554話「将来の夫」
「さて問題は、今回の警備の責任者を誰に据えるかだな」
ヘルソニアが腕を組んで評定の参加メンバーを見回した。
一同はなんとなくガーネへと視線を向けるも、ヘルソニアが悩む理由も理解出来るようで困ったように唸った。
「え、なんで俺見て唸るの」
ガーネが周囲を見回してからヘルソニアとディアマントを見ると、2人は揃ってリエーブとアミュを視線で指した。
要は、全員揃って『リエーブとアミュを制御かつ物怖じせずにものを言えるのがガーネくらい』だが、『王配として扱う演習も込みなのにその王配殿下に警備の責任者を託すのか』といったところであろうかと、視線からガーネはようやく理解する。
「フーン。なら俺を『婚約者』として扱わないで『今まで通り』ただの近侍護衛だと思ってりゃいいじゃん」
「そういうわけにもいかぬ。妾は公国の連中にお前を見せびらかさねばならぬ」
「なんでだよ見世モンじゃねーぞ俺は」
「忘れたのか。連中、新年早々お前に縁談を持ち込んだな」
ディアマントのその言葉に一同は、『そう言えばわざわざ挨拶の場で公国の姫を差し出そうとしていたな』と思い返し、どう返答するのかとガーネへ視線を向けた。
「そんなんいつものことでしょ。大体、王城勤めになる前の警官時代だって要人警護とかで社交の場に出てたら貴族連中に『うちの娘はどうだ』みたいなこと腐るほど言われてたけど」
「妾の男じゃ!!」
「それとこれとは話が別だろ。俺をお前の配偶者候補扱いするのと外遊を恙無く終わらせるための警備や護衛を組むのは話が全く別だ。そも、俺はお前と結婚はしたいが女王の夫になることは未だに腹落ちしてない。女王やめろ小娘」
「謀反じゃ!」
「まぁさすがに女王やめろは冗談だけど。腹括って、このとんでも魔女2人を手懐けるか、俺への扱いを諦めるかの二択だろ」
「リエーブ、とんでも魔女ってゆわれてる」
「ちがうわアミュ、とんでも魔女は貴女のことよ」
「『とんでも魔女2人』って言ってんだろボケババァ共」
なかなか結論が出ずにただの責任者を決めるだけが妙に難航し、ガーネは次第に面倒そうに眉を寄せて目の前の冷茶の入ったグラスを掴んで半分ほど一気に飲んだ。
「あー、めんどくせ。なら折衷案だ、基本は俺が責任者でこの魔女2人見張ればいいんだろ。で、会談やらの近侍護衛につく時は近衛総監か衛兵総監が責任者としてスイッチすりゃいいんじゃねぇの」
「そうじゃな、それがよかろう。あとガーネ、近侍護衛ではない。会談はお前は『妾の隣』じゃ」
「なんでだよ」
「『王配殿下』として扱う演習も込みだからじゃ」
「それはわかったけど、だからと言って隣はおかしいだろ。俺は『今まで通り』お前の後ろで立ってる」
「なぜ妾の夫が後ろに立つのじゃ。今まで通り隣じゃ」
「いやいやお前言ってることおかしいだろ、『今まで通り』って」
「今まで通りじゃ」
「はぁ?なら後ろで」
「だから、『今までどおり喋ればよい』と申しておるのじゃ。妾の隣で、妾の将来の夫として」
そこまで言われてガーネは冷茶を飲む手がぴたりと止まった。
ゆっくりと視線をディアマントに向けると、ディアマントの隣のヘルソニアとともににんまりと人の悪い笑みを浮かべた。
「騙したな!」
「騙しておらぬ。今まで通りじゃ」
「俺は騙された!」
「人聞きの悪い男じゃ」
「結婚詐欺じゃねぇか!」
「しかしガーネよ、其方元々と立ち位置が変わるだけでやることは変わらないのではないか。其方の希望通りだろう、『今まで通り』だと思うが」
「全ッッッ然今まで通りじゃねぇんだけど!!!」
*****
今回の外遊の護衛最高責任者はガーネとし、ガーネが『王配』として扱われる場面では衛兵総監エーリックが務めることにして近衛総監ジェレイドは臨機応変に動ける立ち位置にと、今回は敢えてここも運用の幅の見極めのために配置することでようやく決した。
思いの外長引いたこの日の評定は夕飯時にようやく終わり、ガーネはすっかり意気消沈した顔でとぼとぼと廊下を進んでいると侍女長ミモゼがガーネを呼び止めた。
「特務総監様」
「……なに」
「陛下が、御夕食を是非一緒にと」
「やだって言っといて」
「まぁ、また拗ねますわよ。そうなると一番大変なのは貴方ですわ、大人しくご一緒した方がよろしいかと」
「………………はぁ……わかったわかった。なに、なんか話でもあんの?あの小娘は」
「評定が長引いたので、夕食をともにしながら御新居に関しての話をしたいと仰せでしたわ」
「そ、じゃあ支度出来たら呼びに来て」
手の中の分厚い書類の束を見せつけながら雑に返すと、まっすぐに特務室へと向かって歩いて行く。今日は妙に扉が重く、ギ、と軋んだ音が小さく鳴ってゆっくりと開かれた。
そのまま自席に腰を下ろし、疲れなのかなにかわからない深い溜息を漏らすとすれ違ったアメジがすんと鼻を鳴らした。
「ガーネ様、今日すーーーーっごくいい匂い」
「あ?どんな」
「なんか高貴な匂いというか、お花?うーん、なにかしら」
怪訝そうな顔をしたガーネが自分の腕を鼻先に寄せてすんすんと匂いを嗅ぎ、小さく首を傾げると、冷たい水をカップに入れて配膳したカルセも少しだけ鼻を寄せてガーネの匂いを確認した。
「……あら、陛下と同じ匂いがいたしますわ」
「…………あ、あー。……昨日、リエーブが俺の部屋泊まったからディアマントのとこ泊まったからかな。初めて女王私室の湯殿入ったけどとんでもなくデカかった」
「え、あんなに寝泊まりしてる癖にお風呂は初めてだったの?」
スメイラも少し驚いたような顔でガーネを見つめると、他の面々も同じ感想を抱いた様子で一様に小さく頷いた。
「風呂場とトイレは使ったことない。さすがに女の子の部屋の風呂もトイレも使うの申し訳ないだろ。便所は離れるタイミングまで我慢するか小娘が寝てる時に自分の部屋戻って用足してた」
「…アンタがそういう配慮すんの意外だったんだけど」
「気くらい使うだろ、実年齢はともかくとして見た目と身体は23の女の子だぞ」
ラズリ筆頭に全員がガーネの意外な一面を目の当たりにして感心するやら何やらのタイミングで、若い侍女がガーネを呼びに来てガーネは気が進まないまま立ち上がってネクタイを直し、女王居住区の食堂へと向かった。




