550話「魔女の称号と魔女の領域」
「夜分に悪いわね」
「いえ、構いませんリエーブ殿」
小評定の間に集められた警備関連主要メンバーと特務、ディアマントとヘルソニアを前に、珍しく真面目な様子のリエーブが声を掛けた。
「先日、うちの可愛い息子……いえ、『特務総監閣下』から正式に任務の依頼のあった件の報告よ。オエィセ外遊で皇国の皇子と皇女に同伴していた『導師』について」
ガーネが外交中に常に警戒し、外遊が終わっても休みなく北の国境付近の集落セイズゥルまで赴いたにも関わらず、最終的に情報が一切出なかったメイジーエ皇国の『導師タマス・シャーパハ』。
約1ヶ月近く経って、リエーブが情報を得て報告のために王都に来たのが、ガーネの婚約成立の祝福やガーネの育ての親ジュンへの純粋な『親としての謝礼』とは別の本命の要件であった。
「メイジーエの報告で名乗っていた『タマス・シャーパハ』は偽名……いえ、『通称』と言ったらいいのかしら。メイジーエ名ね。だから戸籍で追っても情報は当然無いわ、正式なものではないから。…2418年前、セイズゥル生まれ。便宜上、セイズゥル部族民はわたしたちと同じ『ヴェルーティン人』とした前提で話させてもらうわ。母親は『エルフとヴェルーティンのハーフ』、父親は『メイジーエ人』。653年前、『思想の違い』で追放に近い形で集落を出ている。ここまではガーネから報告しているわね。わたしもここまではこの子と一緒に確認したもの」
リエーブが話し始めると、室内は少し緊張を孕んだ重さに包まれ無言でリエーブへと視線を向けた。
「本名は『ミルクル・フォルトゥ・アイミング』。情報、出てこないはずよ。────没後388年。388年前、終焉の魔女アミュ・アティム・パシアフが殺しているわ。まぁ、アミュ本人は覚えていないけれど」
「…死ん、でる…?は?いや、だってこの女外遊、で……、…まさか」
ガーネが何かを言いかけて固まったのを見て、ディアマントは眉を寄せてガーネを見た。
「…どうしたのじゃ、どういうことじゃ」
「待て、…ちょっと待て」
額を押さえて考え込むガーネに、一同どこか不安そうな目を向けている中、リエーブは淡々と続きの報告を口にした。
「アミュはあの性格だから覚えていないけど、当時の『魔女公役録』を確認したらしっかり記載されていたわ。処断理由は、『終焉の代替わりの目論見による現行終焉の魔女の暗殺未遂』。おそらく、アミュの真名を知っていたのはこのためね。わたしの真名まで知られているのはよくわからないけれど。それとこれもガーネから報告があったと思うけれど、サインドブリューグ神殿に安置されていた『翡翠の腕輪』。25代前の当時の律衡家当主が封印して安置したものよ。アミュだから断片的にしか覚えていなかったけれど、あの腕輪はアミュを呪い殺すためにミルクル…いえ、タマスがアミュに仕掛けたもの。わたしたち魔女では解呪できない『霊力』を駆使したもの。セイズゥルは『魔女の生まれた場所』、わたしの曾祖母もそこの出身よ。メイジーエの男と交わったことによって、魔力ではなく霊力の方が強く遺伝したみたいね、…それも、当時のセイズゥルで『異端』扱いされて追われた理由の一つでもあるみたい。そういう前例もあるくせに、あの老婆どもよくもわたしの可愛い息子を忌み子扱いしてくれたものだわ」
「忌み子扱いって言うより、『子種扱い』されてた気がするけど。まぁいい、…つまり…あくまで『可能性』の話だ。やっぱりメイジーエは得体が知れねぇってことだ。律衡の『グリーチェウト』の名前を使っても、情報屋を走らせても情報が出てこないわけだ」
「…どういうことだガーネ」
