544話「お小遣いいっぱい」
ことん、と音を立てて盤面で駒が移動した。
ディアマントはそれを見て腕を組んで「うーん」と小さく唸り、少ししてからぱっと笑顔になってルークの駒を動かした。
「あーあ。はい、チェックメイト」
「え!?あっ、あーっ!ずるをしたな!ずるじゃ!」
「どこがだよ」
くすくすと小さく笑いながらミモゼがディアマントとガーネ、そしてディアマントの隣に座るヘルソニアに茶を配膳して立ち上がり、傍で控える女官長と侍従長の隣に立ち直した。
「ほら、俺が勝ったんだから今夜はおしまい」
「いやじゃ!まだ遊びたい!」
「なら仕事の話してからにしろよ…」
「次は妾が勝つのじゃ、次はなにをする」
「わかったわかった。あとでいくらでも付き合うから」
「小娘、そろそろいい加減になさい。侍女長は貴女のお付きだからまだいいとしても、女官長も侍従長も私も仕事があります。迷惑をかけるのはガーネだけになさい」
「妾は小娘ではない!」
「いや小娘だろ。まぁいいや、で?小娘に妨害されましたけどどこまで話しましたっけ。婚姻にあたっての予算?」
王城内披露をした日の夜、ディアマントの執務室で翌日の報道向けの会見の最終準備として打ち合わせをしていたものの、思いの外ガーネが真面目に打ち合わせに参画していたためにディアマントの想定よりも長くなり、無理矢理打ち切るためにガーネにチェス勝負を仕掛けたはいいがものの十数分で陥落させられむくれた顔をして正面の男に睨んだ。
「予算に当たってはそういう慶事に関しての積立もありますし、国民に負担を強いることはないと回答して問題ないと存じます」
「あとは聞かれるとしたら住居をどうするのかですとか、そう言った『いかにも国民が関心を抱きそうな』質問ですかしら」
侍従長と女官長が返答をして、ヘルソニアもミモゼの用意した茶を一口飲んでから顔を上げた。
「住居に関しては陛下とも話しているが、先代国王と王妃の部屋がある。そこを改装して、陛下とガーネはそちらに移り住めばいいとなった」
「いまのこの部屋は、妾が王女のときからずっとここじゃ。妾も新婚夫婦らしく新居にお引越しじゃ!毎日一緒に寝て、毎日一緒に湯浴みもするのじゃ!」
「え、別に俺今のままでいいんですけど。ていうか毎日は無理じゃね?俺普通に夜勤も出張もあるし。引越しそもそもめんどくさい」
「……其方、何度も言うが『王配殿下』になるんだぞ。其方に今現状宛てがわれている部屋も上位区画ではあるが、他の臣下と同じ区画に住まわせられると思うか」
「はい」
「…………この男も無視しろ。いや、そもそもだが其方引越しが億劫になるほど私物が多いのか」
「俺ですか?私物なんかほとんどないですよ。制服と部屋着と下着と洗面用具くらいです」
「逆に聞くがなぜそんなに私物がないんだ」
「ガーネの部屋は誇張無しに何もなくてつまらぬのじゃ」
「いつ死ぬかわかんねーし、急に死んだら整理大変でしょ。それと俺自身はそんなに物欲がない貢ぎ体質なもんで。あ、改装費用に国費使うのが国民批判ありそうなら俺の家の名前で出しましょうか」
「ふん、妾が運営する国よ。その程度の資金予算はあるし、たまには宮廷大工も修繕やらの細々した仕事ではなく大きな仕事をさせてやるべきじゃ。それに、金なら妾もたくさんあるのじゃ。ほとんど使うことがなかったお小遣いが毎年貯めっぱなしじゃ」
得意げな顔をしてチェスの駒を並べ直したディアマントにガーネは意外そうな顔を向けた。
「……なんじゃその顔は」
「きちんと貯蓄?してんのも意外だったけど、……いや、小遣いってなに」
「女王棒給のことを言っているのではないか。まぁ、物欲魔人の小娘ではあるが好き放題散財することも滅多にないしな。それこそ其方の言う『引きこもり』だから、買ったところで無駄と自分でわかっていたのだろうが、たまに私費でドレスや宝飾品や本を買う程で、年間10億も使わないだろう。昨年度なんかもっと少ないな、確か5000万くらいしか私費は使っていないはずだ。貢ぎ小僧のお陰で」
「どこの貢ぎ小僧ですかね。とんでもねー特務総監ですね」
「侍従長よ、妾のお小遣いはどのくらいあるのじゃ」
「棒給のことでしょうか、そうですね……年間30億、使用せずにそのまま積立られているのが毎年20数億ずつございますので……」
「それ掛ける4000年?国家予算並じゃん。金持ちじゃん」
「ふふん、妾は女王でお金持ちなのじゃ!そうじゃ、年度末に今回の褒賞として妾のお小遣いから臣下に賞与を支給することにする!」
ドヤ顔のままふんぞり返ったディアマントを横目で見つつ、ふとガーネが真面目な顔をして口を開いた。
「話逸れたけど、俺一個確認しときたいことあるんだけど」
「なんじゃ!」
「絶対俺の『家』のこと聞かれると思うんだけど、なんて答えたらいいんだ。律衡家って全然隠れてないけど『表面上は』過去に滅んだ扱いになってるだろ。ただ、わかるやつとか察しのいいやつは『グリーチェウト』って聞いたら紐付くんじゃねーの。まぁ、ほんとに滅んだ扱いにするならグリーチェウトの名前なんか残してないと思うけど。否定も肯定もしないで、『今日はその話じゃないんで』でいい?」
「うむ、……というより、この十数年で均衡の連中の動きが過去に類を見ないほどに活発じゃ。教徒……と呼んでいいのかも定かではないが、ネズミは確実に増やしておる。お前が懸念しておった、警察含めた組織に潜り込んでいる可能性も多分にある。そういう意味では、隠したところで意味はないかも知れぬ」
返答をしながらチェスの駒を動かしたディアマントの手元を見て、ガーネは小さく息を漏らした。ディアマントに付き合うようにチェス駒を動かし、ディアマントも小さく笑いながら駒を動かした。
「とりあえず明日はそんな感じで大丈夫ですかね。まぁ、『なにか』あれば、最低限俺が盾にはなるのでご安心を」
ガーネの動かした駒を自分の駒で取ってしまうと、取り上げたルークの駒を指先で摘みながら得意気な顔をしてガーネを見つめた。
「そうそう城には入って来れぬ、安心せよ。城の中であれば、妾が一番強いのじゃ」
「一番強い?さて、それはどうですかね。チェック」
「えっ?……ず、ずるをしたな!」
「してねーよ。俺にチェスで勝とうだなんて20年早い」
「もういっかい!もういっかいじゃ!妾が!妾が勝ちたいっ!!」
「はいはい」
「……あまり夜更かしをしないでくださいよ、陛下」
呆れた顔をしてヘルソニアが立ち上がると、侍従長、侍女長、女官長もそれぞれ一礼して部屋を出て行った。




