いやすいけど、お前の霊力をそんだけ食い物にしてて他に使役されるとわりと厄介だからな」
「おこめちゃん、おいで」
ディアマントが人差し指を差し出すと、小さく鳴きながらディアマントの指先に飛び乗った。比較的よく懐いているのは明白であり、契約を勧めたガーネ本人はなんとなくムッとして小鳥をむんずと鷲掴みディアマントから取り上げると、強引にひっくり返してそっと翼を指先で広げて風切り羽根を確認した。全体真っ白な小鳥は羽の先まで真っ白で、ガーネは盛大に舌打ちを漏らした。
「オスじゃねーか!テメェ、人の女に変なことしたら焼き鳥にしてやるからな!!」
「お前はおこめちゃんになにをするのじゃ!!」
慌ててガーネの手からディアマントの肩に逃げた小鳥を見て再度舌打ちを漏らし、ガーネはソファに引っ掛けていたネクタイを掴んで襟元に結んだ。
「おこめちゃんはオスだったのか。ちなみにガーネ、オスメスの見分けはどうやるのじゃ」
「風切り羽根の先が赤いのがメス。羽が全部白いのがオス。……言っとくけど、図鑑知識はあるが『魔獣との契約の仕方』までは俺は知らんからな、巫術官長かヘルソニア様か、あとはこういうのはラズリが詳しいからその辺に聞け。仕事行く」
「まだ早いのじゃ」
「昨日来客対応やら打ち合わせやらで一日潰れたから丸々何も仕事してねぇんだよ」
「昨日のも一応括りは『仕事』じゃ。公務なのじゃ」
「俺の仕事は『それだけ』じゃねぇんだよ。じゃーな」
官服を羽織り着替え類を雑に詰めていた紙袋を持って背中を向けたガーネだったが、ふと立ち止まって少しだけ考えたように無言になる。
ちょこんと首を傾げたディアマントを振り返るように向き直ると、数歩歩み寄ってガーネが少しだけ上体を屈めた。
「忘れ物」
ちゅ、と小さく音を立ててディアマントの唇に口付けてから、ぽんぽんと頭を撫でて笑いかけた。
「行ってきます。……まだ少し早いから、侍女長来るまで少し寝てろ」
「う、うむ。……行ってらっしゃい」
珍しく照れたような顔をしたディアマントがやや呆けた様子で部屋を出るガーネの後ろ姿を見送り、おこめちゃんを肩に乗せたまま枕元のゆきちゃんを抱き上げてソファに腰を下ろした。
そのまま小さく息を漏らし、魔法鈴を鳴らして侍女を呼ぶ。
少しして部屋のドアがノックされ、ミモゼが部屋にやって来た。
「おはようございます陛下、お呼びでしょうか。……あら?特務総監様は?また喧嘩なさったのですか」
「ちがうもん!…い、行ってらっしゃいしたのじゃ。妾も、もう目が覚めたから朝の支度をするのじゃ」
「かしこまりました。用意をして参ります」
*****
「ほ、補佐官殿」
特務室のドアを開き、近衛総監ジェレイドが小声でスメイラを呼んだ。
「…………なんですかヘタレ総監。カルセさんならいないですけど」
「そうか。それは残念だ」
不在を知らされると急にいつもの様子に戻って特務室に入って来ると、キョロキョロと周囲を見回す。スメイラはその様子を見て眉を寄せ、あしらうように肩を竦めて書類に目を落とした。
「ガーネくんもいませんよ。今衛兵詰所に行ってます」
「そ…そうか…、……君はあれだな、よく私がなにを求めていたかわかるな」
「貴方顔にすごく出るんですもん。言われません?今しがたも、カルセさんがいないって聞いてあからさまに安心しましたよね」
「い……言われるな…」
「お言葉ですけど、近衛の長なんですからもっとポーカーフェイスでいた方がいいんじゃないですか。腕っ節だけじゃ成り立たないでしょ」
「普段はそんなことはない!大体、君のところの長だってよく悪どい顔をしたりと表情を隠さないではないか!」
「俺は『特務』であって『近衛』じゃねぇからな。だいたい、『近衛騎士』のときは比較的ポーカーフェイスだと思うけど」
「ヒ」
「どっから出たその声」
「け、気配を殺すなガーネ!!」
「カルセならいねーぞ」
「それは残念だ!!さっき補佐官殿から聞いた!!」
「ちなみにカルセさん、大司教様と昼食摂って戻るって言ってたんで昼過ぎにはいますよ。『自然に出くわすのを装いたい』なら外でウロウロしてて『あ、偶然ですね』ってした方が誘いやすいんじゃないですか、舞台」
「そうだな、早くしろよ。だって明後日だぞ、舞台」
「君たちは!!!やかましい!!!」
そう叫んで特務室を勢い良く出ていったジェレイドは、馬鹿正直にも近衛詰所の方向ではなく玄関ホールの方向へと向かって歩いて行ったのであった。
「…で、結局アイツ何しに来たの?」
「え?私もわかんない」




