532話「タマス・シャーパハ」
「……この、忌み子風情が」
「ああ、言い忘れた。俺は『ヴェルーティン王国女王ディアマント・クレイス・ウェルト』の名代としてこの地に来ている。俺への不敬は女王陛下への不敬と心得よ。……で?その『忌み子風情』に教えてくれよ、このメイジーエ人の女のことを」
族長が奥歯をぎりっと噛み締めるのを見て、リエーブは自分の息子に若干の恐怖のようなものを覚えた。
──── この子、『上手い』。
リエーブが小さく息を飲んだのをよそに、ガーネは数歩前に出て族長にモンタージュを突き付けた。
「『種』がメイジーエの男の、ハーフってとこか。どうだ」
「……そうだ。ただ、詳しくは私も知らん。何せこの女は500年以上前にこの集落を去っている、私もまだ齢は300歳程度。先代族長から話を聞いた程度だ」
「…なるほど、やっぱり年齢は偽りか。お前の他にこの女のことを知っていそうな奴は」
「……この集落だと、エルフのハーフの者が1番長命だ。齢は3400歳。その者ならば知っているのではないか」
「案内しろ」
「フン、小僧が。貴様大概、…に」
族長の女の顔と声が引き攣り、リエーブとアミュは何事かと顔を上げたところでガーネの手元に目が向いた。
「勘違いするな、俺は『お願い』をしているつもりはない。『命令』しているんだ。さっさと案内しろ、魔力込めた鉛弾ぶち込むぞクソババァ」
懐から取り出した銃の引き金に人差し指を引っ掛け、妙に冷えた目と共に銃口を向けたガーネが静かに吐き捨てた。
「な、舐めた真似を」
「俺を誰だと思ってやがる、王命に背いて処断されたくなければさっさと従え」
*****
「あー、疲れた。ロクな情報持ってねーじゃんどいつもこいつも」
宵の口、グリーチェウト邸へと戻り食堂でどっかりと腰を下ろしたガーネは忌々しげにネクタイを緩めて悪態をついた。
「行儀が悪いですよガーネ」
「ハイハイ。……結局、タマスが『エルフとのハーフとメイジーエの男の娘』で『齢2400歳』、『思想が集落の者とは相入れずに半ば追放に近い形で650年前に出て行った』くらいしかわかんなかったな。どこでアミュと因果があって、母上たちの真名をどこで知るきっかけになったのかはさっぱりだ」
「そうね、わたしもメイジーエの女性と接点はないと思うのだけれど」
「アミュはわからない。アミュ、甘くて美味しいお酒がいい」
侍女がガーネたちに食事を配膳し、飲み物を問いかけた。アミュは即答したが、リエーブはメニューを見て少し悩んだ様子で少し考えてから顔を上げた。
「わたしはワインにするわ。赤」
「俺は水でいい」
「かしこまりました」
「俺これ嫌いなんだけど。アミュやる」
ポテトサラダに添えられたピクルスをアミュの皿に乗せ、パンとポテトサラダを頬張りローストチキンをナイフで切り分けた。
「まぁ、また好き嫌いをして。大きくなれませんよ」
「もうデカいんだよ。ただでさえ野菜嫌いなのにそんなすっぺーのなんか食えるか」
それでも西地区の料理よりは大分舌馴染みのある味故か、今までよりはかなり食は進んでおり久しぶりにそこそこの満腹になったところでガーネは改めてリエーブとアミュへ視線を向けた。
「これ、どーしたらいいんだろうな。ぶっちゃけセイズゥル行けばどうにかなるかと思ったけど、どうにもならねぇわ」
「ガーネ、メイジーエ行く?」
「うーん。俺個人としては行ってみてもいいんだが、多分ディアマントが良しとしねぇだろうな。アイツ、皇国の皇子に頬引っ叩かれたんだよ」
「……ディアマントが?」
リエーブもアミュも驚いた顔をしてガーネを見遣り、ガーネは思い出して忌々しげに舌打ちを漏らした。
「ディアマントに一目惚れしたんだよ。ガチ恋して正式手順ではないが結婚申し込んで、振られて逆上してバチン。可哀想だったぞ、正面切って大の男に顔叩かれて、頬っぺた真っ赤に腫らして」
「ガーネ貴方、まさかと思うけど…皇国の皇子を殺したりとかは」
「許されるならぶち殺してたよ。けどまぁさすがになー、殺したかったけどな。人の女に手ェ上げやがって」
「……ガーネ、こわい」
「ははは、……ま、俺があのクソ野郎をぶち殺したいのはさておいたとして、メイジーエに赴くのはなかなか現実的じゃない。その件があってディアマントの許可が9割降りないのと、別件で今後色々と情勢が動く予定があるからそんな暇は多分無い。あとは大前提、情報が無さすぎる中でメイジーエに乗り込むのは愚策過ぎる」
リエーブは出された食後の紅茶を飲みながら少し考え込むように視線を漂わせた。
「…ガーネ」
「はい」
「例のメイジーエ人の件、わたしが預かっていいかしら。少し調べてみるわ」
「……なに急に」
「母様も思うところがあるのよ。それに、ガーネあなた他にもここに来た目的はいくつかあるんでしょう?」
「おー、あるある。行きで話した翡翠の呪物の件、これも『出張公務案件』だな。それと完全に私用の件はウェイゼに今動いて貰ってるが、それとは別の半分公務の半分私用が俺の魔力の扱いの方。そろそろきちんと教わろうと思って」
「そう、アミュもそれを見越して今回ここに来ているから、なら母様がそのメイジーエ人の導師の件は一度預かるわ」
「……よろしくお願いします」
素直にガーネが頭を下げ、リエーブとアミュは小さく笑みを浮かべた。
「なら、早速。……そこの貴女、コップにお水を1杯頂ける?」
リエーブが控えの侍女に声を掛け、指示通りコップに水を注いでリエーブに差し出そうとしたが、アミュが侍女の手からコップをついっと取り上げた。
「貴方、魔法の方が『まだ』才能があるわ。ルイの息子の癖に霊力の扱いはカスだもの」
「……ハイ」
「ま、素直。可愛い坊や」
「ガーネ、はいこれ」
アミュが侍女から取り上げたコップをガーネの前に置き、ガーネはコップの水を見つめた。
「……なにこれ」
「おみず」
「んなもん見りゃわかる」
「ガーネはわかっていない。さわってみたらいい」
怪訝そうな顔をしてコップに手を伸ばして持ち上げると、ガーネはそのまま勢いよくテーブルにコップを置き戻した。
「あッッッッッつい!!!バカヤロー火傷すんだろが!!!…………え、熱い?」
思わず耳朶に触れて指先を冷ましながら、ガーネはなんの変哲もないコップを見つめた。
ほんの数秒前に、ガーネの目の前で侍女がコップに瓶から水を注いでいるのを、ガーネは見ていた。そしてそれをリエーブに差し出そうとし、アミュが取り上げ、すぐにガーネの目の前に置かれたものである。
「そ。コップは常温、中の水も常温。水の、内側の部分だけ沸騰している」
「ガーネにはむずかしい。500年くらいかかる。だってガーネはざこ」
「500年は言い過ぎだわアミュ。まぁでも、3ヶ月というところかしら。3ヶ月で出来るようになればいいけれど。魔力操作、この子繊細に出来るとは思えないもの」
「それができたら、フローストのとち、もやしころしてない。ガーネにはむり」
魔女2人に明確に挑発されたガーネは、本日何度目かの苛立ちに額に青筋を浮かべた。
「舐めんな。半月で習得してやる」




