540話「婚約指輪」
婚姻手続開始に関する王城内通達
王城勤務者 各位
下記の件につき、王城内に通達する。
ヴェルーティン王国女王陛下ディアマント・クレイス・ウェルト陛下と、王室近衛騎士兼王命執行最高責任者兼異界対策統裁官兼特務総監ガーネ・ディーム・グリーチェウトとの婚姻について、所定の申請及び決裁手続を経て、女王陛下による最終承認が完了した。
これに伴い、両名は正式な婚約関係に入り、今後、婚礼実施及び国内外への正式発表に向けた諸準備を開始する。
婚礼日程、儀礼、警備体制、王城内における呼称及び職務上の取扱いその他の詳細については、決定次第、関係部署を通じて別途通達する。
なお、ガーネ・ディーム・グリーチェウトは、当面の間、現在の役職及び職務を継続するものとする。
本件は、国内外への正式発表が行われるまで王城外秘とする。
職務上知り得た情報を、家族、知人その他王城外の者へ漏洩することを厳に禁ずる。
また、本件に関する私的な詮索、本人及び関係者への不要な質問、職務を妨げる行為を禁ずる。
王城勤務者各位においては、平静を保ち、従来どおり職務に専念すること。
以上
ディアマントとガーネの交際関係は部門長と近衛、侍女、女官と侍従の一部、衛兵の隊長以上は職務上把握していたが、当然大部分はそれを把握していない。
各部門長宛の通達が発出された翌日、王城内全体向けに通達が出され、一気に混乱に包まれた。
「と、特務総監様!おめでとうございます!」
「きゃー!ガーネ様ー!」
「おめでとうございます!」
「ガーネ様が結婚だなんてーっ」
すれ違う度に今までとはまた違った視線を向けられ声を掛けられ、ガーネは特務室に戻るなり苛立ち露わに自席に腰を下ろして書類を机に投げた。
「うっ…………ぜぇー!仕事にならん!邪魔だ!ものすごく囲まれる!」
盛大な舌打ちを漏らしながら特務室に入るなり、どかりと自席に腰を落として数日後にある評定の資料の束を広げてペンを取った。
呆れた顔のスメイラが別の決裁書類の束をガーネの机に置いて小さく肩を竦めた。
「そんなのわかってたことでしょ、君は一体誰と結婚するのよ」
「俺はディアマントの旦那にはなるつもりだが女王の配偶者なのは腑に落ちてない。小娘娶ったらもれなく女王がオマケについてきたようなモンだ」
スメイラの置いた書類の一部を手に取って目を通してからサインをすると、小さく溜息を漏らして背もたれに寄りかかった。
「この国の王族婚姻なんて4000年以上振りだしそりゃ『前例』なんてあってないようなモンだよなぁ……小娘も一人っ子らしいから、前国王と王妃が崩御されてからそういう慶事は皆無だし仕方ないと言えば仕方ないけど」
「ねーねーガーネ」
「スメイラ、ここ誤字。スペルミスしてる」
「え?あ、ほんとだごめん、すぐ直すね」
「ねーってばガーネ!」
「カルセ、あとでこの資料指定数分写し取ってきてくれるか」
「かしこまりました」
「ガーネなんで無視するの!?」
「さてと、文官のとこ行くか」
「ガーネーッッ」
「あーっうるせー!!なんだよバカ!!お前くっだらねぇこと吐かしたら殺すからな!!」
「痛い!ひどい!」
話を聞く前からサイフィルの側頭部をファイルでスパンと叩いた苛立ちを露わにしたガーネは、一応聞いてやるかと腕を組んでサイフィルを見た。
「下働きの女の子たちがさ、ガーネに握手して欲しいって!だから僕、ガーネ忙しいだろうからあとで特務室においでよって言ったんだ、ガーネを出向かせるわけにはいかないからね!だから女の子何人か来るからね!」
「……スメイラとラズリ、王城内通達の文面をこのクソバカによーく本当の意味で説教してやってくれるか」
「はーい。おいでバカ」
「え?なんで僕怒られるの?ねぇなんで?」
「俺は文官のとこ行ってくる」
再度盛大な舌打ちを漏らしてから婚姻手続きには全く関係のない通常業務書類の束を持って文官の元へ赴く際も、向けられる視線は妙に刺さるようだった。
書類の確認と提出をし、小さく息を漏らした。この部屋でも同様に視線だけは普段以上に向けられはするものの、必要以上に声をかけられることはなかった。
廊下に出ると、ガーネはそのまま急ぎ足で特務室に戻り自席の書類の束を掻き集めて小脇に抱え、スメイラとラズリに説教をされて涙を流すサイフィルを無視して近くにいたアメジに声を掛けた。
「仕事にならん、部屋で仕事してるからなんかあったら来い」
「はぁい」
外ではともかくとして、城内では関係を隠していたつもりは全くなく、寧ろ出張やなにかの折にわざわざ女王陛下御自ら正面玄関ホールまでガーネを出迎えにやって来て『小娘』を発揮することも多々あり、その度に抱擁だけでなく手を取ってみたり腕を組んでみたりも平気でしていたし、第一ガーネ自身もなにかの式典の度にわざわざ必要以上に女王に膝をついて手を取って口付けたりと『見せつけ』をしていたために、城内公表でここまで騒動になるとは思ってもみなかった。
ガーネは想定外過ぎる騒動に額を押さえながら私室の方へ歩いていると、久しぶりに『呼ばれる』感覚に小さく溜息を漏らしてそのまま女王の執務室へと赴くことにした。
回廊を進み、王族の居住区の手前の女王執務室前の扉を叩き、返事を待たずにいつものようにドアを開けた。
「なに」
「なにとはなんじゃ、妾がせっかく避難をさせてやろうと言うのに」
「別に自分の部屋で仕事出来るんだけど」
「いやじゃーっ!!夫婦は一緒に仕事をするのじゃ!!」
「まだ籍入れてねぇから夫婦じゃねぇし。あ、お前は戸籍ってないのか。じゃあなんだ、なんて言えばいいんだ、とにかくまだ婚約者になったばっかりだから夫婦じゃないし、別に自分の部屋で仕事できる」
「妾と遊ぶのじゃ」
「聞いてた?ていうかほんの数秒前にお前自分でなんて言った?『夫婦は一緒に仕事をする』んじゃなかったのか」
「ふふふー」
「はぁ??可愛い顔して誤魔化すな」
仕方なしに女王の執務机の前の応接ソファに腰を下ろし、ローテーブルに書類の束を広げたガーネを見て、ディアマントは幸せそうに笑みを零して頬杖を、ついた。
その左手の薬指には、ようやく正式に嵌めることが出来るようになった婚約指輪が桜色に輝いていた。




