528「浮気者」
女王の執務室の扉をノックし、返答を得てから扉を開けて部屋に入った。
「お前たち、外せ」
「かしこまりました」
ディアマントが部屋にいた侍女長と女官長を外させると、部屋にはディアマントとガーネの2人になった。
「……浮気者」
「してねーよ。聞いてたんだろ。俺はお前だけだっつの」
「ふん!」
やはり出掛ける直前にディアマントの顔を見てからの選択で間違えていなかったと察し、愛らしさと愛おしさに思わず華奢な身体を力いっぱい抱き締めた。
抱き締め慣れた細さと小ささと匂いに『自分のものだ』とどこか安堵して、ダウンスタイルの髪に鼻先を押し付けてから頬を寄せた。
「く、くるしい」
「……ディア、行ってくる。メイジーエの導師やら翡翠の呪物やらのせいで今回は少し時間かかると思うけど、ちゃんと片付けてくるから」
「……うむ」
「行ってらっしゃいのキスは?してくんねーの?」
「…今度は、ただいまのキスをお前からするのじゃ。そしたら今日の浮気のことは許してやる」
「浮気じゃねっての。……なぁ」
「なんじゃ」
「ちゃんと、『待ってて』くれるか」
ディアマントははっとした顔でガーネを見上げ、にこりと笑みを浮かべて頷いた。
「…ディアマント、愛してる。『土産』、用意するから」
「早く行って早く帰って来い、妾の元に。……行ってらっしゃい」
ディアマントがガーネの首元に腕を回して少し背伸びをすると、唇を柔らかく重ねて口付けた。
*****
もはや乗り慣れたと言っても過言では無いノルデン行きの直通の汽車に揺られ15時間、王都出立の翌10時にノルデンに到着し、自宅であるノルデンの中で一際大きな邸宅の門扉を開いて玄関に向かった。
見慣れない使用人が数人、庭の手入れをしていたり玄関前の掃除をしており、ガーネが来たことで少しだけ怪訝そうな顔を向けられるが、ガーネはその視線を無視して玄関扉を開いた。
「ウェイゼかシャルヴィアはいるか」
「え?ええと、おりますが……失礼ですが」
玄関先にいて拭き掃除をしていた侍女に声を掛けると、奥からぱたぱたとシャルヴィアがやって来た。
「まぁまぁ坊っちゃま。ご到着予定をお伝えくだされば馬車の手配をいたしましたのに」
「毎回言うけど馬車に乗るほどの距離じゃねぇだろ、それに馬車は酔うから好きじゃない。それと、坊っちゃまはやめろ」
「ま。失礼いたしました、ご当主様」
「ご、ご当主様!?失礼いたしました!」
侍女が慌ててスカートの裾を持ちカーテシーで頭を下げるものの、ガーネは興味も無さそうに外套を脱いでシャルヴィアに渡した。
「母上は」
「お部屋においでですわ。お客様がお見えでして」
「……客?あの人に?」
「ええ、ガーネ様がお戻りになるのなら、と遊びにいらっしゃいましたよ。終焉の魔女、アミュ・アティム・パシアフ様が」
「フーン、アミュがいるのか。なら丁度いい」
「ご当主様、朝餉はお召し上がりになりましたか」
「食ってないけどいらん、着替えだけしてくる」
「かしこまりました」
ガーネが階段を上がって自室に向かう後ろ姿を見て、侍女は惚けた顔をしてシャルヴィアへ声を掛けた。
「……侍女頭様、ご当主様って随分お若いんですのね……素敵な方…」
「そうねぇ、先日20歳になったばかりですもの。お若いわね」
「…あら?でも、『奥様』は未亡人とお伺いしておりますが」
「ええ、先代ご当主様の奥方が、リエーブ様ですよ」
「…奥様もお若いのでは…?」
「うぅん、そうねぇ…今のご当主様のご年齢の時には既にガーネ様をご出産されていたから、今は39歳じゃないかしら。お若いわよ」
「…………え?」
「ほほほ、あまり主人のことを詮索するものじゃなくてよ。それに、ガーネ様に憧れるのは好きになさったらいいけれどあの方には深く愛している女性がいますからね。さ、まだまだお掃除する箇所は残っておりますよ」
シャルヴィアはガーネの荷物と外套を手にしてガーネの部屋へと向かって行った。
ガーネが自室でシャワーを浴びて部屋を出たところで、シャルヴィアが着替えやタオルを用意して待機していた。
それを呆れた顔で受け取り、雑に身体を拭って着替えを済ませてどっかりとソファに腰を下ろした。
「新しく雇った使用人、どんな様子だ」
「ええ、基本的には問題ございませんわ。分家の中の若い方たちや、夫の遠縁だったりするので坊っちゃまのことをご存知ない者も多く……先程は失礼をいたしました」
「別にそんなくだらんことはどうでもいい。あと坊っちゃまはやめろ。……事前に、オエィセから送ってる書簡は?」
「夫が一昨日のうちに受け取って確認をし、手配をしております。ウェイゼは今その関係で外出を」
「そうか。母上とアミュと、部屋で少し込み入った話をする。人払いをしておけ」
ガーネはそれだけ指示をすると着てきたものとは別のシャツとスーツに着替えてリエーブの部屋へと向かった。
関節の背で軽く扉を叩くと、中から応答する声が聞こえた。
「……母上、俺です」
「お入りなさい」
少しだけ緊張を孕んだ顔のままドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開いた。




