531話「女の園と忌み子の『種』」
「ガーネはアミュのおうちのにわも燃やしたし、へびもころした。妖精の羽もむしった」
「お前が毒蛇けしかけてくるからだろうが。凍土蝮だぞ、噛まれたら即死だろうが。あと妖精の羽はまだ毟ってない」
盛大に拳骨を食らった頭部を撫で擦りながら不貞腐れた顔で霜原の霜柱をさくさくと踏みしめて歩くガーネと思い出して文句を言うアミュを見てリエーブはようやく小さく笑った。
「なに笑ってんだよ」
「ふふ、いえ……そうやって屁理屈を並べるところは小さい頃となにも変わっていないわ」
「……フーン、あっそ」
「あと熱が出た時に『ごめんなさい』って言うのも変わってなかったわ」
「母親がおっかねーからな」
「母様そんなにおっかないかしら」
「父親もおっかなかったわ」
「そうかしら」
少ししてフロースト神殿を目にすると、そう言えばと思い出したようにリエーブが再び声を掛けた。
「今日は神殿は見るの?」
「そこまでしてたらキリがないし、西の件が片付いてない」
「西の神殿、なにかあった?」
「おー、あったあった。呪いの腕輪が安置されてたわ」
「……のろいのうでわ?ひすい?」
「なんだアミュ、知ってんのか」
「たしか、ルイの前の前の前の前の前のもっと前のとうしゅが封印してた気がする。アミュ忘れた」
「へぇ。まぁ、誰が封印したとかそんなもんどうでもいいよ。禁書庫ぶち込んだし」
セイズゥルの件が片付くかどうかは定かではないものの、一段落したらそちらの件も触らねばと面倒そうに小さく舌打ちをし、ちゃっかり捩じ込んだ『私用』の方がいつ手を付けられるかと息を漏らした。
「ガーネ、貴方」
「…なんだよさっきから」
「…ちゃんと、仕事をしているのね」
「はぁ?」
「ちゃんと社会人だわ」
「アンタの生活費も屋敷の使用人の給金も俺が働いて出してるんだけど」
「母様もお仕事しようかしら」
「働いたことあんの?」
「無いわ。だって母様、基礎学習院を出たあとすぐに結婚したから。その後すぐに貴方が出来上がったし」
「出来上がったって」
「母様、また赤ちゃんが抱っこしたいわ。ガーネ、孫はいつかしら。癪だけどディアマントとの子なら顔は可愛いと思うわ」
「そんなにガキが欲しけりゃ再婚でもすりゃいいだろ」
「いやよ。母様、ルイとの子供じゃなきゃ欲しくないわ。だから母様、貴方が1番可愛いの」
「もう可愛いって年齢でも見た目でもないと思うけど」
「そういうものじゃないわ。貴方も親になればわかるわ」
「フーン」
ガーネが以前と異なり明確に子供を拒絶しなくなったことになにか心境の変化があったのかとリエーブは少しだけ首を傾げ、凍てついた魔獣の死体が転がる神殿を超えてセイズゥル部族集落へと立ち入った。
始祖の魔女の生まれた場所、セイズゥル部族。
集落には『女』しかおらず、ガーネが足を踏み入れた瞬間に値踏みするような視線が注がれた。
「あら。リエーブにアミュじゃない。お久しぶり」
リエーブと同じ真珠灰色の髪に碧眼の、実年齢で言うところのリエーブと同じ40前後の女がツカツカと歩み寄り、リエーブとアミュを見てからガーネへと舐めるような視線を向けた。
頭のてっぺんから足の先まで眺めるその値踏みするような視線は、数日前にスリラハから向けられたものと全く同じでガーネは不快感に眉を寄せた。
「なぁに、この坊や。可愛い。顔は凄くいいわ。新しい『子種』?」
「『種扱い』されたのはさすがに初めてなんだけど、死ぬほど不愉快極まりないな。腹立つんだけど」
「……わたしの息子よ」
「ああ、例の『忌み子』。ふぅん?この子がねぇ。惜しいわ、こんなに顔立ちも身体つきもいいのに『忌み子』かぁ。……忌み子の子種なんかいらないわ。なんのために連れて来たの?」
視線が値踏みから嘲笑に明確に切り替わると、ガーネのこめかみに青筋が浮いた。
「母上。俺わりと女でも容赦しないタイプだけど、ちょっとわからせてやってもいい?」
「この女性は『族長』、故に『今のガーネでは』勝てませんよ。腕っ節だけでどうにかなる相手ではないのよ。わかるでしょう」
小さく舌打ちを漏らしたガーネは懐から警察手帳と『タマス・シャーパハ』のモンタージュを取り出して無礼なセイズゥル族の女に提示した。
「この女を探している。心当たりは」
「やだ、警察?ふぅん?へぇ?」
族長の女はにたりと人の悪い笑みを浮かべてガーネの顔と警察手帳、モンタージュを順に見て肩を竦めた。
「ヴェルーティンの警察程度が、この集落を動かせると思って?女王でも連れて来なさいよ。『ここ』は女王以外の法律は通せないわ」
「……ほーん。さすがに『こんなところ』にあの方を連れて来ることは難しいな」
「ならさっさとお帰りなさいな。子種は欲しいけれど、『忌み子』なんかの種はいらないわ。顔が整っているのが惜しいところね」
「わたしの息子は忌み子なんかじゃないわ」
さすがのリエーブも普段動かない表情筋がむっとした表情を作り、ガーネの半歩前に歩み出た。
「ふん、伝承通りの『赤毛赤目の男児』だなんて、忌み子じゃなかったらなんなのかしら」
「わたしの息子は赤毛赤目じゃない。『深紅』よ。あなた、赤と深紅の違いもわからないの?…あまりわたしを怒らせない方がいいわ、わたしの二つ名はご存知でしょう」
「アミュもちょっと怒る。アミュ、終焉の名のもとにここ終わらせてやってもいい」
集落全体が、『終焉の魔女』と『嚆矢の魔女』、『嚆矢の魔女の息子の忌み子の男児』を取り巻いて空気がひりついた。
「めんどくせーことすなお前ら。女王は無理だが『女王の命令』は聞くんだな」
「……勅令書でも持ってきなさいよ。ま、ただそのメイジーエ人の女のこと聞くだけのために女王が通達出すとは思わないけど」
それを聞いたガーネは別の身分証を提示した。
「………なに、それ。じゃあ貴方が噂の」
「『王命執行最高責任者』だ。俺は女王の命令で動いてここまで来ている。王の命令に背くなら俺の『配下』である嚆矢と終焉に、この集落を文字通り終わらせて更地にする命令を出してもいいんだぞ。…どうする?」
『王室近衛騎士 兼 王命執行最高責任者 兼 異界対策統裁官 兼 特務総監──── ガーネ・ディーム・グリーチェウト』
そう記載された王城勤務者証明を提示したガーネはフンと得意気に鼻で笑った。
「俺はまだ『この女を探している。心当たりは』としか言っていないが、どうやらこの『メイジーエ人の女』……心当たりがあるようだな。どうだ、王の命令を掲げているわけだが…さて、何から喋ってくれるんだ」




