538話「報酬」
王城内で各方面に対して特に進展らしい進展が無いまま、10日が経過した。
特務含め、ガーネも他全員、『いつも通り』の日常を過ごしている中で、王都内の人事が動いた。
「きょうか……ん、じゃなかった。衛兵総監」
「おー、ガーネか。お前、未だに俺の事『教官』て呼ぶよな」
「いやなんかもう癖ですよね。で、外遊中もチラッと話した件ですけど」
「どっち。こっち?」
エーリックが小指を立てると、ガーネは思わず小さく笑った。
「そっちじゃねぇ方。人事速報入手して来ました」
「お、まじか。お前の情報通り?」
「まぁあの時点で8割確定でしたけどね。出ましたよ、『警察本部人事』。読み通り、来週には王都の『警察本部刑事部長』に栄転、昇進異動です。うちの伯父さん」
「はー、偉くなっちまったなぁ。遠い存在」
妙にしみじみ呟くエーリックの隣で壁に凭れて笑いながら、ちらりと視線を向けた。
「アンタだって相当偉いでしょ。総監だぞ総監。まぁ立場が違うから本部の刑事部長とどっちが偉いかっていうとなんとも言えねぇけど。……で、ですよ。教官だから言いますけど、警察本部の方もなかなかキナ臭いんですよね。あの人、俺がいたから敢えて地方警察の署長でおさまってたキャリア官僚ってのもありますけど、『このタイミングで』動かすかなと」
「…考え過ぎじゃねぇの?」
「均衡の連中がどこに根っ子張ってるかわかんねぇ以上、警戒はするだろ。下手するとこっちの情報が警察経由で漏れる可能性も否めない。まして俺の身内でアンタの先輩だぞ。さすがに口出し出来るとは言え、今回の人事は女王は一切絡んでないから状況は陛下もヘルソニア様もわからんとのことでした。なんなら御膝元に入れて様子見た方がいいんじゃねーかって判断」
「……まぁ、そこは今から心配してもしょうがねぇだろ。……ところでガーネ、その花なに。陛下にプレゼント?」
先程からずっと気になっていたガーネの手元の花を見て、エーリックが指を差して問い掛けた。ガーネも手元に視線を落とし、小さな一輪の花を一瞥して肩を竦めた。
「逆。小娘からの『宿題』」
「宿題?」
「『枯らすな』。霊力を一定で注いでいないと枯れる。流しすぎても、不足しても枯れる。とにかく『明日の朝の近侍朝伺まで枯らすな』が宿題」
「フーン。でも萎れてるぞ」
「難しいんだよ。砂時計の砂みたいな無機物ならともかく、花とか生きてる有機物は扱いがより繊細で、結構消耗してる。俺が」
「でも可愛い花じゃん、お前に似合わねぇのなんのって。なんて花?」
「霊脈花車、だったかな。霊脈の上でしか育たない花って言ってた」
「ほー。じゃあ明日まで可愛い花大事にしろよ、色男」
*****
特務室に戻ったガーネは、小さな花を片手に書類仕事に勤しんでいた。
「まぁ、可愛いお花。陛下にプレゼントですの?」
「逆逆。小娘から、『明日の朝まで枯らすな』って霊力調整の宿題」
ココアを淹れたカップをガーネの前に置いたカルセは、ガーネの言葉を聞いて感心したようににこりと笑って席に戻った。
しばらく一同それぞれ仕事をしたり暇を潰したりと過ごしていたが、少しして扉が軽くノックされて静かに開き、そのまま足音が室内に入ってきた。足音から判断する歩き方の癖でジェレイドかと顔を上げ、パーティションの向こうから想定通りジェレイドが姿を見せると、ガーネはペンを置いて顔を上げた。
「なんだ。どうした」
「君こそ、随分可愛い花を持って。陛下にプレゼントか」
「あーもうそれでいいよ。で、なに」
質問の相手はそれぞれ別であるものの同じ説明を3度するのは面倒になってそういうことでいいやとあしらうと、ジェレイドは紙袋を2つガーネのデスクに置いた。
「なにこれ」
「外遊前の商談の品だ。やっと入手出来た」
「あー、リッカー堂のカヌレと生チョコ。生チョコはともかく、カヌレちゃんと特務人数分あんだろうな」
「抜かりない、1人2個ずつだ」
「サンキュ。カルセ、全員分分けろ」
「かしこまりました。ジェレイド様、ありがとうございます」
カルセが立ち上がってガーネの傍まで来て紙袋を受け取ると、少しだけぎこちない笑顔を向けて会釈をした。ジェレイドの方も気まずそうな顔をして一瞬口を開きかけるものの、特に何かを言えるような様子も無く数回口をパクパクしてカルセの背中を見送り、誤魔化すようにガーネに向き直った。
「……ガーネ、これ」
「こっちはなに」
「君が提出したノルデン出張の資料だ、この付箋の部分注釈を追加して欲しいと文官長が。私は君に渡すものがあったからついでに預かって来た次第だ」
「そーか、ありがとな。……ちょっといいか」
「なんだ」
「まぁまぁ。…スメイラ、少し出る。すぐ戻る」
「はーい」
立ち上がったガーネがジェレイドを連れて特務室を出ると、部屋から少し離れた中庭のベンチに並んで腰を下ろした。
「出張前のアレはお前、なんて聞いてるんだ」
ジェレイドはガーネの言葉から、カルセをハグしていたことについてかとぽりぽりと頬を掻いた。
「……カル、聖、えっと、カ、カルセ様が」
「カルセ」
「か、かる、かるせ……」
「お前大丈夫か。で、なんて?」
「……君を、好いていたと…その気持ち自体はかなり前に踏ん切りはついていたが、けじめのためと」
「フーン」
「ち、違うのか」
「違わねーよ。違ったとしたら俺の彼女にもそうだけどカルセにも相当不義理だろ俺は」
答え合わせをガーネからも貰い、どこか安堵したように小さく息を漏らしたジェレイドを見て、ガーネは少し考えて腕を組んだ。
「……お前、口は固いか」
「固いな」
「そうだよな、それは知ってる。知ってるけどお前顔に出るんだよなぁ」
「そ、そ、そんな、そん……」
「まあいいや。……カルセのやつ、建前ではあるけど自分が亜人混血なこと気にしてるらしい。お前の家柄と釣り合わないって」
「は!?えっ、え!!?『そんなこと』を気にかけているのか!?」
ジェレイドの様子に、ガーネは小さく笑みを浮かべて立ち上がった。
「聞かなかったことにしろよ」
「あ、ああ…」
ガーネはそのまま特務室に戻って、タイミング良くカヌレとチョコを皿に分けて全員に配膳するカルセと視線が合った。
「ガーネ様、お飲み物ココアのままで大丈夫ですか?別のものお淹れしましょうか」
「いや、そのままでいいよ。勿体ないし」
「リッカー堂のカヌレも生チョコも予約半年待ちじゃん!すごいね!初めて食べる!」
「俺に感謝しろよ、俺に」




