543話「婚約お披露目会」
翌日、王城大広間に城内勤務者が詰めかけた。
「はーい押すな押すな。前ギリギリまで詰めろー」
エーリックが人混みを掻き分けて人員整理をしつつ、なんとか持ち場である正面区画まで辿り着くと「やれやれ」と小さく息を漏らした。
ジェレイドが隣にやって来てエーリックと並び、衛兵隊二番隊長まで揃ったところで女性職員の黄色い声が響いた。
「王城四壁!あー、早くガーネ様も揃わないかしらー!」
「衛兵総監様ーっ」
「ジェレイドさまー!」
「きゃー隊長こっち向いてッきゃー!!」
「……すっごい歓声、ここライブ会場かなにか?」
「さすが『王城四壁』のうちの三壁が揃うと顔面偏差値があそこだけ異常ね。もう1人の顔面偏差値爆上げ要因は今日の主役だけど」
後方警備をしていたラズリとスメイラが遠巻きにその光景を眺め、スメイラに首根っこを掴まれているサイフィルも噂の『三壁』を見て首を傾げた。
「ガーネが結婚したら、四壁から抜けるのかな。抜けたら僕あそこ入れるかな」
「アンタ馬ッ鹿じゃないの。鏡見たら?」
「ひどいよラズリちゃん!」
「やーねサイフィルちゃん、あたし前も言ったでしょ。人それぞれ好みの顔があるからガーネ様よりサイフィルちゃんの方が好きって子も絶対いるとは思うわよって。でも、客観的に見てもガーネ様の顔面と並ぼうなんておこがましいにも程があるわよ〜ウフフッ鏡見て出直しなさーい」
「ひどいよエイミーちゃん!」
「それにさ、ガーネくんが既婚者になったところで『王城四壁』は多分変わらないよ。だって衛兵総監、既婚者じゃない。そのうち近衛総監もカノジョ持ちになっちゃったりして。だから君が刺さる余地はないよ」
「ひどいよスメイラさん!」
「そもそも、結婚したいとか彼女になりたいとかそういうワンチャン狙いも中にはいるとは思うけど、王城四壁なんて娯楽の無い城内のアイドルみたいなモンなんだから。無理無理、身の程弁えな」
ぐうの音も出なくなったサイフィルの肩をぽんぽんと叩いたアメジが高位職者席で他の責任者と談笑するカルセに視線を向けた。
「ま、サイフィルちゃんのことよりも今はガーネ様。そして次はカルセちゃん!ね?」
「僕も彼女欲しいよ」
「あーもーアンタうるさい!口縫合するわよ!」
「ごめんなひゃい……」
ラズリに説教をされほんの数日前に泣くほど叱られた記憶が蘇りあっという間に大人しくなったのを見て、スメイラは深く溜息を漏らした。
「ガーネくんが留守の特務、心配なんだけど…」
そこから数分もおかずに侍従長とヘルソニアが大広間に入ってくると、あれだけザワついていた空間があっという間に静まり返った。
侍従長が奥まで視線を投げ、拡声用の魔道具を手にして小さく咳払いをした。
「えー、ただいまより『王城内婚約披露』を行います。既に王城内通達の通り、女王陛下と特務総監の婚姻手続きが開始されました。本日は、王城勤務者の皆様へ挨拶を兼ねた内々のお披露目の場となります。また、明日予定しております報道向け公表会見に先立ち進行確認も兼ねておりますので、どうぞ肩の力を抜いてご参加を。陛下より、『今日この場に限っては野次も許す。盛大に妾を祝え』…とのことです。……それでは、女王陛下並びに特務総監ガーネ・ディーム・グリーチェウト様、ご入場です」
侍従長の声で一同が起立し、盛大な拍手と共に後方の入口を振り返った。
扉が開き、ディアマントとガーネがいつもの距離感で入場し、ガーネがディアマントの半歩後ろを歩き始めたところでヘルソニアが拡声魔道具越しに声を掛けた。
「止まれ。ガーネ、其方『騎士』ではなく『婚約者』として入場しろ。立ち位置がおかしいだろう」
「え、ここからですか」
「やり直し」
「だから言ったであろう。妾をお姫様抱っこして部屋に入った方がよいのじゃ。目立つのじゃ」
「いやそれはやり過ぎだろ。なんの場だよ」
早速そこで小さく笑いが起き、入口まで下がったところでガーネはディアマントに左肘を差し出した。ディアマントもガーネの肘に手を添えて、再度悠然と中央の絨毯の上を歩き、壇上に揃って並んだところでガーネは半歩後ろに下がり揃って一礼をした。
再び盛大な拍手が沸き上がり、ディアマントが頭を上げた数拍後にガーネも頭を上げ、侍従長の声で拍手が止んだ。
「それでは今回のご婚約にあたりまして御二人からお言葉を」
ディアマントが机に置いてある拡声魔道具・俗に言うマイクを手にして口元へと寄せた。
