539話「承認」
翌日の近侍朝伺のために、ガーネは花を持って訪れた。
珍しく執務室にはディアマントしかおらず、ガーネは侍女長のミモゼに活けさせようと思っていた当てが外れたとは思いつつ、枯らしてはいないが少しだけ萎れた花をディアマントに差し出した。
ディアマントは花を見て小さく笑いながら肩を竦め、ガーネの顔を見上げた。
「妾の出した宿題はどうだった」
「すげー疲れた。ぐったりしてる」
「……少しばかり萎れておるが、まあいいじゃろ。合格じゃ」
「あー、良かった。じゃあこれお前にやる。調べたら花言葉は『あなたを幸せにします』だと」
「萎れておるぞ」
「そこはご愛嬌ってやつだろ!」
「ガーネ」
「なんだよ」
ディアマントはソファから立ち上がり、ガーネの手元の花を受け取って霊力を注いだ。
少しばかり萎れていた花が元気を取り戻したように生き生きとし、手近にあった一輪挿しに大切そうに花を挿して静かな声で告げた。
「……このあと、妾のところに書類が回ってくる。朝イチで最終承認のサインをする予定じゃ。仔細通達は、ヘルソニアに任せておる」
「…そうか。…ディア」
「……ん?」
ディアマントの細い身体を抱き締め、ガーネは少し腕の力を強めた。ディアマントもガーネの背中に腕を回して抱き返し、胸元に頬を寄せた。
「……幸せにします。俺の可愛いお嫁さん」
「ふふ、妾もういっぱい幸せじゃ」
「これで、やっと公的に『俺の女』って言える」
「これから忙しくなるから覚悟せよと、ヘルソニアが言っておった」
「なに、今日は気ィ使って誰もいなかったの?毎朝じゃないけど大体誰かしらかはいるじゃん」
「そういうわけではない、たまたまじゃ。ヘルソニアは通達書を用意しておるし、ミモゼとジステルは明日以降の来客の予定を調整しておる」
「じゃあ、部屋戻る前にキスしていい?」
「ンッ、もうしておる」
「ははっ、いいじゃん『俺の』だし」
再度ディアマントの小さな顎先を指で掬い上げ、ちゅっと音を立てて唇を重ねた。唇ですらよく手入れの行き届いたふわふわとした柔らかな感触に、ガーネは食むようにそこに吸い付いて堪能した。
「ん、っし、しつこい、っふふ」
笑いながら呆れたように呟くディアマントを至近距離で一瞥し、ちらりと時計を見た。
「あー、くそ。可愛い。足りねぇー」
最後にもう一度惜しむように優しく口付けてようやく離すと、いかにも渋々といった顔で溜息を漏らした。
「……夜、部屋行く」
「うむ。…はやく、夜になって欲しい」
にこりと幸せそうに笑みを綻ばせたディアマントが、甘えるように抱きつき直してガーネの胸板に頬擦りをした。
「はぁ?クソかわ、なにこいつ。え、可愛い。夜覚えとけよ」
「??うむ」
*****
その後特務室に行き、自席に腰を下ろしたガーネは小さく息を漏らして時計を確認した。
いつも通り机に積まれた書類を1枚ずつ確認するガーネと、それぞれ仕事をしたり読書をしたりと各々過ごす最近の特務室の光景。
「んーっ、疲れたぁ…」
スメイラがペンを置いて軽く背伸びをしながら小さく呟いた。
それを受けてカルセがいつものように立ち上がり、「お茶の時間にしましょうか」と声を掛けた。
「先程、侍女長様が『皆様でどうぞ』とお持ちくださいましたの。ケーキなんですけれど、どれがよろしいですか?」
「アタシなんでもいい」
「私チーズケーキがいいな」
「僕もなんでもいいよ!」
「んー、あたしはフルーツタルト!ガーネ様は?」
「……ショートケーキ」
カルセがそれぞれに紅茶とケーキを配膳し、ガーネはケーキに乗ったいちごを皿の上に避けてからスポンジにフォークを刺して1口頬張った。
侍女長がわざわざケーキを差し入れた、という事実に、ガーネは思わず小さく吹き出して笑った。
「……?ガーネくん?どうかした?」
「…いや」
全員がケーキを食べ終わったタイミングを見計らって、ガーネは最後に取っておいたいちごを頬張り、紅茶を飲んだ。
「……あのさ、お前ら」
「?なによ」
「………」
「……え、まさかまた孕ませたの?」
「またってなんだ。ちげーよ」
「じゃあなに、また妊娠させたの?」
「だからちげーって。同じことじゃん。人聞きが悪すぎる」
「どうしたの、ガーネ様」
特務の面々も数日前の妊娠騒動を思い出してまた振り回されやしないかとやや警戒したような、揶揄うような絶妙な視線を向けてガーネの言葉を待った。
「結婚することにした」
「……えっ」
「今日、多分今頃…最終承認のサインしてると思う。正式通達はこのあと順次、各部署に回ってくる。お前らには通達前に報告しておく」
「え!僕たち1番に報告受けたの!?やったぁ!」
「いや悪い、お前ら4番目だ」
「ガーネ様の大事な報告の1番手誰よキーッ!!!」
お約束のようにハンカチを噛んだアメジに面倒そうに目を向け、肩を竦めて息を漏らした。
「……1番はヘルソニア様。2番手は衛兵総監」
「3番は!?僕たちじゃないの!?」
「俺の親。こないだノルデン出張の最終日に話した」
「そ、それじゃあ仕方ないわねっふふん!」
「どこ目線なんだよお前は」
盛り上がるサイフィルとアメジをよそに、少し意外そうな顔で落ち着くために紅茶を飲んだ女性陣が、ようやく少し落ち着いた顔でカップを置いてガーネに顔を向け直した。
「……いつそんな話しになったの?」
「皇国の皇子がガチ恋しやがったから。公的になにもできねぇってなって、その時は婚約の予約をしたんだよ。その話をした翌日にヘルソニア様と衛兵総監には話してる」
「あっ、じゃあ会談中に言ってた『近々正式に婚約を発表する予定』って、あれ建前じゃなくてほんとだったんだ!」
「そ。まぁそのせいで引っ叩かれたけどな、『皇族じゃなくて軍人階級風情を選ぶのか』って」
色々とそこで話が線になり、スメイラは腕を組んで納得した顔で息を漏らした。それから姿勢を正してガーネを見つめ直し、口を開いた。
「ガーネくん」
「うん?」
「ご婚約、おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとうございます」
「おめでとー!」
「あたしのガーネ様なのに悔しいけどおめでとうッ!!」
スメイラの発声をきっかけにそれぞれ祝辞を述べ、ガーネは『なんだかんだ締まらねぇ連中だな』と呆れつつも素直にその言葉を受け取った。
「ありがとな」
その日の昼過ぎ、王城内の各部署長宛にヘルソニアから通達が出た。
婚姻手続開始に関する部署長通達
王城内各部署長 各位
下記の件につき、通知する。
ヴェルーティン王国女王陛下 ディアマント・クレイス・ウェルト陛下と、王室近衛騎士兼王命執行最高責任者兼異界対策統裁官兼特務総監 ガーネ・ディーム・グリーチェウトとの婚姻につき、所定の手続が開始され、陛下による承認が完了した。
これに伴い、今後婚礼実施に向けた諸準備を開始する。
婚礼日程その他詳細については、決定次第別途通達するものとする。
なお、本件は正式発表まで王城外への情報漏洩を厳に禁ずる。
以上