ヘルソニアもガーネとリエーブの言わんとしていることを確認するように珍しく緊張を孕んだ声を漏らし、ガーネは顔を上げて視線を向けた。
「忘れたんですか、なぜメイジーエ皇国が『得体が知れない』と揶揄されているのか。文化でも思想でもない、……盟属性魔法とは明確に異なる、『死者と契約する呪霊呪術国家』と言われているからです」
「ま、待てガーネ。わかるように言え。下見の際に散々聞いたが、整理と理解が追いつかない」
「俺らが下見の時に出会った均衡の幹部・第七席エリウが『ホンモノ』で、外交の時に皇子たちに随伴してたのがエリウに使役された『タマス・シャーパハ』の死霊の可能性がある。俺は詳しくはわからんが、そう思えばカルセがあの時、俺らと『魂の性質が違う』って言ってたのもなんとなく腑に落ちる気がする」
「………」
しんと静まり返った室内で、誰かの唾を飲み込むごくりという音が小さく響いた。
「……リエーブ」
「なにかしらヘルソニア」
「それ以上を調べる手段は」
「手っ取り早いのは、メイジーエに行くことかしら。時間がかかってもいいのなら国内でも色々調べる手段は無きにしも非ずだけれど、限界はあるかもしれないわ」
「やっぱそうなるよなァ。……けど、俺ら外遊参加組が表立って行くのは難しいな。陛下が引っ叩かれた件の報復を警戒されそうだし、調べんのキツイな。潜入やら諜報やらのそういうのはわりと得意だけど、俺は時期が悪い。面割れし過ぎてるし大々的に報道され過ぎてる」
「ダメじゃ!ガーネは行かせぬ!!」
ディアマントが慌てて立ち上がり悲痛そうな顔で声を上げたのを見て、リエーブはいつものように感情の読み取れない表情でディアマントとガーネに目を向けた。
「だから母様が引き受けたんじゃないのガーネ。『そういうの』は、わたしとアミュの……『魔女』の称号を賜ったわたしたちの領域よ」
リエーブの凛とした声に、ガーネはほんの少しだけ不安そうに目を揺らした。
その顔を横目で見たディアマントは、椅子に座り直して腕を組み小さく息を漏らした。
「……リエーブ、そしてこの場にはおらぬがアミュに、正式に女王勅令を下す。最重要任務は『死なないこと』じゃ。ほかは、追って共有する。よいな」
「当たり前よ。舐めてもらっては困るわ、これでも『嚆矢』の二つ名を持つ魔女よ。それに、愛息子の結婚式出たいもの。……だけどディアマント、成果を出すには少し時間がかかるかもしれない。後ろにある存在が大きすぎるわ」
「致し方あるまい。均衡の連中の幹部まで顔を出して来たこの状態で、お前たち魔女の存在を失うのは相当な痛手じゃ。『とにかく死ぬな』、これが命令じゃ。まずはメイジーエには赴かず、国内で出来ることをせよ。皇国へ赴くことは危険度の想定がつかぬ、禁止じゃ」
珍しくリエーブが口元に薄く笑みを浮かべると、そのままガーネに視線を戻した。
「ガーネ」
「……はい、母上」
「ノルデンに出張で来ていた時にわたしが出した『宿題』。結果をお見せなさい」
「まだ詠唱破棄出来ねぇけど」
「だから、誰が無詠唱でやりなさいと言ったんです。わたしたちとは歴が違うのよ貴方は」
ガーネが無言で立ち上がると、目の前に置かれた水の入ったコップに手を触れた。
「……『ミシュタハ』、…『ケラハ』」
ガーネの詠唱で中の水が膨張し、硝子のコップに亀裂が入って砕けた。
コップが割れたあとには、机の上にコップの形の氷が出来上がっており、リエーブが人差し指を氷に向けるとその氷はパキっと音を立てて2つに割れ、中から水が溢れ机の上を濡らした。
「……す、すごい。『表面だけ』凍ってるわ」
アメジが感心したように小さく呟くと、部屋にいた一同コップの形の氷と零れた水を見つめた。
「──── 合格です。よく、ここまで調整が出来るようになりました」




