529話「土産話」
「まぁ、ガーネ。おかえりなさい」
部屋の扉を開いた先で、ソファで座るリエーブとアミュの姿が目に入った。ガーネは未だ緊張を拭えない顔で近くに寄り、紙袋をローテーブルの上に置いて空いた場所に腰を下ろした。
「…戻りました。あ、これ土産。アミュがいるとは思って無かったから適当にお前は菓子でも好きなの取れ」
「アミュ、そんな布なんかいらない。アミュはおかしがいい。どれがおいしい?」
「全部不味い」
「あら、サボテンの砂糖漬け。これ美味しいわよ」
「ならアミュこれ食べる」
「得体の知れない味して不味かった」
アミュが遠慮なく菓子箱の包みをビリビリと破いて箱を開け、中身を摘んで一口頬張った。しゃりしゃりとした独特の咀嚼音に、アミュの膝の上の陽炎狐がふわりと尻尾を揺らして顔を上げた。
「……美味い?」
「ふつう」
「あっそ。……で、早速本題だが」
「ガーネ、貴方相変わらず忙しない。もっと母様にオエィセの土産話でも聞かせようとは思わないのかしら」
「思わない」
「まぁ。なんて子かしら」
「アミュも、ガーネが来ると聞いたからわざわざ来た。でもおまえはついで。シャルのごはんはおいしいから、アミュはシャルのごはんいっぱいたべる。ついでに、ガーネのカスみたいな魔法もアミュとリエーブでみてあげる」
タイミングを図ったようにシャルヴィアが人数分の茶と茶菓子だけ持ってやって来ると、それぞれの前に配膳してからガーネに一礼をし、さっさと引き下がっていった。
ガーネは出された茶を一口飲んでからアミュへ視線を向けると、アミュはサボテンの砂糖漬けを頬張りながら小さく首を傾げた。
「なに」
「単刀直入に聞く。母上にも。……メイジーエ人の導師で、喉に瞳の刺青の入った女と因縁はあるか」
リエーブとアミュは思わず互いに顔を見合せ、少しだけ考えてからガーネに視線を戻した。
「どういうことかしら」
リエーブの静かな問いかけに、ガーネは手元のカップをソーサーに戻して懐から捜査資料用のモンタージュを取り出してテーブルに置いた。
「残念ながら面は拝めていない。先のメイジーエ皇国と当国の会談で、向こうの皇子と皇女に随行していた『導師』。事前資料では『タマス・シャーパハ、18歳』となっていたが真偽の程は定かではない」
「このこどもが、なに。アミュになんの関係がある」
アミュが別の菓子箱を広げながらいつものように淡々と返答を返した。ガーネは足を組んで背もたれに身体を凭れさせて小さく息を漏らして口を開いた。
「クヴェリニッグ ハーヴァ 『ウップハヴ・アヴ・インシグラ』オッグ 『ラグナロク・アヴ・ブロウムストラ』サズ? イェグ トルーイ ズヴィ ヴァルラ アズ ソヌル 『ウップハヴ』セ オルジン スヴォナ ストウル。 ヴィンサムレイガスト スキラズゥ クヴェズユ ティル ゼイラ、 セールスタックレガ ティル 『ブロウムストラ』。──── タマスが、俺に告げた言葉。俺が今回、わざわざここに来た理由の一つだ。セイズゥルに顔出そうと思ってる」
「あらあら。わたしとアミュの真名を知っているだなんて」
「アミュ、心当たりがありすぎてわからない。アミュはエルフだから、リエーブよりもガーネよりもいのちながい。だからしかたがない」
「お前の場合、エルフで長命だからって言うより他人に関心無さすぎなんだよ。俺も人のこと言えんけど」
「それにしてもガーネ貴方、セイズゥル語随分堪能ね」
「ガキの頃、母上宛てなのかお祖母様宛てなのかは知らんけどセイズゥルの連中来てたことあっただろ。何回か聞けば覚えるだろ普通」
「普通は、何回か聞いて覚えるものではないのだけれど……さすがルイとわたしの息子。その、『わたしの息子』の真名も知られているのかしら」
「母上とアミュの真名が知れてる以上、俺の真名も知られてると考えた方がいいんじゃねぇのか。そも、この女が何者なのかがわからない以上危険度が測れない」
「……久しぶりだし、セイズゥルの集落に顔を出そうかしら。ガーネ、アミュ。あなたたちも行く?」
「あの、聞いてた?そこ行くのも帰ってきた目的のひとつなんだけど。ただの帰省じゃなくて八割出張なんだけど俺」
相変わらずのリエーブの様子に思わず苦笑いを漏らしながら、再度紅茶を啜った。
「ガーネ、これおいしくない」
アミュが新しく開けた菓子を指差してガーネに訴えると、ガーネは面倒そうに包装紙を拾って文字を読んだ。
「どれ、……生姜のシナモン和え?なにそれ不味そう」
「なぜ自分が美味しく無さそうと思ったものを買ってきたのかしら」
ガーネの返答に、さすがのリエーブもやや呆れたように肩を竦めて生姜のシナモン和えをひとつ摘んで口に運んだ。ぴりっとした独特の風味に小さく首を傾げ、もぐもぐと咀嚼してからガーネに目線を投げた。
「美味しいわ。母様これ結構好きよ」
「なんか土産売り場で適当に積まれてたから。……さて、それじゃあ出かけるか」
立ち上がったガーネを見て、アミュがクイッとガーネのスーツの裾を引いて首を振った。
「だめ、ガーネ。行ってはいけない」
「……なんで」
なにか重篤な事由でもあるのかと少しだけ緊張した顔をしたガーネを見て、アミュは深く頷いた。
「アミュ、まだおひるごはん食べていない。シャルが、おひるごはんはビーツシチューって言っていた。アミュはビーツシチューを食べたい」
「………………クソババァ、ぶち殺すぞ」