「本日は想定より多くの者が集まってくれて感謝する。通達の通り、妾はガーネと正式に婚約した。妾はこれからも女王として、国のために務めを果たす。その隣にはこの男が正式に立つことになる。王室の婚姻は久しくないために、準備を含めみなには苦労を掛けると思うが、どうか力を貸して欲しい。……たくさんの祝辞、本当に感謝する。婚礼とは別に外遊含めた公務もある。苦労を掛けるが、よろしく頼む」
ディアマントの言葉と、最後に幸せそうに笑みを浮かべた愛らしく美しい顔に大きな拍手が起こり、ディアマントの手から隣のガーネに魔道具が手渡された。拍手が止み静かになったタイミングで、ガーネも再度静かに一礼してから口元にマイクを寄せて唇を開いた。
「結婚します」
それだけ言ってマイクを下げてしまい、一同リアクションに困った様子でしんと静まり返った。
侍従長も少し困った顔で「特務総監!」と呼びかけると、ガーネは面倒そうに再度魔道具を持ち直して口を開いた。
「え、だって今日リハ的なのって言ってたじゃん。俺は別に明日きちんと喋れるし。大体今日は堅苦しくしなくていいって、陛下のご了承済みでしょ」
「うむ」
「そうだけどそうじゃない!陛下も『うむ』じゃございませんって!」
そこでどっと会場内に笑いと拍手が沸き上がり、ディアマントも何が悪いのかわからない顔できょとんと首を傾げた。
「はぁ、まあいいや。では翌日の報道向けの質疑応答を模してせっかくなので何人かから質問を……」
「はい!」
「はーい!」
元警察関係者が比較的多く、ガーネとも元々顔見知りという関係者もわりといた衛兵隊の何人かが今回の『ノリ』を理解した様子でいち早く手を上げ、その様子を見た衛兵の長である衛兵総監エーリックも警備配置から会場内に声を掛けた。
「お前ら、いいか。リハとは言え内々のお披露目会なんだからな。弁えてとんでもねー質問はガーネにだけにしろよ」
改めて会場内が笑いに包まれ、侍従長も『もういいや』といった様子で適当に指名し、補佐の侍従がマイクを差し出しに走った。
「えーと御二人の馴れ初めを」
「俺はしがない普通の警察官だったのにある日突然王城に呼びつけられました」
「お互いの好きなところは?」
「顔じゃ」
「脚」
「じゃあお互いの直して欲しいところ」
「好き嫌いがとにかく多すぎるところじゃ。あと怒ると怖いのじゃ」
「人前でむくれるところが最高に小娘」
「お互いのことなんて呼び合ってますか?」
「ここは妾も気の利いたことを言った方がいいのか。えーと、えーと、あっ!ガーちゃん!」
「嘘つけいつそんな呼び方を許した。俺は『お前』か『小娘』」
「陛下!婚約指輪見せてください!ピンクダイヤですか?」
「緋晶魔石じゃ。魔力に反応して赤く染まるらしい、妾は魔力はそこまで多くなくピンクになるのじゃ」
「ガーネ!魔力注げー!」
本気で内輪のノリになった衛兵を中心に盛大な野次が飛び指笛まで鳴らされると、ガーネもそのノリに乗って肩を竦めていつものクソガキのような顔で笑うと野次を飛ばした方向に指を差した。
「お前ら見物料取るからな。一回だけだぞ、何かが減ると困るから」
「減らねーよさっさとしろグズ総監!」
「クソガキー!」
「覚えとけよ!俺の権限で懲戒にしてやるからな!」
改めて盛大に笑いが起きる中でガーネがディアマントの左手に手を重ねると一気に深紅に染まり、会場内もよくわからないノリで大盛り上がりとなった。
何度目かわからない盛大な拍手とともに、侍従長がそろそろ締めると視線で合図を送り、ガーネとディアマントも小さく頷いた。
ガーネはディアマントに何やら小さく耳打ちしてからマイクを手に取ると、拍手の止まないうちに声を上げた。
「──── 最後に」
ガーネの言葉に、再び会場内が静かになると、ガーネはマイクを握り直して小さく息を吐いてから言葉を紡いだ。
「真面目な話だけ、全員の前で置いておく。俺も含めお前ら全員の主君である『女王陛下』は俺がもらう。娶る以上、俺が責任を持って、……俺の人生をかけて、必ず守り抜いて、必ず幸せにします。通常業務に加え婚礼にあたって業務も重なりご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いいたします。本日は、たくさんの祝辞を賜りましてありがとうございます」
ガーネが静かにマイクを机に置き、深々と頭を下げた。隣でディアマントが本当に幸せそうに笑みを浮かべ、並んで軽く頭を下げたところで翌日の報道向けの会見のリハーサルを兼ねた城内職員向け披露を終えた。




