530話「『消失』」
昼食後、ガーネとリエーブ、アミュの3人は連れ立ってセイズゥル部族の集落へと向かった。
フロースト霜原へ向かうにはまず手前のジェフローレン森林を超える必要があり、先導していたガーネはかつて結界の張られていた辺りで足を止めて手を翳した。
「なにをしているのですか」
「なにって、母上が結界張ってたんでしょ。前に入った時改ざんしたけど、その上書きまだ生きてるかなって」
「……まぁ。なんて雑で横暴な『書き換え』を」
リエーブも結界に触れて浮かび上がった魔法式に、自分の筆跡ではない魔法式が強引に上書きされているのを見て目を見開いた。
「アミュの結界も、ガーネにズタボロに書き換えられた」
思い出したようにアミュも小さく忌々しげに呟き、ガーネのふてぶてしい顔を見上げた。
「うるせーな、俺に書き換えられる程度の結界張ってるお前らが悪い」
数ヶ月前の改ざんは未だ有効だった様子で、ガーネはそのまま結界を通過してジェフローレン森林へと足を踏み入れた。
リエーブとアミュもその後ろを着いてきて、自然と3人隣に並んで歩いた。
「ところでガーネ」
「……なんですか母上」
「オエィセはどうでしたか」
リエーブのよく言う『母様と息子の語らいの時間』かと、ガーネは若干面倒そうにしつつも特に無視をするほどすれてもいないしそうする理由もないため、比較的素直に返答を返した。
「クソ暑くて大変でした。俺暑いの苦手だって初めて知りました」
「北は真夏でも20度前後ですものね」
存外素直に言葉を返して来たガーネに、リエーブも少し嬉しそうに表情を緩めながら自分の息子が暑さに弱いことを少しだけ意外に感じて返しながら、自分の封印と共に自分の手を離れてしまったあの可愛くて小さい息子は一体どこでどんな生活をしてきたのかと、ことのついでに聞きたいと顔を向けた。
「あと飯がビビるほど不味い。全部辛いか酸っぱいかゲロ甘いかで食えるもん何もなかった。ディアマントは美味い美味いって食ってたけど」
「砂漠地帯だから、香辛料を多く使うからでしょうね。…楽しかった?」
「楽しくねーよ。こちとら仕事だっつの」
幼少の頃と変わらずに好き嫌いが妙に多いところにやや呆れつつ、あの小さかった息子が立派に社会人なのかと妙に感慨深い気持ちで前を向いた。
「ガーネは、母様がいなくなってどんな生活をしていたの」
「え、それ今聞く?…アンタが事前手配してたロット家の夫婦の手筈が整うまで、このちんちくりんエルフの屋敷で壮絶な『可愛がり』を受けてたよ」
「アミュ、ガーネのことかわいがっておせわした」
「毒草のシチュー食わされそうになったり妖怪液の風呂沈められそうになったり毒蛇の群れの中に放り込まれたり」
「アミュ、ごはんあげておふろいれてあそんであげようとした」
「とにかくとんでもない目に遭った。俺は幼少期に虐待を受けている」
「あら、まぁ」
思い出すのも恐ろしいとばかりに遠い目をしたガーネを見て肩を竦めたリエーブだったが、自分の手を離れたばかりにしなくていい苦労をさせてしまったかと少しだけ悲しそうな顔をした。
だが、封印から覚めてそれなりに時間が経過し、多少なり自分の不在の間の愛息子の生活や今現在の立場含めた現状を見て、内面は多少難はあるが表面上はよくぞここまで立派に育ったものだとしみじみと自分よりも背の高いガーネの横顔を見上げた。
「…なに?」
「いえ。…アミュのところから、ロット家…アルトレール兄様のおうちに行ったあとは?」
「知らねぇのか。すぐ死んだよ。…正確に言えば、『殺された』。表面上は事故に見せかけられてはいるし記録上もそうはなってるけどな。アルトレール伯父さんも、ネモネア伯母さんも…例の『邪教』に。その後は弟の方のジュン伯父さんとこで世話になってた」
「……ふぅん」
リエーブのはとこにあたる男、アルトレール・ブラウド・ロットとその妻ネモネア・フラウ・ロット。その夫妻にガーネは養子として引き取られたが、比較的すぐに『事故死』しており、アルトレールの弟である『ジュン・ゼレール・ロット』に改めてガーネは引き取られて育てられた。
この『ジュン・ゼレール・ロット』こそ、かつてのエーリックの先輩にもあたり、のちにガーネがノードースト警察署に配属になった先の警察署長である『育ての親』であった。
「そういや、伯父さんがさ」
「ジュン兄さん?」
「ディアマントにも『リエーブなら話してもいい』って言われてるから、本来なら基本的に正式辞令発令前だから内緒だけど。伯父さん、王都の方に異動らしいぞ。多分発令は来月だと思うから、母上も王都に来る手筈整えておいたら。挨拶とかあるだろ」
「あら、そうなの。ならそうするわ」
薄っすらと雪の残る森林地帯に3人分の足音が小さく響く。
雪を踏みしめるぎゅ、ぎゅ、という音が妙に懐かしく、ガーネは周辺を見回しながら歩いていた。
「…烏も今日は大人しいな」
「アミュとリエーブだけじゃなくて、お前みたいなばけものみたいな魔力垂れ流していたら魔獣もおそれおののいてちかづかない。ガーネはばかもの」
「アミュお前、しれっと『馬鹿者』って言ったな。韻踏んで上手いこと言おうとしてんじゃねーよクソババァ」
魔獣に出くわすこともなく、ジェフローレン森林地帯からフロースト霜原への切れ目を視認出来る位置まで来た所で、リエーブとアミュは思わず足を止めた。
「?どーした」
「……なに、ここ」
一帯が文字通り『焼失』した区画を見て、リエーブは絶句して周囲を見た。
精霊はおろか、地霊も、草木も『死んだ』場所に、一体何があったのかとリエーブもアミュも驚きを隠せない表情でその一帯を見つめていた。
その様子に、まさしく数日前にラズリに『精霊も地霊も殺した』と言われたことと以前特務とディアマントのみでリエーブの封印を解きに来た際に魔獣・凍土蝮の群れを散らすために『ちょっとだけ』よく燃える魔法を放ったなと他人事のように思い出し、しれっとした態度で声を上げた。
「あ。悪い、俺だわ」
「…え?」
そのあまりにもしれっとした様子にリエーブとアミュが真顔で振り返り、その表情にさすがのガーネも『これは叱られるか』と思い至り、珍しく言い訳を並べ始めた。
「仕方なかった。ディアマントも連れてたし。蛇の群れ殺すのにブッパしたらちょっと燃えた」
「ちょっと?」
「これでも一生懸命加減した」
「加減?」
「なるべく抑えた」
「……」
「……」
「ごめんて。わざとじゃないんだ」
「ガーネ」
「はい母上」
「わざとだったら、さすがに母様も怒るわ。またゲンコツしてしまうかもしれない」
「だからわざとじゃないって。痛ッ!わざとじゃないって言ってんじゃん!!」
リエーブの容赦のない拳骨を頭部に食らったガーネの悲痛な声が、フロースト霜原に響いた。




