542話「3Kの男」
「あー、まだなにも始まってないのにクソ忙しい…邪教の連中ボコして尋問してる方が楽かもしれない…」
前日の『王室婚姻準備評定』を経て午前中は報道向けの会見にあたっての警備評定が早速開催され、ガーネは別の通常業務の積み上がった書類を手にして小さく文句を漏らした。
「物騒ね…ところでガーネ様、なんで結婚式11月になったの?」
アメジがガーネに書類を渡しがてら問いかけると、ガーネもその書類を受け取って背もたれに寄りかかった。
「全部を信用してるつもりは俺もヘルソニア様も陛下も毛頭ない。その上で『懸念が少ない時期』に全部済ませる」
「……?懸念?」
「たった数ヶ月前のことをもう忘れたのか。今年の1月、邪教の幹部の魔族になんて言われた」
「……1年間の、休戦」
「リミットは年明け、おそらく俺の誕生日前後。挙式なんて大それたこと、連中の懸念を持った状態でなんかやれないだろ。ついでに、ウチの国の王都周辺の気候が11月が比較的安定している。降水確率も統計上低い、寒くも暑くもない。逆算して『急ぎ過ぎている』印象も与えない。以上」
喋りながら書類に目を通したガーネは、特に不備がなかったためにそのままサインをしてアメジに手渡した。
「これはスメイラに渡しとけ、他のとまとめて出すから」
「はぁい。あたしガーネ様の結婚式どんなの着ようかなぁ、やっぱり白いドレス?」
「この世界も共通の常識だけど、わりと非常識だからやめた方がいいぞ。……あ、ところでさ。『サムシングフォー』ってこの世界でもあるのか」
「サムシングフォー?あるある、古いもの、新しいもの、借りたもの、青いものでしょ!」
「なにアンタ、結婚式するのも意外だったけどそういうのもしてあげるんだ。意外」
ルイボスティーを飲みながらラズリがガーネに声をかけ、ガーネも頬杖をついて小さく頷いた。
「俺自身はぶっちゃけめちゃくちゃ興味無いしやらなくて済むならやりたくはない。人前に立つの慣れてはいるけど別に好き好んで晒し者になりたい訳じゃねぇし。けど、結婚式なんて女の子が主役のイベントだろ。まして相手が女王ってなると、やりませんてわけにはいかないだろ。ついでに言うと、普通に花嫁姿は見たいし喜ぶことは全部したい」
ガーネの返答にスメイラも感心した顔で書類の束をまとめて机に置いて、コーヒーを一口飲んでから改めてガーネに視線を向けた。
「君、ほんとスパダリだよね」
「なにスパダリって」
スメイラの言葉に全員きょとんとした顔を向け、ガーネがそのまま問いかけた。
「あれ?ジェネレーションギャップを感じる…スパダリってのは容姿端麗、高収入、高学歴といったハイスペックさに加え、圧倒的な深い包容力や家事・育児への協力的な姿勢に大人の余裕を併せ持つ『完璧で理想的な男性』を指す言葉!スーパーダーリン!あ、でも君は『大人の余裕』は時と場合によるか。語源はBLだけどね」
「だからたまにお前の言うBLってなんだよ。多分俺とお前とじゃ『世代』が微妙にちげーんだよ。……俺ン時は『3K』だったか」
ガーネもスメイラの前世知識を聞いて腕を組みながら、スメイラとは前世でほぼ同世代ながら若干自分よりも若い世代でありそうなことを考えつつ返答をした。
「……アタシ、3Kも知らないんだけど」
「僕も」
「あたしも〜」
「わたくしも耳馴染みございませんわ」
「3Kは『高身長・高収入・高学歴』だな。いいか、俺は3Kの男だ」
「舐めたこと言うんじゃないわよって言えないのが腹立たしいクソガキだわ」
急にドヤりを見せたガーネにラズリが盛大な舌打ちを漏らしてチョコレートを摘んだ。
「それにしても、あたしのガーネ様が人の夫になっちゃうのかぁ」
