537話「ミッション:クソヘタレ・シーズン2〜ラビット作戦:オペレーション・ホーリー〜」
「おはよう」
ヘルソニアに書類を提出したその足で特務室へと向かい、声を掛けてから自席に腰を下ろした。
書類を提出するだけとはいえ、朝から一仕事終えた緊張の方が大きな疲労感に小さく息を漏らして背もたれに凭れかかった。
「おはようございます、ガーネ様」
「おはようカルセ」
最近定番になってしまった、赤い硝子カップに注がれたミルクティーを持って来たカルセを見上げてじっと顔を見た。
「……?あら、今日は正装ですの?」
「『公務』だ」
「あら、この後お出かけですか?」
「いや朝イチで終わってる。一息入れたら着替えてくる」
「わたくしは本日、教会の上役会合がございましてそちらの業務で終日ゴテス大聖堂におりますわ」
「おー、気を付けて行けよ」
会釈して出掛ける支度のために自席へ戻ったカルセの背中を見ながら、『自分が一つ終わったから』というわけではなく公表出来る形になるまではなんとなく手持ち無沙汰な気分になった様子で、ガーネはミルクティーを飲んでからカルセに声を掛けた。
「なぁカルセ」
「?はい、なんでしょうガーネ様」
「お前、ジェレイドの件どうなったんだ」
「どうと申されましても……あの、まだお返事保留にしておりまして」
カルセが少しだけ困った様子でちょこんと首を傾げ、手にしたウィンプルを被って身なりを整え始めた。
ガーネの問い掛けに他の面々も同じように手が止まりカルセに視線が向き、その視線に気付いたカルセも少し気まずそうに苦笑いを零していた。
「別にお前がどういう結論出そうと、お前とジェレイドのことだしいいんだけどさ。『保留』ってことは少なくとも前向きに考えてはいるんだろ。なにが引っ掛かってるんだ」
「……わたくしが、亜人混血ですので…ジェレイド様、貴族……伯爵家のご子息ですし」
「……フーン」
「では、時間ですのでそろそろ行って参りますわ」
カルセが外套を羽織って特務室を出て、ぱたんとドアが閉まった瞬間にスメイラが手元のファイルをぱたんと閉じた。
ややしばらくしてから立ち上がり、ガーネに視線を向けると打ち合わせ用に置かれた奥の長机を指差した。
「ガーネくん!間違えた、パパ!」
「しつけーな!あとお前のパパじゃねぇし将来的にガキが出来てもパパなんて軟弱な呼び方させねぇよ!」
「いいからお父様、緊急ミーティング!」
「お前のお父様じゃねーよバツイチクソババァ!!」
特務室でも妊娠騒動を擦られて盛大に舌打ちを漏らしながらも、スメイラの招集の意味は理解しているために大人しく立ち上がって長机の方に移動した。
ガーネに倣ってほかの面々も席を移動すると、全員が着席したところでスメイラが緊急ミーティングを取り仕切った。
「本日の議題は『ミッション:クソヘタレ・シーズン2』!」
「シーズン2」
「でもさぁ、実際伯爵家だからってカルセが懸念してる部分ってどうなの?貴族的に。アタシは貴族じゃないからその辺の感覚よくわかんないんだけど」
「僕もわかんない!」
「あたしも貴族じゃないから知らなぁい。こういうのはガーネ様でしょ」
「俺も別に貴族じゃないんだけど」
「何言ってんのよ、公爵でしょ。新年拝賀の時だって侯爵サマたちアンタにペコペコしてたし」
「公爵『相当』ではあるかもしれないが、別に貴族じゃねぇし」
「何言ってるのよ、あんなお城みたいな家住んで。エイミーもあんなお城みたいなおうちのお姫様になりたいわ、うふん」
「ちいせぇ『普通の』家だろうが。大体、俺があそこに住んでたのなんか5つまでだ。その後は『普通に』暮らしてたし」
「君、自分で『普通』って言うけど、養子に引き取られたおうちだって庶民とはいえかなり裕福なおうちだったでしょ……その後だって、警察署長のおうちなんだからそこそこの暮らししてたと思うけど」
「いや、『普通』だろ」
今になってガーネの色々なところが露呈したからこそ、ガーネがどこかズレているという違和感も一同何となくではあるが納得が出来るようになってきた。
まず家庭環境が『庶民』のそれではないが故に、どこか若干ずれている。
金銭感覚も一般的なものは持ち合わせているとは言え、個人の総資産額が国家予算並にあるせいかたまに勢いよく使う時の感覚もずれている。
