547話「くそへたれ!」
「すげー見出し。なにこれ」
新聞各社や普段買わない週刊誌やゴシップ誌を机に並べて感心したように呟いた。
「どれ?」
サイフィルが興味深そうにガーネの手元のゴシップ誌を覗き込むと、大きく記された見出しには『噂の色男、夜は女王陛下を組み敷く──── 「尻に敷かれるように見えますか」、その真相は』
ゴシップ誌らしくなかなか下世話な見出しに、さすがのサイフィルも引いたような顔をしていた。
「これ、俺は別にどうでもいいけど陛下に対しては不敬じゃねーのか」
「ガーネは別にいいの?だってこの見出し、ガーネのことじゃん」
「俺は別に。だって組み敷いてんのは事実だし。お前みたいな童貞と違ってな」
「そうよサイフィル。じゃなかったら『孕ませたかもどうしよう』なんて取り乱さないでしょ」
「まだ擦るのそれ。でもそういや俺の懸念は一個当たったぞ。小娘に名前の話したら、『赤ちゃんは小さいから、ちいさいちゃん』とか真面目に考えた結果真顔で言ってたから、将来ほんとにガキが出来たら俺が責任持って名前付けることにするわ」
「ち、……ちいさいちゃん…?」
「将来デカくなったらどーすんだっつのな。やっぱ改名かな、『おおきいちゃん』とか」
噂に聞いていたディアマントのネーミングセンスにラズリも引いたような顔をしながら復唱した。
ガーネは苦笑いを漏らしながら立ち上がると、ゴシップ誌数冊をスメイラのデスクに置いた。
「評定出てくる」
「あれ?今日なんのやつだっけ」
「通常公務、外遊の」
「あ、今日か。はいこれ。行ってらっしゃい」
スメイラが引き出しから封筒を取り出してガーネに差し出すと、ガーネは中身も確認せずにそれを懐にしまってさっさと部屋を出て行った。
「スメイラ、今のなに?」
「先輩、『ホーリー』です」
「……ふぅん。へぇ」
中身がなにかはわからずとも何となく察した様子で小さく呟きながら、カルセの淹れたローズヒップティーをゆっくりと飲んだラズリであった。
*****
「……では、次回の外遊は主には元々予定していた『東の神殿視察』と、追加で『婚約者披露』ということで。まぁ、トーパスの領地だ。大きな問題は無いだろうし、前回も行った場所だ、下見も今回は不要だな」
「うむ。……ガーネ、今回は魔女2名はどうする」
「どうしましょうね。前回の件もあるし、連れてってもいいような気もしますけど…ああ、でも陛下。明日『謁見』1件ありますよね、リエーブもそれに合わせて来るはずです。アミュよりほんの少しだけまともです、ほんの少しだけ」
「ならばその際に意向を確認するか」
「ならば今日は締めだ。仔細は次回の評定で決する」
ヘルソニアの号令で評定が終了し、ぱらぱらと退散する中でディアマントはガーネを呼びつけた。
「なに、……あ。悪い、ちょっと待って。…ジェレイド、ちょっと」
自分よりも先に他を優先されたことにディアマントは拗ねた顔をしつつも、呼びつけた相手がジェレイドとあってなんとなく『例の件か』と興味の向いた目を向けた。ディアマントも聞き耳を立てて把握していた、『オペレーション:ホーリー』にどこかわくわくとした顔をして少し目を輝かせた。
呼びつけられたジェレイドはどこか警戒した顔をしつつ、ガーネの前に来ると「なんだ」と短く問いかけた。
「これ、お前にやる」
ガーネが懐から、先程スメイラから受け取った封筒を取り出してジェレイドに手渡した。
「……これは?」
「舞台のチケット、2枚ある。ちなみにボックス席だ」
「…こ、これを、なぜ私に」
「みなまで言わずともわかんだろーが。ほんとはコイツと行こうと思ったんだけど、ほら。あんな大々的に新聞にも週刊誌にも出ちまったらお忍びもしばらく厳しいだろ。勿体ないじゃん。まぁ、俺とコイツの一面記事のお陰で話題は全部こっちだ。いいタイミングなんじゃねーの、なぁ?」
「うむ」
よく分からないながらも話を振られたディアマントはこくりと深く頷いてジェレイドを見上げた。
「くそへたれ!」
「ぶっ、へ、陛下…!?」
覚えたての悪い言葉はとにかく意味はわからずとも使ってみたい小娘にまでクソヘタレと言われジェレイドは困惑した顔で手元のチケットの封筒と目の前の話題のカップルを交互に見た。
「クソヘタレ、俺がお前に手を貸すのはこれが最後だ。使わねぇなら衛兵総監夫婦にでもくれてやれ。じゃーな。…で、陛下俺に用事なに?」
「うむ、明日の謁見の件じゃ」
「あーはいはい、なら一旦特務室戻って仕事片付けてから部屋行くから、ちょっと待ってて。2時間以内に行く」
「うむ!」
書類の束を抱えて部屋を出たガーネと、ヘルソニアと侍女長を伴って部屋を出たディアマントを無言で見送って立ち竦んだジェレイドは、手元の封筒をそっと開いて中身を確認した。
「…………話題の恋愛物じゃないか…」
ガーネがディアマントと行こうとしていたという方便に気付きつつ、下見の際に買い求めてついに本番の最終日前日まで渡せなかった硝子栞とは異なり、舞台は座席だけでなく日付まで指定されていた。
つまり『そういうこと』だと理解はしつつも、誘う度胸など当然持ち合わせておらずにジェレイドは深々と溜息を漏らした。