「最初からお前のモノだった覚えはないんだけど。……おいゴリラ、立ってるならついでにラズリとかルセと一緒に技術棟に行って魔導師と巫術官と合流して結界張りに行け。こういうのは下っ端から声掛けに行くもんだぞ」
「はぁい」
「サイフィル、お前も同行しろ。ラズリとカルセの言うこと聞けよ」
「なんかいつも思うけどガーネ僕にだけ厳しくない?」
「……俺だってこんなくだらねぇことでいちいち目くじら立てたくねぇよ……」
スメイラを残し他の面々が特務室を出て行くと、ようやく静かになった室内でガーネは深々と溜息を漏らした。
「これで少しは静かになるかね」
「……で?ガーネくん、私だけ残したってことはなにか面白い話でもある?」
「半々。ジェレイドのやつにさ、カルセが自分が亜人なこと建前だと思うけど気にしてるみたいだぞって話したんだけど」
「待って待って!お茶とお菓子用意する!!」
「そんな大した話じゃ、……聞いてねーなあのゴシップ女」
スメイラが嬉々として茶と茶菓子を奥の部屋で用意しているのを放置してガーネは手元の書類に視線を落とすと、少ししてスメイラがガーネの席に自分の分と合わせて茶を用意して椅子を引っ張ってきた。
「あのさ、こんなに期待させて悪いけどそこまでの話じゃねーぞ」
「またまた!そんなこと言って!」
「いやまじで。カルセがそう言ってたぞって話をしたら、ジェレイドが『そんなことで?』って言ってた」
「うんうん!それから?」
「だから、それだけ」
「え?」
「それだけだって」
ガーネはそれだけ告げるとスメイラが用意した茶を飲みながら再度書類に目を落とした。しかし、ゴシップスメイラがそれだけで許すはずもなく、バンと力いっぱい机を叩きさすがのガーネもびくりと肩を揺らした。
「びっくりすんじゃねーか。なんだよ」
「オペレーション・ホーリーを忘れたの!?」
「出たクソダサミッション」
「デート。そう、デートよ!デートをさせましょう!」
「あの奥手とカルセを?変に噂になんじゃねーの」
「今だからよ!ガーネくんと陛下の話で方々持ち切りになるでしょそのうち!そのタイミングでデートよ!」
「そう上手いこと行くかねぇ。でもあのクソヘタレ、デートなんて気の利いたこと出来るのか」
「問題はそこなのよね!まずは2時間から3時間程度、会話しなくても成立するもの……ああ、もう前世だったら映画とかドライブとかさぁ!」
「ドライブこそハードルたけーだろ、密室2人きりだぞ。あーでも、映画は悪くないかもな。映画はないから観劇か。上演中は喋る必要もないし、隣で自然と距離も近い、終わったあとに感想を話すという自然な会話が出来る」
「それだ!そうしよう!」
ガーネは朝に読んでカルセが畳んで片付けた新聞の束を指さし、スメイラが素直にそれを取ってくるとパラパラと中を捲って上演情報を指差した。
「ベッタベタな恋愛モノか、コメディか、……悲恋モノは避けた方がいいな」
「恋愛モノ一択でしょ」
「よし、なら手配しろ」
「オッケーボス!」
「……お前、そういうのは楽しそうだよな」
「楽しいよ!とても!」
「あっそ。程々にしとけよ。ほら、出資してやる。せっかくならボックスのいい席取ってやれ」
財布から紙幣を取り出すと、紙幣を数枚取り出してスメイラに手渡した。
「気前良いよね」
「金はあるからな」
「ま、いいや。じゃあ早速いってきまーす」
「はいはい」
嬉々として出掛けたスメイラを見送り、しんとした室内で小さく息を漏らした。そうして久しぶりに1人になった特務室で、スメイラの淹れた妙に薄い茶を啜りながら静かに書類仕事を進めたガーネであった。