そして若くして官僚ポジションにいる故か、仕事観も同年代と比べると相当にずれている。
何より、先日露呈した高IQ故か、今まで『いかに周りに合わせるように本人が生活していたのか』というところも含めて、総合的にガーネは若干ずれていた。
「……まぁ、君のことはどうでもいいわ。いいお父さんになってね」
「だから孕ませてねぇっての!これから気を付けます!カルセの話だろうが、どいつもこいつも話の腰折りやがって!」
ガーネ自身、暇つぶし程度に関わるつもりになったものの『こう』なってはとにかく面倒臭い気持ちが勝りそうになる。
しかし自分がカルセに話を振った手前もあり、小さく息を漏らして腕を組み背もたれに横柄に寄りかかりながら面倒そうな顔を隠しもせずに口を開いた。
「ジェスチェルト伯爵……ジェレイドのお父上だが、俺はあの人は『そんなこと』でどうこうと人を見るような狭量な男だとは思わない。伯爵でおさまってるのが勿体ないくらいにあの人は周りがよく見える出来た人だ。まして、ジェレイドなんて次男坊だし家督は長兄が継ぐだろ。それこそカルセが気にしてるところなんか、ジェスチェルト家にはあんまり関係無さそうだけどな。強いて言うなら寿命の差か、カルセが……アイツ360歳って言ってたけどどういう歳の取り方すんのかはわからんが人間換算で20前後だろ、で、ジェレイドが25?6?っていう『歳の差』くらいなもんじゃねーの」
「歳の差かぁ、でもそんなの言ってたらキリなくない?ガーネだって女王様と歳の差いっぱいあるでしょ?」
「俺はぶっちゃけ、ディアマントの実年齢は未だに知らん。本人も歳とり過ぎて忘れてるし……『身体は23歳』って言ってたから、少なく見積もっても4000飛んで3歳は俺と年齢差あることになるな。ババァなんか通り越してアレはただの小娘だ。俺自身そこまで生きてるかどうかは知らんが、仮に俺が30になったとて多分アイツは見た目23だろ。『年上のお姉さん』なのに少しすると『年下の小娘』になってしまう」
アメジが気を使って立ち上がり、全員分のカップと水の入った瓶を持って来るとそれぞれの硝子カップに注いで配膳し、ガーネはそれを受けて半分ほど中身を飲んで机に置いた。
「……ともかく、だ。ジェレイドだって、カルセが半分とはいえ亜人なのなんか最初からわかりきってるだろうし、その上で全員の前で勢い余って『好きだ』って叫んでんだからカルセが気にするほど『亜人』であることは障害じゃねぇと思うんだけどな。実際、ジェレイドは種族でどうこう思うほど小さくねぇし……この国の人間も、文化的に亜人とか人種とかそんなに気にするやついないと思うけどな。言っていいのか知らんが、ディアマントだってエルフのクォーターらしいぞ」
「えっ、そうなんだ。だからあんなに美人なの?」
「アタシは知ってたけど。なんかの時に聞いた、別に本人も隠してる様子無さそうだけど……確か、前王妃…陛下の御母堂がハーフだったんじゃないかな。ていうか、王族でさえそうなんだから別に一貴族がどうとか尚更ないと思うけどねぇ。そもそも、カルセなんて亜人かどうかはさておいたとして『聖女』で、末席とは言え『高位職者』なわけじゃん。国の最高司祭だってドワーフ族だし、今更そこ気にする?とは思うけど。建前なんじゃない?」
一同は改めて「うーん」と唸りながら、ガーネのノルデン土産のメープルクッキーをさくさくと頬張って溜息を漏らした。
「……カルセちゃん、まだガーネのこと引きずってたりして…」
サイフィルがもらした言葉に、全員まさかとでも言わんばかりに目を向け、ガーネ自身も肩を竦めた。
「それはねぇだろ、あったらこんな全員の前で『最後に抱き締めてください』だなんて大それたこと言わんだろうし。アレはカルセの中での明確な区切りだろ。それに、多分俺が小娘に対しての好意を自覚して好き避けする頃には相当吹っ切れてたと思うぞ」
『クソヘタレ総監ジェレイドのオエィセ下見土産を渡すためのカルセとのラブラブ大作戦』もとい『ミッション:クソヘタレ』、その第2節であるシーズン2と銘打った、『ラビット作戦:オペレーション・ホーリー』は開始早々暗礁に乗り上げたのであった。
「なんでもいいけど、作戦名ダサくね?俺その作戦名口にするの憚られるんだけど」




