548話「ジュン・ゼレール・ロット」
「そういやお前さ、新聞とか雑誌とか見た?」
「お前と妾の記事か」
「そうそう」
ベッドに転がりシロクマのぬいぐるみのゆきちゃんを抱き締めながらガーネに擦り寄るディアマントの髪を一房指で掬い、ガーネが思い出したように声をかけた。
「全部は時間が無くて見ておらぬ。なにかあったのか」
「いや、ゴシップ系週刊誌で俺がお前を組み敷いてるって書かれてたから」
「?」
「なんできょとんとしてんだよ」
「だって組み敷かれておる、現在進行形で」
「だって可愛いんだもん」
いつの間にかディアマントを組み敷いて頬を撫でながらしれっと吐かすガーネを見上げ、ディアマントはゆきちゃんを抱き締め直した。
「クマ邪魔」
「ゆきちゃんじゃ!」
「あーあ、クマのせいでキスできねーな」
「し、し、仕方がないからゆきちゃんは少しだけ置いておくのじゃ…」
いかにもしょうがなく言うことを聞いてやるような体でぬいぐるみをそっと枕元に置いたディアマントを見て、ガーネは小さく喉を鳴らして笑った。
「……いい子。明日、午前中空いてんだろ。乗馬付き合ってやろうか」
「!妾の優雅な休日の過ごし方じゃ!」
「お前の見栄張りにも付き合ってやんねーとな。なんで乗馬なんて言ったんだか」
「本に書いてあったのじゃ、『貴婦人の優雅な休日は乗馬』と」
「フーン。でも少しだけだからな、午後から予定あんだから」
「うむ!」
嬉しそうににこりと笑みを浮かべたディアマントの首筋に軽く口付けて華奢な身体を抱き締めた。
*****
翌日午前中、王城内の馬場でぎこちなく馬に跨るディアマントとものすごく不安そうな顔をして見上げるガーネの姿があった。
「……お前、さっき馬乗ったことある、乗れるって言ってなかった?」
「………」
「まじかよ、なんで俺相手に見栄張るんだよ」
「の、乗れると思ったのじゃ。だって、前の外遊で、ガーネが簡単そうに馬で駆けておった」
「……はぁー……まじかよ…」
ガーネと同じように不安そうな顔をしているミモゼと数人の近衛を見て、ディアマントは唇を尖らせた。
「できるもん!妾、乗れるもん!!」
「ダメだ危ないだろ、怪我じゃ済まないんだぞ」
「乗れるもんっ!!」
「わかったわかった、危ないから一緒に乗っていいですかお姫様」
「うむ!」
何度目かの溜息を漏らしながらガーネがディアマントの後ろに跨ったことで、ハラハラと不安な顔で見守っていたミモゼほか近衛たちはようやく安堵した顔になった。
「ちゃんと手網握ってろよ」
ガーネがふくらはぎで馬の腹部を圧迫し合図を送ると、馬はそれに反応してゆっくりと歩き始めた。
「わっ、わ、はわっ、わわっ」
「ブッ…おま、振動に合わせて妙な声出すな!」
「だ、だっ、揺れ、わっ」
馬車の揺れとは異なる直接来る振動に思わず声を上げるディアマントを見て盛大に吹き出して笑うガーネであったが、ディアマントは初めての経験でそれどころでは無さそうに手網を握って身体を揺らしていた。
そのあまりの体幹の無さに落馬しないかと不安になったガーネに背後から腰を抱かれて支えられたことでようやく落ち着いて周りの景色を見る余裕が出来、きょろきょろと視線を向けた。
「…たかい!」
「怖い?」
「ガーネがいるから平気じゃ!」
楽しそうに笑みを浮かべるディアマントにガーネも小さく笑みを浮かべ、しばし乗馬に付き合った。
仲睦まじく乗馬に興じる姿を、ミモゼは微笑ましく見守っていた。
夕方少し前。
予定通り、謁見の申し込みがありガーネは近侍護衛としてディアマントに同伴した。
「面を上げよ。楽にしてよい」
「は」
最敬礼の姿勢から姿勢を正して顔を上げた、40代半ばの男。
飾緒の揺れる微かな音が鳴り、どこか『悪ガキ』のような印象の、まるで子供がそのまま大人になったような顔立ちをしていた。
「お忙しい中、お目通りいただきまして恐悦至極に存じます女王陛下。お会い出来て光栄にございます。此度辞令により、王都・警察本部刑事課に配属となりました。ジュン・ゼレール・ロットと申します。……従甥が大変お世話になっております。それと、ご婚約おめでとうございます」
「うむ。ガーネやエーリックから話は聞いておる。……お前も聞いておるやも知れぬが、近年均衡教徒の連中の動きが活発じゃ。元々ガーネとエーリックが警察関係者ということもあり、既に警察とも連携を取って動いておる。お前たちの力も借りることもあろうかと思うが今後とも力を貸してくれ」
「もちろんでございます」
「積もる話もあろう、自由に話せ」
「へー、珍しく気ィ利くじゃん。てっきり『妾もーっ』てなるのかと思った。今日どうした」
「なんじゃ!妾とて気くらい使えるのじゃ!」
「フーン、あっそ。……久しぶり、伯父さん」
「……特務総監殿、ご婚約おめでとうございます。お久しぶりにございます」
「うわ、出た外面」
「ははは、…久しぶりだな、ガーネ。それとエーリックも」
「先輩、お久しぶりです」
ガーネとエーリックがそれぞれ一礼し、ジュンは少し離れた場所にいる真珠灰色の髪を普段より少し高い位置で纏め上げた美人へと視線を移した。
「リエーブちゃん、いや……『嚆矢の魔女』様」
「いやだわジュン兄さん、リエーブでいいわ」
「……ん?あれ!?リエーブちゃん歳取ってないの!?」
「取っていないわ、だってわたし永遠の20歳だもの」
「20歳だと俺と同い年になっちまうんだけど母上」
「まぁ、なら母様は若い母様ね」
ガーネの育ての親と言っても過言では無い、ガーネから見てリエーブの父方の従伯父にあたるジュン。
エーリックの先輩にも当たる男で、正しくガーネにピッキングを含めた『悪事』を教えた警察官である。




